3ー20 切られた糸
ポタリと滴る赤い液体を避けてリベルテは部屋の扉に手をかけた。
この場所の空間は何人もの分身体によって分担して管理しているらしく。それぞれが違う構築の編み方をしているために、何度も解読をさせられるハメになった。
小さな個体がワラワラと元が同じだからか、統制が取れており手こずってしまった。
天井からぶら下がった手を伝い落ちた液体がリベルテの頬に垂れる。
粘り気のある不愉快な感触に顔を顰め。それを拭おうと右手を伸ばす。
しかしリベルテは液体を拭う前に手を止めた。その視線は自身の違和感のする頬ではなく。背後の存在に鋭い目を向けている。
何処か鬱々とした、先程リベルテが対峙した個体よりも大きな個体が目の前にいた。
おかしな事に周辺に撒き散らされた魔力のほとんどは目の前の個体に取り込まれていない。
その動きだけで目の前の個体も切り捨て要因である事がわかり中々現れない本体にリベルテは眉を寄せ液体を拭った。
魔女がここまで分身体を作れる事も驚いた。長く生きた魔女でも分身体は二、三十年に一度らしい。それほどまでに自身と同一の存在を作るには時間と魔力が必要な作業だ。それもそのはず新たな自分になるのだから。
例え召使の様に扱っても今回の魔女の様に道具の様に扱うのは初めてた。
「僕の魔力消費を狙っているんだろうけど、余り意味ないよ。分身体を作りすぎて一人一人が小型の魔獣並み……」
指先を上に向け天井から忍びよる糸を焼き払う。
炎はそのまま糸を伝い、転がる死体の中で小さく息をする絶命寸前の体に引火した。少量の魔力で発動する基礎魔術、リベルテはたったこれだけで足元の分身体を相手取った。
(時間稼ぎが目的だろうな……)
辿れど辿れど、その都度別の空間を繋ぎ合わされ、阻まれる。
いい加減飽き飽きしているリベルテだが。ここが相手のテリトリーであり、尚且つアルメや他の一般人のいる保護空間の権利を奪われるわけにはいかない。
初手で奪還成功し、分身体を一人ずつだろうが相手にするのには問題はないが。オネットの身の安全が気掛かりだ。
生存は魔力探知で確認済みだが。空間が入り乱れてその場所は遠い。
リベルテは先手を打つため魔術を発動する。幾重にも重なる場所に最短で到達するならやはり空間を破壊し個数を減らしながら近づくしかない。
しかし魔術を発動する前に気づく。動かなくなった分身体の流れていた魔力が本体に向かっているのであれば、分断された魔女の魔力は戻り、本来の力をその手に戻すことになる。
リガール魔術を持つリベルテが魔女と相対する事に恐れは無いが。攫われたオネットの近くに魔女本体がいればその身の危険度はリベルテが分身体を殺すごとに高まってしまう。
魔女の魔力がオネットの物を上回ればいくらリベルテが最速で辿りついても。オネットが食われ、逃げられる恐れは高いだろう。
面倒なことこの上無い。リベルテは思考を変えて魔術を発動した。
黄金の糸がリベルテの元から放たれる。
*
おかしな話、恐怖は無かった。
自分が現状に慣れやすい体質である事は理解している。それが好奇心が勝る性格故の物であるとも。
だからこそ目の前のただの町娘と大差無い魔力の少女の形をした物がその見た目とは裏腹にあどけなさのかけらも無い表情で自身を追い込む姿を見てもオネットは表情一つ変えずに繰り出される攻撃を冷静に防いだ。
(左足に綻び、右から魔術攻撃)
そう想定するや否や、オネットの左足の床が糸に様に綻び、右の壁が崩れて手の形になってオネットを襲うが、オネットの思考は等に追いついており冷静に炎入り混じる風を使い。防御と移動をこなし後方に避ける。
以前から父や理事長の優れた魔力感知能力を羨んでいた。それは魔力量による差なのではと学生時代は思い込んでいたが。リベルテに会い、彼の報告書を手伝う形で拝見した文章から読み取った考え方や僅かながら見た魔力操作でオネットは理解した。
学園で習う実技の点だけで少しばかり自身を過大評価していた事に恥じらいを覚える。
戦闘での経験値。これが魔力探知において最も重要である事に気付け無かった事に。
魔力が密集する感覚。崩れる感覚。魔術を使って頭の中に流れてくる探知方法ではない感覚は集中しなければ、ふっと消えてしまいそうでオネットは額から汗を流しながらも魔女から繰り出される攻撃に対処する。
「相性が悪い魔術ばかり使わないでくれる?」
「嫌ですよ」
狭い壁から現れる大きな手に炎を纏わる。
いつのまにか、オネットと魔女は狭い廊下で。オネットの生み出した炎に囲まれていた。
「道連れするつもり?」
「まさか……それにしても、あれだけ魔術を使用されていたのに僅かしか変化が見られ無い……さすが魔女というべきでしょうか」
「……嫌味かしら」
オネットと魔女が互いの魔術を相対したその直後から急激に増加した魔女の魔力は幾度かの魔力の使用が重なってか、増える様子は無い。
どうやら供給されていた魔力の道が閉ざされてしまった様で。
魔女はオネットと相対しなが綻びを探しているのか。先程から単調な行動ばかりをとっている。
「あなた、随分古典的な魔術ばかり使うのね。今時の魔術師は自決覚悟の使い方なんてしないと思って」
魔女が言葉を言い終える前に。集中を囲っていた炎は舞い上がり意識を思った形で魔女に振り落とされた。
魔女は防御壁でそれを防いで。消えない炎の熱壁から身を守ると天井に魔術陣を発動して多量の水を降らせた。
「……意外です」
「私達が基礎魔術を使えないとでも……流石に馬鹿にしすぎじゃ無い?」
「えぇ、過去の文献頼りでした。時間はいくらでも有る様ですし魔女も学習されますよね」
多量の水は足元を濡らし。その量はオネットの火を消す程度にしては多い。
「やはり、人が作った魔術はあなたの魔力と相性は悪い様ですね」
「あはは、そうね!」
オネットの話は右から左なのだろうそれほどまでに追い込まれているのか。どこかヤケクソな疲労を滲ませた声色で床を浸水している水に手を当てて魔女はオネットを捉えるために魔術を発動させる。瞬時に地面は氷オネットの動きを封じるがオネットは冷静に杖を地面に力いっぱい突き刺し構築した魔術陣を表す。
「相性が悪いから……」
そうして杖に刻まれた魔術語は光を放ちオネットの想定を形にする。
「術の権利を奪われるんですよ」
地面の氷はひび割れてオネットの杖の先から刃の様に鋭い氷柱状の攻撃が魔女めがけて幾重にも出現した。
避けるか。防ぐか。地面から現れる魔術の対処法は複数あるだろうしかし。氷魔術を発動するための魔力操作を誤った魔女の魔力は自身の周りすら氷漬けにしてしまい。防御壁で防ぐ他無かった。
防御壁は足元から突起した氷柱を砕く形で魔女を守った。
魔女の防御壁は硬い。日々進化し調整させる基礎魔術だが。魔女が使えばその強度が上がるのは必要以上の魔力を使用しているからだろうと。今までの現状を見てオネットは思った。
「流石。そんなに惜しみなく魔力を使えるなんて羨ましい限りです」
「うるさい!この空間の権利が私にある事を!」
オネットの左右の壁に魔力が集中される。
「忘れないで!」
そして無数の細い糸がオネットを覆う。オネットは風魔術で自身に向かってくる糸を払い背後に退くが
一本の糸がオネット腕に巻きつく。
「いっ!」
その糸は細く透明でそしてオネット細腕に食い込み。その肉を僅かに切る。
「はぁー血、その血を求めてこんな苦労をする事になるなんて」
バリンと音を立たせて。邪魔な氷柱を破壊しながらオネットの元に歩みを進める魔女はフラフラと近づいてくる。
「知っている?魔力って体が死ぬの抜けちゃうの……殺してすぐ食べてもある程度減ってしまうから一番は生きてる時に食べると良いのだけど」
「あなたは活き良すぎるから先に締めてあげる」
虚な目でオネットを見る魔女。飢えた少女は自身の顔に霜が降りている事に気づいていない様だった。
「この空間の権利は私の物で有りませんが、貴方を追い込んだ魔術もそしてこの血に流れる魔力も……私の物です」
オネット腕を切り落とさんとする糸は血が滴った箇所が朽ちる様に垂れ切れる。
その瞬間こちらに歩みを進める魔女に素早く詰め寄り。フラフラとした小さな体を杖で押し殴り再び氷の刃が聳える場所に叩きつける。
僅かな風魔術は魔女の体を地面につける事に成功し、オネットは自身の両足で魔女の体を踏みつけ抑えると。その杖の先を魔女の心臓めがけて振り下ろした。
「やめて!!!」
悲鳴が響き静寂が訪れる。
「な…に?」
涙を両目から溢れさせた魔女は体に何の痛み走らない事に疑問の声あげるが。その思考は動いておらず、現状を打破する仕草すらしない。
「クペフィル……」
そっと僅かな静寂の内に魔術語を唱える。オネットの魔力は杖を伝い魔女の核へ。
プツリと魔女の意識は消え去った。
少女の形をした者は一変の肉体も残さず消え去る。その姿を見届けたオネットは多量な魔力消費によって意識を手放した。
どうかもう二度と形を成さないようにと願いながら。
…………
…………
僅かに空間が綻び始めた頃。黄金の瞳を持つ青年が音も無しに現れ、横たわるオネットを見下ろしていた。
素足で冷たい廊下に寝そべる彼女は寒々しい姿をしているが。表情はいつ見ても穏やかだ。
「全く……君はとことん研究気質なんだね……」
杖を持つ右腕の切り傷を回復魔術で塞ぎ。リベルテはオネットの体横抱きにする。
「まだまだ……だね……」
眉を下げて抱き上げた軽い体に未熟差とオネットの底知れぬ素質にリベルテは心を解いている事を自覚し。僅かに不格好な笑みを浮かべる。
上手く笑えなかったその表情を彼女に見られる事が無かった事に安堵しながら。リベルテは崩壊し始めた魔女の結界から転移した。




