3−19 糸の先
それはおままごとだった。
どれが言ったのかわからないがどれもがそれを受け入れた。
皆同じ存在であるにもかかわらず、その見た目はそれぞれ違っていた。
老いた物、若い物、幼い物。そしてその見た目がそれぞれの役割を決めた。
老いた物は祖母の役割を負い。若い物達に様々な事を教えた。
若い物は老いた物を気遣いながら、幼い物の面倒を見た。
幼い物は学び、遊び、よく眠った。
そうして過ごした日々その役割は時と共に入れ替わり。老いた物はいつしか消えて。若い物は老いた物に幼い物は若い物になりそしていつのまにか幼い物が生まれた。
頭のどこかでその循環は我々にとって無駄であるとわかっていながら。
何百年とそれを人里離れたその場所で続けた。
*
両手両足を縛られて、オネットは吊るされていた。
腕に巻き付く糸は細いのにオネットの腕を締め付け、痛い……
「すぐに殺さないのですか?」
不快な痛みを感じながらも悟られない様に、解かれた黄土色の髪で顔を隠す様に俯き、無表情でそう目の前の存在に問う。
魔女はその問いに少し間を置いて口を開いた。
「食事はね、家族全員が揃ってからするの……」
魔女の目的は初めからわかっていたが改めてその事実を確認すると背筋にゾワリとした感覚が走る。
「それにしても一度に攫う人が多いですね、ご家族はそれほどまでに多いのですか?」
「いるわ、バーバに姉達、妹も」
「そうなのですか……それでは残念ですね。私一人ではお腹の足しにあまりならないでしょう」
「えぇ……」
目の前の魔女は心底悲しそうな表情をした。食材の対象が人でなければ、まるで貧民の悲劇の一幕の様に映っただろう。
「あなたのお友達……とても怖い……どうにかここから出る様に言ってくれない?」
今度は魔女の方から問われた。リベルテの事だろうその内容はとても今から食べる者にするお願いではない。
「私を彼に会わせてくれるのですか?」
そうであれば願ったり叶ったりだが魔女はさらに表情を沈めて。
「……それは多分ダメね……」と言った。
片腕をさすりながら、下を向く。困った様な姿をオネットは見た事があった。
俗に言う板挟みの様な状態の人、自身の意見内で片付かない現状を抱える人の姿を思い浮かべる。
「そろそろ、行かなきゃ……ここで待っていてね……と言っても動けないだろうけど」
少しして顔上げた魔女、顔はこちらに向けられたがその目はオネットを見ていない。
先ほどよりも暗い表情で吊るされたオネットに背を向け、何処かへ向かう様だ。
「いたー!」
しかしその時、暗い雰囲気をいっぺんさせる様な嫌に明るい声がオネット達のいる方に響いた。
「お姉ちゃん!良かった!」
廊下の奥からやってきたその子供は。目の前の魔女を少し幼くした容姿で。同じ髪色同じ目元同じ口元をしており着ている服装も同じ色合いだ。唯一違うのは背丈と、子供の首に巻かれた赤いマフラーだった。
(……分身体でもあそこまで性格が変わるの?)
その構図は姉妹の様だった。
確かに一人の魔女から生まれたのなら生まれた順に上下関係が生まれるだろうが、目の前で行われる会話はその年功序列が……見えない。
「どうしてここに……みんなは?」
「ちゃんといるよ!」
「なら貴方もいないと……」
「でも、……お腹空いて」
「大丈夫……あなたの分はちゃんとあるから」
「本当に?」
「えぇ、本当に」
「良かった!みんなも喜ぶ」
「……みんなの分は……難しいかも」
「どうして?」
「……お姉ちゃん達……頑張ったんだけど……あんまり収穫できなかった……の……」
「そこのお姉さん魔力、少ない?……」
「……そんなに……多く無い」
「…………でも、下のお兄さんは多いよね」
「………………えぇ」
「じゃあ、ちゃんとあのお兄ちゃんも収穫してね」
「……それは」
「難しい?」
「………………いいえ……大丈夫」
会話の内容は少しずつ不穏な物になり。目の前の彼女達から見えたのは明らかな優先順位だった。
「それじゃ、私がお姉さん見張っているね!」
赤いマフラーを揺らして少女は姉としたっていた人物の後に周り込みオネットの目の前で背を向ける形をとる。
「……そのお姉さんは動け無いから大丈夫よ……みんなのところに戻ろう……」
姉と呼ばれた方がそう声をかけるが、幼い姿の魔女は拒否をする様に首を振った。
困った顔をした姉の方は何かもう一度声をかけようとしたが、その言葉は初めの音を出す形で固まり、発せられる事は無かった。
……その顔色は段々と悪くなる。
何か起こった事を如実に表してその姉はより小さな声でそう言った。
「やっぱり……ここにいてね」
姉はそう言うと長い廊下の先を進み姿を消した。
……
「あーぁ」
何処か諦めた様なそんな声色。その内情は察せなくても伝わった。魔力でわかった。
「何か、ありましたか」
今まで黙って姉妹の会話を聞いていたオネットはまるで知り合いに話かける声色でそう問うた。
「魔術師さんなら気づいているんじゃ無い?」
「……」
「あのお兄さん、見た目によらず残虐だね、どっちが食う側かわからない」
自身と同じ分身体がその残虐な目に遭っている割には軽い口調でそう言った目に前の少女は話ながらオネットに向き合った。
「そうですか?」
「なんてゆうか……優男みたいなイメージがあったから」
友人に話かける様な気安く明るい声色……壁を幾つか隔てたそこで行われている事にはすでに興味を失っているんだろう。
「……まぁ良いのよ。貴方させ食べれば私は生きながられる」
ニコリとそう笑った少女はそう言った。
……
「……そうですか」
オネットはそう返した次に瞬間。彼女の右手首を囲う魔術陣が現れた。
魔女は身構えオネットから距離をとる。
陣は淡い緑色の魔術語で構成されておりその独特の配列は古くから使われている物だった。
「懐かしぃ……忘れ物?」
「えぇ」
オネットの右手に現れた杖はその慣れ親しんだ彼女の魔力に応えて、その身を縛る糸を焼き払った。
「リベルテさんが持って来てくだされば、この様な手間はかからなかったのですが……」
ヒタリと冷たい床に両足をつけ。両手で杖を握り締める。馴染んだ肌感触に心が落ち着くのを感じ。オネットは目の前の魔女を改めて見据えた。
鋭く見据えられた魔女はその眼光を見に受けたにも関わらず、笑みを浮かべた。しかしそれは無邪気なな少女らしいものではなく。その幼い見た目には似合わない醜悪な笑みを浮かべた。
「こわいこわい、やる気ねっ」
魔女が言い終えるその前にオネットは炎の魔術を放つ。燃え盛る弾丸はしかし魔女の防壁によって遮られてしまうが、オネットは構わず距離を詰めてその杖の魔術を発動させる。
杖の先端に集中して炎を纏わせ、風魔術で勢いをつけて防御壁目掛けて、近距離で燃え盛る弾丸を放つ。
「ッツ!」
熱風と破壊される衝撃を避けるために魔女は長い廊下の奥に潜もうとしたがオネットは逃すまいと杖を薙ぎ払う様に振り、その瞬間魔女の真横に魔術師が現れ巨大な風の塊を作り魔女の体を廊下の壁に抑えつけた。
「……貴方が本体ですか?」
防御壁で防ぎ直撃を免れたが、身動きが取れない魔女にオネットはそう尋ねた。
「どうしてそう思うの?」
身動きが取れないながらも笑みを絶やさない魔女は軽く首を傾げてそう聞き返す。
余裕を表す仕草の魔女を視界に移すがその視線は魔女の奥その内側を捉えた。
「魔力が……」
姉と呼ばれた分身体の魔力よりもほんの少し劣る程度だった物が。時間を追うごとに。
いや壁の向こうの魔力が解き放たれる事にその肉体に集まってった。
魔女の笑みはさらに醜悪な物に形作られた。




