5−16 死からの因縁
痛い痛い、
血が止まらない
傷が深すぎて、魔術の効果が出ない
立ち上がり逃げ出したいのに、体に巻き付いた拘束魔術の鎖がそれを阻む。
「フローレ下がりなさい」
「先生」
自分をこの場所に追い込んだ女の声が、近づいてくる。
この冷たい礼拝堂。彼の方と結ばれる場所と決めていたのに、何故今、自らの血で汚しているのだろうか。
「この!っつ」
この体はもうダメだ、喋れば血を吐き出す、憎いはずなのに罵倒も言えない。
「痛いですか」
女の足音が近づいてくる。
「苦しいですか」
視界に女の靴の先が入る。
「それが貴方が犯した罪の痛みです」
罪……罪?
「私が何をしたの!彼の方のためにこの魔術を行使した、それだけよ!」
沸騰し、漏れ出た血すらも、体を焼くほど熱い。
「貴方が行使したのは欺瞞です、自身の願望を叶えるためだけに、貴方は他の人間を利用した」
……黒髪の女は鞘から剣を抜く。
「死をもって償う。第六王子陛下の御命令により、貴方をこの場で処刑します」
……………………
………………
……
包まれた暗闇の外で、何かが爆ぜる音がした。
数回瞬きをしたオネットの目が暗闇に慣れる前に嗅覚の方が先に木々の香りを捉えた。
一瞬の出来事、地中から生えた木の壁が一見してオネットを捉えたように思えるが、しかしこの自身を囲う樹木から感じる魔力はオネットに心あたりがあった。
「フローレさん?」
木片が舞った。
差し込んだ光の先、白銀の髪の三つ編みと結び目に差し込まれたアルメリアの花が揺れた。
「あなた……」
真っ黒い瞳が見下ろした。
魔女は時が止まった様に動かないがその黒い瞳だけが探るように蠢いていた。
「お久しぶりと言っておきましょうか……」
フローレはオネットを背後に隠し、魔女を見上げそう言った。
「久しぶりと言われる関係だったかしらぁ……」
一拍おいて、魔女はそう言葉を発した。
顎の人差し指を当て、僅かに首を傾げる。空中で足を組んだその姿は、先ほどまで人を殺す魔術を放っていた者とは思えないほど、温度差があった。
オネットは、周囲を見渡す。
総会本部の管理された石畳の道は割れ、美しい芝生には所々にクレーターができている。
オネットはここまでの破壊を生んだ戦いを経験したことがない。
ジュストに理路整然と強がりを述べたが、フローレの助けがなければオネットは先ほどの攻撃で死んでいただろう。
「ありがとうございます、フローレさん」
怯えもあったのか、いつも以上にか細い声が出てしまい、フローレに伝わったかわかない。
フローレは、オネットに振り向く素振りも見せず、魔女を見据えている。
「……分身体を作りすぎて、記憶の伝達が滞っているのですね」
「はぁ?」
魔女はその言葉に、苛立ちと言うよりも言っている意味がわからないという声色だ。
「ご自分が、どうして生まれたか、何のために存在しているか、もう覚えていらっしゃらないのでしょう」
フローレは続ける。
古代から魔女として存在し続けている彼女が、分身体から魔女として確立した目の前の敵に何を思うのか、その真意は人であるオネットにはわからない。
「何?あなた」
「私の名前を言ってください」
「……」
「お忘れですか」
魔女はその目であたりを見渡す、まるで、答えを探すように。
そんな様子の魔女にフローレは一つため息を吐いて……
「私の名前はフローレ……」
先ほどよりも鋭い視線で魔女を見据え……
「魔女を殺したアルメリアの弟子です」
そう言った……
シンとし鎮まり返った。
「はっ」
頭上で佇む、魔女の息を吐く音が聞こえるほどに…
途端、黒い霧が魔女を包む、頭を抱え痛みを振り払うように首を振る姿が見えなくなったその瞬間、オネットの目の前に蔦の壁が出現した。
風が舞い上がり、蜃気楼のように揺らめく無数の風の弾丸がフローレ達を襲う。
冷静に向かってきた弾丸を、防御壁で対処するが、止まない猛攻にフローレの防御壁に亀裂が入った。
しかしすぐに新たな防御壁を張り、フローレは弾丸の雨を防ぎきった。
力技だ、蔦の合間からその姿を見たオネットはそう思った。
小賢しく動くことしかできないオネットとは比べものにならない。
パラパラとヒビだらけの防御壁が消え、フローレは魔術陣を展開させた。
次はフローレの番だ……
フローレの周りに四つの魔術陣が展開され、それぞれが違う魔術語の羅列で構成されていた。
二つの陣から拘束魔術の鎖が伸び、その鎖が黒い霧に入り込む。
まるで導かれようにその場所にフローレは、炎の弾丸を放った。
黒い霧から塊が落ちる、一瞬黒焦げになったのかなと思ったが、それは霧散し、霧に包まれていた魔女が姿を現した。
「痛い」
ゆらゆらと魔女は立ち上がる。
「ダレ?」
両肩を抱いて、震えを押し込む姿は、裸で極寒の地に放り出されたようだ。
「ダレヨ!」
フローレ達ではない何かに、悲鳴混じりの甲高い声でそう叫び、黒い瞳孔をフローレに向ける。
何もない場所に耳を傾けるフローレの姿、その仕草に見開かれた目は鋭く魔女の表情は憤怒に変わる。
「裏切り者がまだいるの?」
一歩足を踏み出して魔女はフローレに迫る。
「何故、手を貸すの!貴方達も殺されたのに!」
黒い髪が乱れ、黒い霧が細く連なりながら、魔女の周りを渦巻き始めた。
「アシヌスが統治したこの土地で!何人の魔力保有生が殺されたか!」
フローレはその様子を静かに観察していた。
「デイロス様が……デイロス様さえお側にいらっしゃればこんなことには」
「魔力保有生……魔女の処刑を提案されたのはデイロス様ですよ」
「違うわ!デイロス様はそんなことを言わない、あの女よ!あの女がデイロス様をたぶらかした!」
「いいえ、アルメリア様は指示に従ったまで、師匠も私もあの方々を惑わす能力はありません」
どこまでも冷静に冷淡に言葉を並べる姿、髪の色も瞳の色も違うのに、その立ち姿にどうしようもない既視感を魔女は覚え、そしてそれはついこの間も感じた、死地の恐怖が混在した怒りだ。
「………………その話し方やめてくれるかしら」
魔女は記憶している、どれだけ体を入れ替えても、魔力に刻まれた傷は一人目の命を終わらせるほど、深く抉られたのだから。
「あぁいやだ、イヤだわ……せっかく忘れる事ができていたのに」
重なった影。目の前にはこちらを見下すあの女の目があった。




