5−15 泥死合
まるで泥試合だ。
鋼がぶつかり火花が散る、魔術が衝突し、そして僅かな血が地面に染みを作った。
疲労と興奮が混在し互いに魔獣のように目の前の敵を殺すことしか頭にない。
ブランが放った魔術がノワールの耳元で爆ぜて、瞬間右耳が周囲の音を拾わなくなる。
しかしノワールは一切の怯みを見せずにその顔に笑みを浮かべ、ブランの脇に剣を突き刺した。
そのまま剣に炎を迸らせ、ブランの体を反対側の肩に向けて焼き斬る。
これで三度目、ブランに致命傷を負わせた。
そして三度、ブランはどんな深手も治癒して見せた。
肉の繊維が繋がるその瞬間、ノワールはただ見ているわけではない。
ブランが治癒に魔力を割いている絶好のチャンス、肩口まで斬り裂いた刃をそのまま首目掛けて振り下ろすが、初動のタイミングでブランの蹴りがノワールの腹に入り、反動で互いに距離が離れた。
繋がりかけの体で、ブランは地面に倒れるような形になるが、すぐに体勢を立て直した。
互いに血と泥が混じった体。ノワールは口の中でする鉄の味を吐き出し、ブランを見据える。
技量はノワールの方が上だ。しかしブランの魔力量とそして異常な治癒魔術にノワールの消耗も笑えないほどだ。
だが、笑ってしまうのだ…
どれだけ斬っても死なない敵。久々に全力で魔術攻撃を放てる相手。一度地下牢に入れられた死刑囚。
目の前の獣は殺すことが許されたエグレゴアの魔術師だ。
友人を死なせた組織、その息子を苦しめた組織。
残党の魔術師を捕縛するだけじゃ収まらない憎悪の渦をノワールは今、一人の魔術師に向けている。
「楽しいか」
「あぁ」
どんな痛みもこの男は苦しまないのだろう、痛みは戦闘の快楽であると、この男は知ってしまったのだろうから。
故にノワールはこの男の理解者にはなれない……
体を治癒したブランがノワールに斬りかかる。魔術もない剣撃が二度三度ぶつかり合いノワールは剣の魔術を発動させた。
次の一手が最後の魔術攻撃だ、三度、死の淵から這い上がったブランの魔力量では、次のノワールの魔術攻撃を治癒することはできない。
魔術補助もしない単調な剣撃がそれを示した。
「終わりだ」
………………
…………
………
アリの巣地獄
他にも例えようはあるだろうが、この結界を見た時、リシアの脳裏にはその言葉が浮かんだ。
リシアの生まれた家は、結界魔術に精通しており、それ故に結界魔術に関してリシアの知識量はエグレゴア内では随一だ。しかし、リシアの魔力量では、知識があっても発動できず組織でのリシアの扱いは重要な位置にはない。
ブランに出会うまでは……
指先を僅かに触れさせれば、リシアの魔力が吸い寄せられる感覚がした。
魔力感知された時の感覚だ。
やはりタダで抜けるのはリスクがある、リシアは一時結界付近から離れた。
侵入が気づかれれば内部にいるであろう騎士達に捕縛される。場合によってはその場で斬首だろう。
だが、感知されずに入る方法もある。
内側からの魔力圧。
常に魔力が流れるこの世界で魔力感知は魔術としてはかなり緻密な作業になる。
故に大規模な魔力放出を確認すれば、リシア程度の魔力などかき消されてしまう。
リシアは先程の雷鳴を思い出す。僅かに聞こえたそれは明らかにこの結界内で使われた攻撃魔術だろう。
中で行われている戦闘が激化しているのであればそのチャンスは訪れる。
それもブランがいるなら尚更…彼は魔術を使うのが大好きだから。
目の前の建物、その西側が音を立てて崩れた。
その瞬間結界が内側から押される感覚がし、リシアは左手でそれを押し返すように足を前に出した。
元は教会だったこの場所の厳かな建物は、他の魔術師達が次の研究場所とするには丁度良かったのだろう。
リシアも牢から連れ出された時、魔女の誘いを受けた両親が嬉々として家を捨てこの教会に身を隠したと聞いた。
一人の魔術師が杖を奪われ叫び、拘束されている。
魔術師と目が合いそうになりリシアは建物の影に身を隠した。
月明かりが照らす外よりも、建物の中のほうが身を隠しやすいだろう。
窓を開け身を滑り込ませた。
ブランの居場所はわかっている。
リシアを結界内に入れるタイミングを作った先程の攻撃魔術、その魔力はブランのものだった。
誰よりもそばで見守っていたから知っている。
進む廊下の角から、リシアを襲う剣が振り下ろされた。
軽い身のこなしでそれをかわすが、来た道に足を下げることになった。
「お前!何故騎士団がここにいる」
剣を構えた男は見覚えのある男だった。
血に塗れたローブ、エグレゴアの魔術師であろう男はリシアを鋭く睨むがその黒目は震え、こちらをまともに見ていない。
「何故!お前が戻って来た!彼の方は何処にいる!」
「知らない」
リシアは知らない。ただ言われたことをこなしてきただけなのだから。
何故両親がグランの下についたのか、何故リシアが組織の汚れ仕事に差し出されたのか、
でも、そんな事実はもう、どうだっていい。
ブランに会えたのだからどうだっていい。
「そこをどいて下さい」
「うるさい!命令だ!私をここから」
男の声が途切れる、リシアが何かしたわけではない、壁や床から魔術陣が現れ、半透明な鎖が縦横無尽に駆け巡り目の前の男が左右から伸びた鎖で拘束された。
第三者による魔術行使。リシアは剣を引き抜き、向かって来た鎖を跳ね返した。
背後に魔力が迫る。防御壁を張るが拘束魔術と風の斬撃を防げば派手に弾けた。
白い隊服は魔術士団のものだ、この捕縛劇は、第三騎士団と魔術士団両方が動いていると知ったリシアは、現状を打破すべく動く。
ローブを脱ぎ向かって来た相手に向けて投げ捨てる、ローブ裏に描かれた魔術陣に魔力を込めれば、風の塊が襲って来た士団員にぶつかる。
何かしらの手段で防がれるだろう。
だが、リシアは一瞬でも相手の視界から逃げ出せればそれでいい。
向かってきた拘束魔術は空を切る、華奢な体は軽く、すり抜け、その先にある窓に手をかけ、飛び出した。
すかさず剣を壁に突き立て、風魔術を発動すれば剣先に現れた魔術陣がリシアの体を反対側の建物まで押し飛ばす。
建物の屋根に転がるように着地した。
受け身を取っても、ぶつけた場所は痛むが構わず起き上がり周囲を確認すれば、この場所が建物内で一番高い場所であることを知る。
すぐに移動しなければ、他の騎士や士団が来る。
転移術はもしものときのためにとっておきたい。リシアは先程の要領で剣先を屋根に付け風魔術を発動させる。
高く飛び上がれば、それだけ距離も稼げるだろう。
グッと月が近くなる、あまりの勢いに手が届きそうだと思ったが、その揺らぐ思考は彼を視界に捉えた瞬間消え去った。
ブランがいた、血まみれで、大きく体を斬り裂かれた姿で、遠目でもわかるいつものあの笑顔で
ニタニタヘラヘラ、彼は楽しそうに、戦いのことだけを考えている笑みだ。
きっと楽しいのだろう、本当に…痛みも苦しみもブランの世界には存在しない。
羨ましいほどに……彼の世界にはどんな恐怖も存在しない。
それはリシアも欲する、しかしどんなに足掻いても手に入らない……自由だ。
だからブランを……リシアの自由の象徴を失うわけにはいかない。
……………………
………………
……
その風の弾丸は頭上から放たれ、ノワールとブランの間に降り注いだ。
「邪魔すんなリシア!」
ブランが声を荒げた。再び邪魔をした相手を斬り捨てない様子から、やはり魔術移動できる魔力は残っていないのだろう。
好機は逃さない、揺らめく弾圧の雨を避け、ブランの首に電を纏わせた刃を向ける。
「ッチ!」
二人の男から舌打ちが出る、高い場所から振り下ろされた一閃はノワールの右頬に切り傷を作る。
邪魔をしてきた魔術師共よりも素早い身のこなしは戦闘経験からなるもの。
距離を取ったノワールに間髪容れずに刃を向け突きを繰り出す女。
魔術の威力を上げなければならないが、ブランをこの女共々斬る選択をするのに、ノワールの思考は一切時間を要しなかった。
突きの攻撃を僅かな動作で躱し、剣を握る手に力を込める。
刻まれた魔術語が一層強い光と電撃を発したその瞬間、女はブランに横腹を蹴られノワールの前から消えた。
「ブラン!」
女の悲鳴混じりの呼び声が響く、ノワールの振り下ろした一撃が、ブランの構えた剣ごとその体を斬った。
「ッチ!まだいけるのか」
その体は再生していた。ウニョウニョと肉の繊維が蠢いている様子は、魔力が枯渇状態のノワールの視界でもはっきりと確認でき、ノワールは傾ぐ体に力を込め、両手で剣を構えブランの治癒途中の体に斬りかかる。
あと少しでとどめを刺せるところだった刃は突然展開された防御壁に阻まれた。
ブランのものではない、横に吹き飛ばされた女のものだ、ノワールは機を逃すまいと単純な腕力だけでその防御壁を砕き、すかさず剣を構え女ごとブランにとどめを刺そうとする。
だが一瞬、僅かな思考がそれを邪魔した。この女を盾にされた状態でブランに確実にとどめを刺せるのか……
「っ!」
短く息を吸う音、それと同時に目の前が揺らぎ、標的の存在が一瞬わからなくなった。
……虚しく空を切った刃はそのままノワールの手を離れて地面に落ちた。
純粋な結界魔術。目の前で発動しても一瞬の目眩ましにもならない。
しかし、魔力の枯渇したノワールの動作を遅らせることに成功した。
ブランは味方の転移術で逃げた。
とんでもないものを逃してしまった……
周囲はノワールを中心に瓦礫で埋め尽くされている。
ノワールは傾ぎ倒れそうになる体を意地で保っていた。
「あぁ……めんどうになったなぁ」
誰もいないが、誰かに向けてノワールはそう呟いた。
「父上!」
瓦礫の向こうでアシエの声が聞こえた。
片耳の聴力がなく方向が曖昧だが……
それでも、聞こえた声に応えるためにその背を曲げるわけにはいかない。
…………背負う者が多いと、身一つでは足りない…………
「逃した。至急捜索隊を組んで四、五名で四方に散らばれ」
口から漏れる血を袖口で拭った。
「見つけ次第殺して構わない」




