5−13 悍ましい者との遊戯
鍔迫り合いは、たったの数秒だった。
しかしその瞬間を、大きな背の間から見ていたアシエの耳に入る音は長く、そして耳に残った。
重い剣に押し負けると悟ったのか、背後へ飛び退いたのはブランだった。
大柄の割に高く飛び退き、その両脚で地面を踏み固めた。
そして低い体勢で剣を構える。月灯りが照らす剣に描かれた魔術語は、乱雑で歪だ。
「は〜、あんたー団長だっけかー?」
ブランは突然現れ、自身の剣を止めた男を見やる。
先ほどまで相対していた騎士よりも一段と屈強な男。
剣を持つ者同士が庇い合う姿にブランは首を傾げながらも、次に相対する男にブランは吊り上がった口角をさらに歪めた。
「アシエ、撤退の式を取れ」
「!」
ノワールは静かに背後で剣を構えるアシエに言う。その言葉にアシエは驚き目を見開く。
「この場所は狭い、巻き込む」
そう言いノワールはブランが地下牢から逃れた経緯を思い出す。
自らを逃した者達を殺したその真意……
「おい!ブラン!この拘束魔術を解け!」
思考しながらもどちらとも打つ手を図り兼ねている中で拘束魔術に縛られた一人の魔術師がブランにそう声をあげた。
「私を助けろ」
「この者達を始末しろ」
「言うことを聞け」
堰を切ったかのように口を閉ざした魔術師達が一人の男にそう言葉を投げる。
スッと男の口角が下がる。
ゾッとするほど黒い目玉は、剣を照らす月でも光を届かせることはできない。
真顔になった男、周囲から上がる声にその身を打たれいるはずだが、まるで自分には関係がないと言っているようで、ノワールから目を離すことはない。
しかし……
「避けろ!」
突然声の一つが止まった。
長年の勘により、異変に気づいたノワールの怒号は、捕縛した魔術師の一人を押さえてつけている騎士に向けられた。
突然のことで反応できなかった騎士は、だがノワールの指示と同時に転移術を使用したアシエによってその場を僅かながらに避ける事ができた。
「あれ?間違えたか?どうなった?」
ブランはノワールにそう尋ねた。
ノワールはそんなブランの問いにこう返した。
「いや、命中してる」
アシエが騎士を退かせたその場所で首の離れた魔術師の死体が転がっている。
先ほどまでブランに言葉を投げた人間だ。
剣の魔術語の使用は確認できなかった。
媒介を通さなかったのか、それとも別の場所に刻んだ魔術語を使用したのかわからないが。
何の初動もなく、ストンと感情の抜けた男が放った魔術は頭上から、風の刃を振り下ろした。
ブランはその成果を聞き再びあの笑みを浮かべた。
クツクツ笑う男の姿、再び低く構えた剣先は地面に沈められているが、ノワールの一挙を見逃さない。
「楽しいな〜」
ブランはそう言った。
そして周りを示すかのようにブランは剣を持っていない指先でぐるりと円を書いた。
「なぁやっぱり魔術ってのはいいもんだよなー」
ブランは元は名もなき孤児だった。
「グランの奴はうるさかったが、いい奴だった」
かつて身よりもない少年だった男は、ある日突然夜の街ゴーデンに現れ…
「魔術をよぉー、こんな面白い物を俺に教えてくれたんだ」
生きるため盗みを働こうとしたその相手が、グランだっただけ……
「只の喧嘩はつまらないが」
たったそれだけの出来事が……
「魔術があれば殺し合いになる」
少年を化け物へと豹変させた。
仲間を助け起こしたアシエは、その瞬きの瞬間にブランの刃が父親の首元に迫るのを目にした。
「父上!」
アシエがそう叫ぶと同時にあたり一面に電撃が走った。
その衝撃で一歩早くノワールに剣先を届かせていたブランの剣は弾かれた。
「アハハ!」
狂った笑い声がビリビリとした放電音に混じり響いた。
防戦一方、先手を打ったと見られたブランはノワールの魔術攻撃を皮切り守勢に回り、騎士団長の放電する重い剣に身を交わしながらも受けるしかない。
「アシエ!ここから撤退しろ!」
加勢のタイミングを見計らっていたアシエにノワールはそう声をかける。
ノワールの優勢、手を出す必要性は見受けないが、相手を確実に捕縛するのなら数で押すのが一番だ、しかし……
ノワールの剣から放電が消え剣技のみの戦いになる。その様子から通常の魔術攻撃では強い一手にならないのだとわかりアシエは鞘から手を離した。
(獣のような剣だな……)
渋々と言った表情でアシエが指示に従い騎士達と捕縛した魔術師を連れリギー・スリスの待機する場所に転移したのを視界の端に捉えながら、ノワールは目の前の男をそう評価した。
猪の様な突き、熊の拳の様に重い拳も、そして何より、この男は魔術を使っていない。
「……殺し合いがしたいんじゃなかったか?」
勢いよく振り下ろされた剣を受け止め、ノワールはブランにそう問う。
「あははは!早く終わったらつまらないだろうが!」
真っ直ぐ素人が釘を打つかのように力任せにブランは再び剣を振り下ろす。
その無意味な攻撃はこの男が遊戯をしていることを示し、そしてノワールがそれに付き合う義理はない。
「そうか……」
ノワールの剣に再び雷がまとう。
力任せに押し通すのを得意とするのはノワールも同じだ。
雷撃が響いた…
月明かりを跳ね返すほどの光がその場所に灯り、そして訪れた暗転に僅かな時間視界を閉ざされる。
この場所から騎士達を撤退させたのはノワールの作戦…いや作戦とは名ばかりたが、そうでなければ他の騎士達を巻き込み兼ねない。
こんなのだから脳筋と言われるのだ。
今はどこかにいるであろう眼帯の男がそう言った姿を思い返す。
いやそれとも、先日同じ様なことをしたかつての同期が半笑いでそう言ったのか。
目の前の男から魔力が探知できなくなったのを確認したノワールは、そんなことを思い返しながら、剣を鞘にしまった。
「あぁぁ…」
だが最後まで剣を収める前にノワールの耳に想定しない声が聞こえた。
「いてぇ…へへ」
死ぬ寸前のうめき声ではない。
防御壁を砕かれ、肩から一閃、大きく切り裂かれた男の体。
男の背後に聳える建物にもノワールの刃は届いており、大型の魔獣の爪痕の様に深くそして焦げた匂いをあたりに漂わせている。
到底、切られた人間が生きているわけがない。その吹き出す大量の血が、よりそれを物語っている。
「へへ、あははは!」
男の笑い声が響いた。
月明かりが再びノワール達を照らす。
無意識のうちにノワールは剣を鞘から引き抜きそして構えた。
その目は目の前の男に釘付けで、そして情けなく僅かに開いた口を閉じる意識は今は向かない。
石が砂となり、斬撃を受けた箇所から音を立てて落ちる。
張りぼての建物、その影から砂利を踏む音と共にブランが姿を表した。
その体は、大きく切り裂かれた肉体は、服に血の跡を残し塞がっていた。
男の体でまだ塞がり切れていない傷口の一部が奇妙に蠢く様を目にし、ノワールは男が魔獣よりも悍ましい存在であると認識した。




