5ー12 盤上
終焉の合図は同時に始まる。
盤上に並んだ白と黒どちらの終焉かそれは終わらなければわからない。
けれども始まった瞬間にどちらかの終焉が決まっている。
バタバタと走り回る魔術師がいる。
杖先を向けて魔術を発動するものがいる。
剣同士が擦り合い火花が散る光景が周囲で広がっている。
「多いな」
第三騎士団長ノワールは一人の魔術師の腹に重い拳を放ち、一人を昏倒させた。
「おい!殺すなよ!」
一人の騎士が怒りを含んだ表情で魔術師に切りかかっている。
挑発にでも負けたのだろう、しかしこの場に騎士団長の言葉が耳に入らないものなど連れて来てはいない。
団員は剣を引くと同時に相手の脚を払い体制を崩させた。そして素早くその手に魔術行使を防ぐ黒い枷をつける。
この場で皆殺しほど簡単な事はないだろうが残念ながら、国に属している者にそれができる権利はない。
「なぁ、聞きたいいんだが、この建物は元は教会だろ、孤児院も兼用していたらしいじゃないか」
ノワールは一人の魔術師の胸ぐらを掴み上げ、そう尋ねた。
後から炎の弾丸が襲うが、騎士団長の防御壁はものともしない。
「ここにいた神父は?孤児達は?どこに行ったんだ」
「はっ!っかっ」
「そうか」
ノワールは魔術師を投げ飛ばす。その方角には今まさに魔術を展開しようとしていた魔術師がいた。
「団長!びっくりするから!」
「ハハハ」
乾いた笑いが漏れる。今日は殺しもない、魔術師達はみな部屋に篭って実験三昧していたような奴らで。まったくもって相手にならない。
それもこれも、本来であれば魔術師を守り、代わりに剣を振ったかつての孤児達がリベルテによって始末されたから。
それは、本来であれば騎士の仕事…
向けられた杖を真っ二つに切り落としながらノワールは金髪の青年の姿が思い浮かぶ。
「へっぴり腰共、本当の研究堅気は攻撃魔術も研究対象だぞ」
一振り剣を振れば、目の前の防御壁が脆く粉々になった。
また一人、また一人と流れ作業をこなして、ノワールは部下に指示を出す。
「ここは任せる。全員捕まえたらスリスに飛ばしてもらえ」
「はい!」
土混じりの廊下を抜けて、ノワールはその鋭い目で当たりを探る。
一人厄介な奴がいる。檻から出た獣に等しい男が、王都近郊、現在探せる場所は全て当たったがどこにもその姿や痕跡を追えなかった。
巷で殺人鬼が現れた報告も受けていない。連れ出された男は鎖を切って自由になったと思ったが。存外人目を避ける臆病者かそれとも、飼い慣らされすぎて無意識の内に主の元に帰った犬か…
とは言え、その男…出会ったとしてその思考の全てを聞き出す事はできないだろう。
皆殺しの権利はないが、危険な猛獣を生かしたままにするわけにはいかない。
…………
……
…
アシエはその人数の多さに辟易とした。
長く続く、魔術師組織とは言え、エグレゴア解体と共に牢に入れられた魔術師も両手に収まらないほどいた。
しかし、この広い教会の東側を指揮を任されたアシエの目にはその倍以上の人数が捕縛され、今も逃げ、そして争うものがいた。
迫り来る熱の弾丸、魔術語が青く輝く剣で切り開き距離を詰めれば、捕縛の瞬間はすぐに訪れる。
弱い…
「こんな奴らに、彼らは苦しめられていたのか」
あの夜。エグレゴアの地下に足を踏み入れた先で、死んでいた者達の姿を思い出す。
調査した結果、皆身よりもない者達で幼い頃から地下での暮らしを余儀なくされていた。
志を持って騎士として剣を持つ自分とは違い、彼等は意思もなくグラン一派を守るために剣を握らされた。
まるで別世界のような話は、この世界の生まれの違いによる残酷さを表している。
「アシエ!」
自身を呼ぶ声が響くと同時にアシエは背後に迫る火球を切り裂く、しかし攻撃はそれだけではなく、別方向から、風の弾丸がアシエを狙って放たれた。
しかし、弾丸がアシエに直撃する事はなかった。
「脳筋、防御壁の方が効率がいいだろう」
アシエを守ったのは、ラシオンだ。
普段はギルド職員の赤い制服を纏っているが、今は魔術士団の白い団員服を着ている。
そう、本来であればこうしてアシエと同様剣を奮っていたはずの男だ。
同じ騎士の父を持ち、王都とタイバン、遠い場所でそれぞれ学び、暮らしながらもアシエはラシオンの存在を高め合う同士として認識していた。
ラシオンはそう思いっていないようだが……
僅かな瞬間背中合わせ並んだ二人はその目に別々の標的を写し、同時に足を踏み出し剣を振り下ろした。
王国第三騎師団とタイバンの魔術師団。
二つの組織が戦力を分け合って、グラン率いた魔術師組織と相対した。
指揮を取るのは、第三騎士団長のノワール、戦況は圧倒的に有利であり、そしてリギー・スリスにより張られた結界で逃げ場はないこの場所でグラン一派側は針の筵だ。
捕縛作戦が開始してから、わずか半刻ですでに三分のニを捉え、騒がしかった旧教会周辺は鎮まり帰っている。
「まだ潜んでいる者がいる!周辺の魔力探知を怠るな!」
「隊長地下に続く隠し階段を見つけました」
「三名以上で隊を組め、不意打ちに注意しろ」
「はい!」
だが、まだ終わりではない、寧ろ魔術師の恐ろしいところはここからだ。
魔術師という生業は基本は単独、特に未だ捉えられていない者は周囲を見ていち早く身を隠した臆病者か、他の追随を許さない魔術の使い手か。
生まれ持った魔力量によりその実力に大きな差を生む上の、グラン一派には古くから受け継ぐ一族もいる。
歴史を積んだ家はこちらが認知していない魔術を用いる恐れがある。数はこちらが上回っているが、魔術次第では、一度の発動で大多数の犠牲がでる。その想定は魔術師を相手にする時必ず外してはならない事態だ。
静かになった中庭を見渡す。
拘束魔術で捕縛された魔術師の項垂れる姿や、先のない運命に嘆く声を視界の端に収めながら、周囲の魔力探知に集中する。
この区間の制圧は終わりか、次の区画の援護に向かう前に捕縛者を王都の騎士団本部に転移しなければならない。
アシエは周囲の騎士に目配せし、転移の準備に取り掛かった。
その瞬間アシエの肌がヒリつく感覚を覚えた。
本能に従うまま剣を頭上に引き抜き構えると、鋼の擦り合う音が響く。
魔力探知は反応しなかった。
攻撃を受けるとともに現れた魔力はアシエも知る者。
王都の地下牢に収監され、つい先日姿を消した脱獄囚。
「あははははははは!!!」
一度、地下牢で聞いた。牢の檻が軋むような笑い声。
心底楽しそうにそして狂った声は、聞けばその笑い声の主の象徴になった。
「なぁ楽しいそうだなぁ!」
擦り合う剣の向こうで、男の不気味なほど上がった口角が言葉とともに動く。
「俺もぉ!混ぜてくれよ!」
男の剣に力が籠り、アシエは押し負ける。
瞬時に察して足を引き、男の剣先を避けたが、その後の猛攻は止まらず、アシエは振り下ろされる刃をただ受け止めるしかない。
「っつ!」
「あーどうしようかぁーでも聞かなきゃなぁー」
防戦一方のアシエそれとは真逆の男は先ほどとは違い、間延びした声でそう言った。
その目にはアシエを見ているようで見ていない。
「でもあいついないからなー」
目の前のアシエと剣を打合せにながらも、相対していない。
「いいよなぁ?〜いいよな!」
そして再び興奮したかのような声をあげて、その剣に訛りのような重さが加わる。
男の剣は感情の現れるがまま変化する。
型も基本もぐちゃぐちゃ、けれども明らかな経験の元垣間見える知性と、狂気が生み出す不意は、アシエを翻弄し、そして…
腹に重い蹴りが加わり、体勢を崩すとともに、アシエの首に切先が伸びた。
「っ!」
「はぁ?」
ギチギチと剣が擦れ火花が散る。
防いだ剣と攻める剣、両者ともに互いが互いに加減などしていない。
騎士団長ノワールは目の前の脱獄囚ブランを鋭い視線で見下ろした。




