5ー11 指を刺す
「どういう事だ!」
「何が起こっている!」
自分より背の低い大人がおかしな言葉を並べて走り回っている。
やけに長い杖もローブもそんな動きには対応していないらしく、まるで子供がシーツを被って走り回っているようだ。
「あはは、なぁ俺らもあんな遊びしたよなぁ?」
ブランは指を刺して走り去った大人を笑う。まるで誰かに話かける口調だが、静かな廊下に響いた声に言葉を返す者は誰もいない。
「あーそうだった…いないんだった」
ボリボリとブランは頭を掻く。地下牢に風呂などなく、何日も入っていない髪からはフケが落ちる。それを見て、いつもなら困った声でブランに風呂に入るよう促すか細い声も聞こえない。
「あー」
めんどくさい、めんどくさい、楽しくない、楽しくない、
「なぁ、俺の部屋は?」
本が読みたい、魔術書が。
「はぁ⁈お前こんなときに何を言っているんだ!」
長い廊下をゆったりと歩いて、次に走って来た布の塊を捕まえて問えばそれは怒りで顔を歪めて背の高いブランを睨み上げた。
「こんな時〜?」
「外に!騎士団が来てるんだ!この場所も結界で覆われて転移不可能!針のむしろ…」
キンキンと耳をつんざく声で長く叫ばれ、ブランの顔を歪んだ。
その顔を見た布の塊は一歩ブランから距離をとる。
「はぁーそんなのどっかの貴族に繋いでる転移陣使えばいいだろ?俺もそうやって来たし」
バカを相手にしていると疲れる。そんな内心が透けて出る態度だ。
「ばっ!エグレゴアが解体されてもう他の貴族の助けなど見込めるはずないだろ!繋いでる転移陣もとっくに消されている!」
「あー俺が来れただろ?誰だっけなラ、ラー」
「ラデアード家!そうだ、あの家なら!まだ繋がっている!何せグラン様の信奉者だ!」
一縷の望みを見つけたとばかりに声を張り上げる布、いや男の目はこれでもかと見開かれ唇が大きく開かれると同時にブランのいる方角に唾を飛ばした。
「あんた、気持ち悪いなぁ」
両耳の穴を両手の人差し指で塞いでブランがそんな事を言うが、聞こえていないのか男はローブを翻して、ブランの瞳に浮遊する布の塊を写した。
「あーーなぁ俺の魔術書はーーぁ?」
残念、聞こえていないらしい。この場所に転移してから大人達は皆そうだ。
初め話しかければ、皆ブランがおかしいと指を刺す。二言三言と話せば、耳のない布の塊になって飛んでいく。
そしてブランは首を傾げるのだ。
「なぁおりゃーなにすればいいー?」
どうしてブランはここにいる。どうして魔術を学べない。どうして、いつものように役割を与えない。
ふと剣の擦れる音が耳に入った。
「あー」
ブランの口角が上がる。その反応は楽しい事を見つけた子供のようだが、笑みはとても純粋とは言い難い。
「いいねぇーいいねぇーいい音だー俺も混じっていいカァー聞かないとなぁえーと」
ただどうしようもなく無邪気な様相で…
「りー?リー、あーリシアになぁー」
ブランはそう言って。
「どーこーだぁー?」
おかしな笑い声を廊下に響かせた。
………………
………
…
目を覚ましたアルデラが最初に見たのは、薄暗い天井だった。
いつもは、僅かに青みがかった光がカーテン越しの窓から降り注ぐ光景を目にしていたが。窓の無い部屋に灯るのはランタンの淡いオレンジ色だ。
腕に重みがあり、その冷たさと鉄のかたい感触に皮膚の擦れた部分が僅かに痛む。
「起きたかい?」
声が聞こえた。敬愛する師匠の声ではない。
だが、どこか軽いその声に記憶の隅を突かれる感覚がした。
「…」
「大丈夫ー?寝ぼけてるねー」
声の主は冷たい石の床に寝転んでいるアルデラを、しゃがんだ状態で見下ろしていた。
被ったフードの影から顔は全く見えないが、その手には長い杖が握られており、魔術師である事はわかった。
「おまえは…」
「言葉ははっきりしてるね。俺が誰だかわかる?」
「…わからないが、知っている」
「ハハハ、わかってるじゃん!」
その男は楽しそうに笑った。とても軽い口調で…まるで親類縁者に合った人のように親しげに。
「アルデラ・ラデアード…うーむ違うかー似合わないねー」
首を傾げ、立ち上がる。長い杖がカンと音を立て床に打ち付けられる。力のこもったその音は怒りが込められているというより、脚の悪い人が体を支える仕草だ。
その証拠に男は左脚を引きずっている。
「ラデアード…」
男の挙動を観察しながら、アルデラはその家名を口にする。
有名な魔術師家系だ。
「ハハ…有名有名、超優秀な魔術師だけが名乗れる家名!血も涙も関係ない魔力だけが全て!」
まるで舞台に立ったかのようなだいそれた仕草をしたその男は薄暗い部屋で唯一の灯りの真下で人差し指を掲げた。フードの隙間真っ暗な影が照らされ、その表情とそして真っ赤な髪がアルデラの視界に入る。
「血?」
アルデラの声は震えていた。
「嘘じゃない、髪なんて染めればいい」
「証拠なんて優秀であればいい」
「親なんて、育てれば務まる」
「兄弟も横に並べば問題ない」
「もし、優秀じゃなくても、グルグルにシャッフルしてしまえば、もう家族なんてどうでもいい…」
「そうなったら、お前を捨てた親も本当に親かな?」
「……」
つらつらと男はそう言を並べ扉を開けた。窓の無い閉ざされた空間に外の空気とそして人の声が入って来た。
ザワザワと、大勢の人間が動き回る音。
「今、追いかけっこの最中なんだ、捕まったらもう終わり」
アルデラの背から頭から顔からダラダラと汗が流れた。
過去の記憶が、遠ざかる大人達の背が、脳の奥から眼球の裏へと迫り、眼前に映し出す。
「キール・ラデアード…今のラデアード家の当主だよ」
開けた扉の前で男はそう名乗った。




