5−10 魔女の同胞
生まれた頃から、期待されていなかった。
由緒正しい魔術師家系のアシヌス家、その長男に生まれたクラージュには生まれ落ちるその瞬間に期待されてやまない事があった。
赤眼の継承。
高い魔力量を持つ者に現れる身体的特徴だが、実際の本質は違う。
古代の面影…歴史が重なるごとに薄れていく、かつてこの国を一つにする戦いで、この街タイバンも一つの国として存在していた。
魔術で栄えた国は、他の国とは一線を画し、悪魔の国とも言われていた。
クラージュが教わったのはそこまで、総会本部の学園で習う、一般的な歴史だ…
でも、実際はそれだけでないと気づいている。
数々の魔女に関する資料と痕跡、総会本部の地下にある、血族しか訪れる事ができない墓跡宮。
そして、歴代のアシヌス家当主の赤眼の継承。クラージュはそれが叶わなかった。
魔力量が魔術師の評価に直結するのは抗えない現実。
魔術師総会本部という歴史ある組織を作り、今もその管理者として家名を通し続けられるのも、絶対的な魔力量の保持が周囲に納得をもたらした。
…それがないクラージュは…
妹達が誕生するたび、安堵と不安に苛まれた。
そして次男のジュストが生まれた時、クラージュの感情は今までになく動揺した。
長男のスペアになりうる存在、そして赤眼を持って生まれる可能性。
生まれたばかり、まだ目も開かぬ存在に怯え、嫉妬の念を向けた。しかし、それらは杞憂だった。
ジュストは赤眼を持って生まれる事はなかった。
クラージュの心情とは裏腹に、母は落胆と自責の念を持ち。
父はそんな母を慰め、そして何処となく安堵しているように見えた。
「父上は何を考えているのか…」
目の前の防御壁の魔術陣を見下ろし、クラージュはそんな事を口ずさんむ。
魔術士団の本部。静かなその場所に人はおらず、皆総会本部の結界外で街の警備及び、魔獣の討伐に向かっている。
唯一クラージュだけが、本部に残り結界と防御壁の権利者としての役割を担った。
しかし、どうすべきなのかわからない。
外の魔力はクラージュには重く、呼吸と共に体に入り込むと、立ち続けることができなくなったのだ。
魔力感知も対処すべき知識は愚か、防御壁の陣はクラージュの魔力量では、なにかをしようにも弾かれるだろう。
手立てはない。オネットが来るまで、何か打開策を考えなければと思いながらも、その考えがずっと頭の中にあった。
「オネットはやはり強いな…」
ふと笑みが漏れる。
挫折し、せめて家の役に立とうと魔術士団員に入隊した自身にとって、由緒正しい魔術師であるオネットの存在は眩しかった。
そして自身よりもずっと歳の若い彼女の言葉には意識の強さが皆見え。同時に劣等感も抱いた。
それは幼い頃のもの…大人になりようやく解消したはずのもの。
傷つくことを恐れた自身の口から漏れ出た言葉はひどく弱々しく、目の前の彼女にとって軽蔑の対象になっただろう。
「意識の弱い方…」
確かにそうだ、士団入隊も選んだはずだが、実際はその道が用意されていたから進んだ。
オネットの婚約も用意されるがまま承諾し、しかし何処か納得できない反抗的な気持ちは、幼馴染のそれも女性の元に入り浸ることで、解消した。
子供の反抗期。字面だけ見ればクラージュは大人になれていない。
それはオネットの前へ前へと進む姿勢が隣に立つことでより強調させられた。
「君が、怖いよオネット…」
父から期待されている。ジュストがライバル視している。母も自分が成せなかった事を叶えてくれると期待している。
皆彼女に甘えている。
その意思の強い姿に……甘えているのだ…
「俺は……」
自分の未来の在り方がわからない。
………………………………………………
…………………………
………………
…………
……
「あなた…どうして?」
魔女は心底不思議そうに首を傾げる。きっと人の目ではわからないであろう黒霧にそっと手を沈め、その魔力がしっかりとそこにあることを確認した。
そして、尚更目の前の光景に疑問を覚えた。
「ねぇ、どうして?」
「はぁ、よくも貴重な建物を破壊してくれましたね」
疑問を口にする魔女をよそに、オネットはそう言った。
彼女達の周囲は、瓦礫にまみれていた。
窓は割れ、屋根は消え去り、舞い上がった細かな土と木屑が降り注ぐ。
かつて彼女達を囲っていた何千もの魔術書は塵になり、僅かな紙片が割れた木片に混じり足元に散らばっている。
二度目の攻撃、荒々しいその魔力に押されて怯みそうになる体を叱咤しオネットは自身を守る防御壁を展開した。
しかし、防御壁は一瞬のうちに消え去った。もし攻撃を受ける時間が後1秒長ければ、オネットは無傷ではいられなかっただろう。
魔術生物相手にどのような傷も深傷になる。
魔力の滲んだ血は糧になるのだから。
防御一つに集中していれば、防戦一方。魔力量からオネットの敗北は目に見えている。
リベルテ達の助けを期待するにしても、彼等はこの魔力の中でまともに戦うことができるとは思えない。
(この魔力いや魔術…判別が曖昧なうえに、私の知る知識からは正体を掴めない…)
わからないのであれば、探るしかない。実験と考察、魔術師としての基本に立ち返り、オネットは魔女の弟子に杖先を向けた。
………
「裏切り物がいるわね」
魔女は言う。それは目の前の光景に思わずと言って出た言葉だった。
誰かが合図したわけではない攻防戦は、一見して魔女有利に進んでいる。しかしどんな攻撃をしても小賢しく動き回る小娘に深傷どころか、擦り傷すらも負わせることができていない。
「ねぇ、みんな聞いて、私はあの女を殺したいの」
魔女はさらに語りかける。周囲に留まる、かつての同胞達に。
するとオネットに向け、火球が放たれた。
陣も発動せずに現れたそれは、一撃だけでなく形を成せば放たれ、オネットの避けた先々へと降り注いだ。
何発か交わしたが、五発目の火球を避けきることができず、直撃に合うが、それはオネットにではなく。地中から現れた黒い鎖によって阻まれた。
魔女は舌打ちをする。先ほどからコレの連続。
周囲の魔力に呼びかければ、魔術陣を展開することなく魔術を発動できる。それにより、攻撃のスピードは魔女の方が早い。
だが、後少しのところで魔女の意図しない邪魔が入る。
それもこれも、「裏切り物」がいるから。
魔女の腕から血が吹き出す。
見ると皮膚を切り裂かれていた。軽傷だが向こうが無傷なのに対し、魔女の方は腕に同様の攻撃を何度か受けており切り傷だらけだ。
風魔術に分裂する魔術だろうがその実態を掴むことができない。今までに見たことがない攻撃魔術をその身に体感していた。
「はぁー、言うことを聞かないのはどの子かしら?」
我が子を叱るような口調で言い。魔女はその黒い瞳を誰もいない周囲に巡らせた。
「ヴァン?ラセレ?それともカーシェ?」
名前を呼ぶたび、捉えるように目線を動かし声色に怒りが滲む。
「…そうね、裏切り物はみんなで退治しましょう…」
…………
……
…
「はっ」
オネットは思わず息を吐く、ふと空気が変わったのがわかった。
重い空気がさらに重量を増して、まるで一つの塊の中にいるようだ。
「黒い⁈」
それは気づかぬうちに、忍び寄っていた。
足元は泥濘んだように沈む。泥ではない黒いモヤが蠢き、オネットを地中に引きずり下そうとしている。
(魔術?まるで意識があるかのよう)
杖先を地面に向ける。このままではいけないと、最小の魔力でできること思案し発動の魔術語に魔力を込めてるが。
「!」
それより先に、誰かがオネットの体を抱き上げた。
「ジュストさん!」
「はっオェっ」
オネットを助けたのはジュストだった。
黒いモヤから抜け、魔女の視界が外れる場所に転移したのだろう。
リベルテでも気分を悪くする外の空間に、オネットを助けるために足を踏み出した彼は、四肢を地面につけて口から垂れる胃酸に苦められている。
そんな姿に「どうして」などと言えるはずもなく。オネットは素直に礼をと口を開いた。
「今、気色悪いと言おうとしたな!」
「してません!言いませんよ!ありがとうございます!」
「礼を言うな気色悪い」
しかし長年の経験から、瞬時に今の自分に当てられる言葉を想定したジュストの先手により、否定と同時に礼の言葉をねじ込むことになった。
照れ隠しと言うには、本当に気分が悪い人間の顔をして言うジュストは口元を袖で拭いそのまま、吐き気に耐えているようだ。
「兄上よりも症状が軽傷でな、おまえが遅いから迎えに来てやった」
ジュストはそう言い。若干震える手で胸元から紙面を取り出した。
「あの侵入者の相手は俺がする。貴様は邸に戻れ」
渡された紙面。彼が担当した研究塔にある防御壁の魔術陣が書かれている。
震える指先が掴む紙。オネットは手を伸ばしその紙を無視してジュストのローブをはだけさした。
「失礼しますよ」
「なっ何する!弄るな!」
裏返った声を出した拍子にまた吐き気が込み上げてきたのだろう。ジュストは手で口元を押さへ、オネットはその隙にローブの内ポケットから小瓶を取り出した。
「あぁ!俺の!」
ビンを開け、グッと飲み干したそれは魔力回復薬。
口の中の苦味と共に、魔女の弟子との立ち回りで減った魔力が回復する感覚がした。
「ジュストさん、この写しをリベルテさんの元に」
オネットは小瓶を地面に置くと、自身のローブの内側からジュストと同じ防御壁の陣が描かれた紙を彼に差し出した。
「はっ貴様は」
「二人で逃げてもアシヌス邸が襲撃されれば防御壁の解読が失敗に終わる恐れがある。だから先ほど自らが矢面に立つと言われたのでしょう?ですが貴方より私の方が効率よく戦えます」
ジュストはグッと口元を引き結んだ。顔色は時間が経つにつれて悪くなっている。
「足止めを重点的に行います、外の魔力を解消できれば、リベルテさんやクラージュさんも戦える」
オネットは立ち上がり、ジュストに背を向けて歩き出した。
「お願いしますね、ジュストさん」
「まて!うっ!」
再び吐き気が込み上げて来てジュストは口元を手で覆った。
その手は青白く、症状がかなり進んでいる。
「ジュストさん、無理はしないでください。転移術を行使できるうちに…」
オネットが言い終えるうちにジュストが目の前から消えた。
「そう言うところは、嫌いではないですよ」
逃げ足が早いは、適切ではない。ジュストは見切りの早い人間だ。
「見つけた」
頭上から声が聞こえた。どうやら転移した場所がバレたようだが、存外長い時間隠れられたことにオネットは、一つの結論を出す。
考察が終われは次は実戦。先ほど同様、比較的魔力消費の少ない方法で、隙を狙うつもりだが、魔女はそれを許さなかった。
(さっきよりも攻撃密度が高い!)
足を付けた地面が爆ぜる。まるで追いやられるようにオネットの逃げ場がなくなっていく。
攻撃の種類が単一かしたが、威力もスピードも前よりずっと高くなっている。
「まるで、ネズミね」
浮遊する魔女は笑いそう言った。
近づくどころか遠ざかっていくその姿に冷や汗をかきながら、風魔術を使い魔女に刃を飛ばす。
「ッチ」
まだ、足掻くその姿に魔女は舌打ちをした。そしてこれが最後と手を挙げた瞬間。
オネットの体は地中から這い出てきた。植物の根に覆われた。




