5−8 赤い魔術陣
コツコツと誰もいない廊下をそれぞれの足音が響く。
先頭を歩くのはクラージュ、その後にジュストが続き、オネットは最後尾からその情けない背中を見る羽目になった。
ジュストもジュストで先程よりも落ち着いたが、オネットの存在を背後に感じ、二人の間を歩くリベルテは体感したことのない空気に晒された。
「本当に、外の魔力を……どうにかできるのか……」
無言の時間、ふとジュストが背後に顔を向け、リベルテにそう尋ねる。
「防御壁を発動させている陣を見ないと確信を持って言えないけど、前に総帥殿と話した時、リガール魔術の構築文を組み込んでいるらしい事を言っていたから、僕が手も足も出ない、なんて事はないよ」
「……貴様の知識量がどれ程のものか知らんが、構築した者の魔力量によっては弾かれる場合もあるんだぞ」
実際に防御壁の魔術陣を見なければわからないが。どこか飄々としたリベルテの返答にジュストは訝しんだ。
「知っているよ……赤眼が現れているリーブル・アシヌスの魔力量と僕では格が違う」
「…………ならどうやって」
「貴方も手伝うんですよ」
「っつ!」
ジュストの乱れた靴音が廊下に響き、皆無意識に足を止める。
突然オネットがリベルテとジュストの間に割り込み、リベルテはやれやれと肩をすくめた。
「君……」
「まさか、ただ傍観するおつもりでしたのでしょうか……それともそうでないからしつこくお聞きになっているのですか?少なくともリベルテさんの実力が貴方を上回ることくらい魔術師であれば一目見なくともわかるでしょう、指示を仰ぐならそれ相応の態度を取るべきです」
「っ近い!」
「オネット嬢、人の話を遮るのは淑女としてどうかと思うけど」
何が彼女の琴線に触れたのだろう。そのよく回る言葉の中からリベルテは読み取る事ができなかったが、放置しているとヒートアップしてしまいそうなため渋々とリベルテが口を挟む。
「すみませんリベルテさん、ですがこの方しつこく言葉尻をわざわざ誤解してまで揚げ足をとってくるのです。今のリベルテさんにはこれ以上ないストレ……心身的負担がかかるでしょう」
「君の圧が負担になっているけど……」
詰め寄ったかと思えば離れ、そしてリベルテに光の速度で向き直り、再び背を向ける。一人違う時間軸で動くオネットにリベルテはため息がでた。
「……」
「不服そうですね、自身の家の権利を血族以外に開くのは心苦しさもあるでしょうが、必要なことであれば寛容に気持ちを整える事も重要ですよ」
「つっ本当に説教くさい事ばかり、言われなくてもわかっている」
「気分を害したのであれば申し訳ありません、いかんせん貴方を見ていると」
気が合わないというより気に食わない。
再び言葉の暴行が始まる予感から弟を引かせるためにクラージュが口を開いた。
「仲がいいようだが、先に進まないか」
「申し訳ありません、昔からしつこい羽虫は叩き潰したくなる性分でして」
「君反省してないでしょう……」
余計な言葉が真っ先に耳に入ったのか、どうやらオネットは腹の中の拳を押える事ができなかったようで、見た目にそぐわぬ喧嘩早さにリベルテは呆れの声を出した。
「ここに、防御壁維持している魔術陣が」
クラージュに連れられた先はアシヌス邸の地下室。
扉を開ければ、暗闇に続く階段があるのかと思ったが、実際に目にしたのは、空の光が透け灰色の灯りが照らす螺旋階段だった。
地下特有の湿気が溜まった重い空気はなく。早朝のような澄んだ空気が頬を掠め肺に流れ込んでくる。
「ここだけではない。研究塔、学園、士団、そしてアシヌス邸この全てに防御壁の構築陣が配備されている」
一歩クラージュが階段を降り、先導する。
周囲の洗練さに物怖じせず慣れたように進むが、その拳は握り込まれている。
「そして全ての陣は異なる魔術語の構築をされている」
残り数段。
螺旋の階段は中央が抜けているため、入ったと同時に真下に何があるのか見えていたが、近づくに連れて明瞭に見えてきた光景にリベルテもオネットも想定外と表情を険しくした。
「そう、それは時間がかかりそうだ」
しゃがんで見る事で初めて描かれている内容が読めるほど細かな文字で描かれた魔術語。
構成された赤黒い文字は周囲の清々しい空気に異質ながらも溶け込んでいた。
「通常、魔術陣の分析には数週間以上かかる物だけど、外の防御壁がどのくらい持つか計算できる」
「………………持って…………三日……」
ジッと魔術陣を凝視し、絞り出すようにクラージュはそう言った。
不可能へと傾く天秤に、始める前から匙を投げたくなる現実を目にして、重くなった空気に涼やかな声が地下に響いた。
「であれば、一つ一つの陣を周るより皆で手分けして魔術陣を模写してこの場所で解析した方が早いですね、丁度四人いるわけですし」
学校での共同課題を始めるかのような軽い口ぶりだ。
「何を言っているんだ……」
事態の困難に気づいていない。ジュストからはそう見えオネットを睨みつけるがオネットは首を傾げた。
「では、他に効率の良い方法がおありで?」
「そ、外の魔力はどうするんだ、建物を移動するのだぞ!」
「転移陣を使用すれば問題ありません。同じ結界内、なのですから」
「でも、」
「お二人は、どうですか?」
流石に言い争う気がないようで、オネットはリベルテとクラージュに向きなおると、二人はそれぞれ頷いた。
「それでいいんじゃない。時間が無いし、もう解析始めるね」
「あぁ……」
「兄上!」
「耳を引っ張って引きちぎりますよ」
何が嫌なのか、情けなく兄に縋る姿を目にして、思わず暴力的な言葉が出てしまった。
「……オネット……」
「すいません、話の聞こえない耳なら要らないと思いまして」
解析を始めていたリベルテがその声色に手を止め、顔を上げる程だったがオネットはスッと表情と声色を戻して、リベルテに謝罪をした。
「人によって態度変えすぎだろ、貴様ァ!」
「貴方だけですよージュストさん」
完全に煽りである。混ぜるな危険、クラージュは無言で弟をオネットから引き離した。
「オネット嬢、塔と士団はこの邸から転移陣で繋がっているが、学園は外部生徒がいるから教授にしか転移権利を与えていないんだ」
「でしたら私が行きます。外の魔力についても確認したい事がありますから」
一瞬しか、その魔力を浴びていないためオネット自身魔力酔いの症状がどの程度で現れるのか知りたかった。
「個人によって症状が違うのが気になりますね、魔術であるならばどういったものか、実際に触れ解析できるか、ついでに調べてきます。リベルテさんいくつか当たりを付けたいので魔力を浴びた時の感覚を教えていただけますか?」
リベルテは答えなかった。
彼は古い手帳に視線を落としたまま、眉間に皺を寄せている。
「リベルテさん」
手帳から目を離す、彼は魔術陣を指でなぞり、一文字一文字確認しはじめた。そして……
「それどころじゃなくなった」
「?」
「この陣、穴抜けがある。しかも後から誰かが消した……」




