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くいかえし〜復讐と食事と思い出の話〜  作者: 上尾こたつ
スカビオサと共に
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5−7 アシヌス家


開かれた扉の先に足を踏み入れると同時に、リベルテはオネットに繋がれた手をそっと引き抜いた。


誰もいないと思っていたが、リベルテが一度目にしたことのある人物がそこにはいた。


「オネット嬢?」


転移した先は、見覚えのある執務室。

元来であればその最奥の席に座っているのは、眼帯をした男魔術師総会総帥のリーブル・アシヌスだが、今はその席は空席だ。


「クラージュ・アシヌス様」


互いが現れた人物に驚いたのだろう、数秒の沈黙が落ちた空間でリベルテは僅かに顔を下げて、口を閉ざした。


「驚いた、第三騎士団専用の転移陣だったから、てっきりノワール団長がおいでになったのかと思っていたが……どうやって君が?」


クラージュは一度リベルテを確認したが、すぐにオネットに視線を向けてそう尋ねた。


「私達は魔術師総会に所属している魔術師ですよ、本部に何かあればどんな手段を使っても駆けつけるに決まっています」


間違ってはいない、けれども騎士団で名乗った自分の役割とは別の役柄を口にする姿を見て、オネットの饒舌さには感服する。


「そうか……ありがたいことだが、君にできる事はない、…………ラシラス公爵の元へ」


クラージュが最後と言葉を言い終える前に、オネットはコツコツとブーツの音を響かせて、執務室の窓を開けた。


その瞬間、体を覆う空気が一変した……


重く、暗く、黒い……纏わりつくような空気は、リベルテの判別が正しければ魔力だろう。


僅か一瞬、オネットがすぐに窓を閉めたためそれを感じた時間は二、三秒だ

しかしその僅かな時間でも、その魔力はリベルテに軽度ながらも魔力酔いを引き起こさせた。


「すまない……」


同じく魔力酔いを起こしたのであろうクラージュは、長ソファーに重く座り込んで、胸元を緩めた。

組んだ手がわずかに震え、見ているだけでも冷たいとわかるほど白い。

リベルテよりも重い魔力酔いの症状が起こっている。


「コレは、魔女の魔力ですね、相当年代の入った物とお見受けしますが……お二人とも大丈夫ですか?」


「むしろ君が大丈夫な理由を知りたい」


窓を開けた張本人、必然的にあの魔力を真っ先に受けたはずの彼女はこの場の誰よりも元気そうだ。


僅かに足がふらつく、リベルテは体の指示に従ってソファーに腰を下ろした。


「確信的な理由は検証していないので分かりませんが、考えうる限りでは二つ思い付きます」


軽く口程度で尋ねたのだが、オネットはよく回る饒舌で自身の見解を述べた。


「一つは私の体質がこの魔力と相性がよい。二つ目は私は最近魔女本体と二度程、分身体(魔女の弟子)を合わせれば三度直接接触しているため何らかの耐性が付いている。個人的には後者の方が良いのですが」


「それなら、僕も会ってるよ」


「リベルテさんは、フローレ様とあまりお話されていなかったではないですか」


前者の可能性を排除したいオネットが、リベルテの言葉に僅かに頬を膨らませて言い返す。


「フローレ様に会ったのか……」


「はい、ご縁がありまして、様々なお話を聞かせて下さいました」


「そうか…父上はそこまで…君はやはり期待されているんだな」


微かに微笑みそう言ったクラージュ。

しかしオネットはその口ぶりに内心首を傾げた。


「いいえ、アシヌス公爵様からの紹介で訪れたわけではありません、フローレ様は私の母とも面識があり、私自身、幼い頃にお会いしたことがあります」


オネットは、スッと表情を変え、フローレの村に訪れた理由、リーブルから人探しの依頼に付いては話した。


「スリス先生が、総会を辞めた理由を知ったのだな」


「魔術師カリヤの殺害、かなり大きな事件ですが、私は学園に属していながら、認知していませんでした。おまけにリーブル総帥がそれを知って保護していたのも、よく王国にばれませんでしたね」


本人がいない故にあけすけなくオネットは言う。

リベルテはオネットのデリカシーのなさにも呆れたが、二人の関係が婚約同士である以上口を挟む気になれない。


「私も……詳しく事は聞いていない、総会は全て父上の管轄で動いているから……私達はその命を受け取ればよかった」


顔を下げたまま歯切れ悪くそう言ったクラージュにオネットは訝しげに覗き込み、その言葉の真意を探る。


「……故に今、自らがどう動くべきかわからないと、リーブル総帥がおられない現状、この場所の指揮系統は貴方にありますよね、本来であれば無人の執務室に貴方がいるのもそれが理由」


彼女の目が何を捉えたのか、確信を持った言葉を口にした。


「初めて会った時から、意識の弱い方だと思っていましたが、まさか親の指針がなければ何もできない方だとは。貴方も弟君と同じ、あぁもしかしてそれがアシヌス家の家訓ですか?それであれば尚のことラシラス家とは、相容れないですね、うちの家訓は自ら進むべき方角を決め、人と相対する場合はその方と同等の評価を得るべきであると教わりましたから」


「随分な物言いだな、それにラシラス気にそんな家訓がある事を初めて聞いた」


「ええ、今作りましたから」


「君……」


「それほどまでに、あなたの様子が頼りないと言う事です。内は放任主義なので管理教育を徹底されているアシヌス家の方々は本当に理解しがたい……特に……」


スッと立ち上がり、背後にの執務机にオネットは視線を向ける。


「人が部屋に入るやいなや、執務机の下に隠れた人の事は理解したくないほどです……」


ガッタと机が音を立て、三人はそれぞれ違う感情を持った。


「窓を開けたに行った際に目が会いましたよね、その時点で出てくれば、ここまで惨めな環境を作らなくてよかったのに」


スタスタと歩みよりおよそ令嬢と思えない様子で、オネットは執務室机の下から布を引っ張り上げている。


誰かの服、恐らくローブだろう。机下から引きずり出されたのは、ジュスト・アシヌスだった。


「貴様!放せ!」


「まぁまぁ、令嬢一人の力でこんな簡単に引きずり出せるとは、魔術だけでなく、力すら私に劣る事になりますよ、ジュストさん」



「オネット嬢、そこまでにしてやってくれないか、弟は父のいない現状を受け止められていないんだ」


オネットはジュストを冷たい目で見下ろした。



「それがなんだと言うのです、別段死んだと確定しているわけでもないのに、自らの役割を探そうとせずに、メソメソと……」


そう言いオネットがローブの裾を離すと抵抗していたジュストが反動で床に尻餅をついた。


「ここに来た段階で探索魔術を行っていますが、今本部を囲っている防御壁はあの魔力を封じ込めていますね。

本部外のタイバンの街自体には今現在はなんの影響も出ていない」


リベルテもそれを感じとっていた。あの魔力は本部の防御壁内に留まっている。大きな塊となっているその場所は、禁足地と似た状態…その一方手前だろう。



「魔力酔い……」


しかし、リベルテに訪れたのは禁足地に触れた者の症状ではなかった。

元来であれば低魔力症状。禁足地化に近しい魔力の塊ならば、外部からの圧迫により体内の魔力の循環が滞る症状が出るはずだが……


今回は魔力酔い。それは初めて魔術に触れ、魔力の流れを体に感じることで吐き気や倦怠感を感じる。

言わば、初心者病だ。


「この防御壁を維持しているのは誰ですか」


オネットがふとそんなことを言った。


「誰とは……」


「おとぼけにならないでください。魔術を行使しているのです、当然その魔力の供給元があるはず。

アシヌス家は元来この本部を守る防御壁の維持を当主の役目の一つとしてきました。ですが今、リーブル・アシヌスは不在、現状誰が担っているのですか?」



「…………」


答えないクラージュにオネットは指を二つ立てた。

「一つ、リーブル・アシヌスが不測の事態に備えて、あらかじめ魔力をどこかに溜めていた。

二つ、この防御壁自体の仕組みは街の外の防御壁同様大気中の魔力を消耗して作られている」



「…………後者ですね」



「別段、隠す必要性はない。と言いたい所ですが、丁度任務で発動の媒体の魔術語を書き換えられ、禁足地化した村を見て来ました。それを恐れ、秘匿にされているのでしょう」


背後で、光の線が走る。オネットが窓を開けた時、広がっていたのは晴天だったと記憶しているが。


「防御壁が攻撃を受けているね、それも内側から」


その光景はつい最近も見た光景だ。雷雲の中の雷の様に光が四方に走っている。


「外の魔力自体に攻撃性がある、と言う事ですか?」


「みたいだね、僕らが普段得られる自然にできた魔力とは違う性質のもの。さっき君が言っていたけど、魔女の魔力と判別できるほどなら一度体内で生成され放出したものだろう」


「放出…と言う事は、魔術として認識した方が正しいですね」


窓の向こうから感じる魔力を分析するリベルテに習い、オネットも得体のしれない物を言語化する。


「どうして、落ち着いてられる」

思考を巡らす二人の魔術師に、ジュストが信じられないとそう声を上げた。


「落ち着きなさい、ジュスト」

「でも!父上が!」


声を張り上げるジュストの肩に手を置いてクラージュは宥めるが、ジュストの肩は震えている。


オネットはそれを見て、親の安否がわからん状態がどれほど不安かと過去自分を思い出した。


「ジュストさん、貴方は魔術師なのですか?」


だがオネットの口から出たのは、問いだった。


「っつ!誰しもが貴様みたいに!強くあれると思うな!」

「ジュスト!」


食ってかかるジュストはオネットの胸ぐらを掴まんとする勢いだが、クラージュがそれを止め、二、三歩離れた位置から、その胸の内を吐き出す。


「お前にはわかないだろ!秀でた者の下に生まれた凡人の気持ちなど!父上がいない総会がアシヌス家がどれだけ、脆弱か!」


ジュストが発した嘆きは父を心配する言葉ではない。その内情に呆れと侮蔑の目線をジュストに送る。


「わかっていないのは貴方です。脆弱?貴方の精神性の話をこの場に持ち出さないで下さい」


悲しの声なら少しばかりは聞けただろう。

しかしジュストの嘆きは残念ながら今でなくともオネットは付き合えない。



「クラージュ団長、防御壁の耐久性における段階過程は今どのくらいですか?」


ジュストから視線を外し、彼を押えるクラージュに問う。


突然問われ、クラージュは戸惑い少し思案する。総会本部の防御壁に関する事は管理者と追随する者のみにしか伝えられない。


「……今の拒否反応は初期状態、攻撃を受けている事を知らせる反応になる」


しかし、外の魔術に関して明確な協力者がいないため、目の前の二人に話さない事を選択するほど、クラージュは頭の硬い人間ではない。


「だが、総会本部に結界が発動したと言う事は、攻撃自体の危険性を示している。外の魔力を長時間放置すれば、防御壁は消え、それと同時に結界も消える」



「結界も消えるの?内側に入れないなんて本末転倒……あぁ総帥様が本部外に出る事を想定して作られていないのか……」


「……故にリーブル総帥は第三騎士団に転移陣を構えた」


「総会と第三騎士団は魔術倫理でも利害が一致していたからな…………前総帥はエグレゴアにも転移陣を配備していたが、グラン就任後直ぐに父上が取り払った」


「敵対心丸出しだね、まぁそれもそうか」


この国の魔術師派閥にはかなり溝がある。

グランが突出して敵対的ではあるが、魔術師の在り方や魔術の使用に関する規定で思想や思考がかなり違う。



「それじゃオネット嬢、僕の役目はこの魔力を分散もしくは解消させるでいいのかな?」


ソファーから腰を上げたリベルテが揶揄いを込めてオネットの名を呼ぶ。


オネットはその呼び名にムッとしたが、直ぐに笑みを浮かべた。


「はい、総会本部の機能が失われている状態はよろしくありませんから。


魔術師としての責務を果たしましょう」


母の杖を握る両手にオネットは力を込め、そう言った。

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