5−6 渇望する者達
白いローブを着た魔術師達が転移陣の中央に現れた人物に一斉に礼を取る。
「魔女様おかえりなさいませ」
「お待ちしておりました魔女様」
魔女様、黒い髪の魔女はそう呼ばれている。
誰も名を知らないし、誰も何処から来て、何の目的でグラン・モルガンに協力しているのかわからない。
ただ彼女の与える魔術は、渇望する者達にとってはどんな後ろめたさも目を瞑れるものだった。
「あの子は?」
「お眠りになられています」
「そう」
魔女はそれを聞き、胸元の黒い宝石のついたネックレスを手に取り愛おしそうに眺めた。
「もうすぐね、グラン……」
………………
……
…
「こちらの部屋です」
案内された部屋に足を踏み入れる。
床も壁も大理石でできた部屋は祭事の際に使用される部屋だ。
その中央には、複数の魔術師が囲う転移陣があり白髪の男が倒れてる。
「もう少し綺麗な場所で寝かせてあげても良かったのに」
「申し訳ありません、場所を移そうとしたのですが……我々では触れる事が叶わず」
「……あぁ、グランが言っていた魔術ね」
黒い宝石を撫でながら、魔女は物憂げに言う。
白髪の男の体は薄らと見えるモヤ、ベールの様にほのかに波打つ魔術に覆われており、並みの魔術なら保護対象である白髪の男に触れる事はできない。
そして、その首元には黄金の文言。
魔術使用を抑制するものだと、その魔術語からわかるが。
ベールの魔術を発動しているという事は意味をなしていない。
体の主導権を手放して…魔術行使をしている……奪われる事をわかっている……この魔力は……
魔女の鼓動が早鐘を打つ。
自らが作り出した白髪の男グランに渡した当初よりも随分形が変化しているが、魔獣と同じ外から得た魔力によって肥大化したのだろう。
多数の血と空っぽの体。自身もよくできた人形だと思っていたが、赤眼の魔力も受け入れるとは思わなかった。
「見直したわ、貴方よく出来た子なのね」
そっと眠る青年に手を伸ばす。親が子を見る眼差しだが、彼を守る魔術はそれを弾いた。
「っつ」
「魔女様!」
背後に並ぶ魔術師達が大袈裟に声をあげるが、魔女は意に介さずモヤの触れた手を眺める。
……感じた、彼の方の魔力を……
黒く、白く、艶やかで、美しい、魔女が今も恋焦がれる魔力を彼女は千年振りに感じとった。
「デイラス様……」
鼓動が早鐘を打つ。
素材が揃った。
我らが生まれた土地で、血を絶やす事なく統治した者の体。脆弱で扱いやすく可愛い魂。そして彼の方の魔力。
千年以上の間、叶うと信じた現実が今、手の内にある。
「嬉しい…もう一度貴方様にお会いできる」
きっと今度はうまくいく、なぜならもう邪魔する女はいないのだから。
ふと、口から生温かい物が溢れ出た。
指先で拭うとそれは血で、赤黒いそれに魅入る寸前に脇腹に激痛が走った。
「魔女様!」
真横で風魔術が発動し、そこで初めて自分を刺した者の存在に気づく。
「何あれ」
腹に刺さった短刀を抜き、投げ捨てる。目線の先には魔術で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた黒髪短髪の女
小汚い衣服を着たその存在に魔女は顔を顰める。
「申し訳ありません、連れ去る段階で意識を失わせておりまして…………てっきり死んだ物と」
説明する魔術師は口篭る、目の前の女は、到底生きている人間とは思えないほど、魔力を感知できない。
魔術師からしたら、生命活動に必要な魔力を感じないこの女の現状は屍が動いている状態に他ならない。
「いただけないわね、死骸と思ったのなら、私が帰る前に片付けておいてよ」
「申し訳ありません、今すぐに」
複数の魔術師が女に杖先を向ける、途端放たれた、魔術は大理石を熱し、周囲を冷やす。
「派手ね」
攻撃の余波が煙に残る中で、魔女はそう呟く。魔女の傷を治癒した魔術師が背後に下がった時、煙が晴れて炭になった女を表す…筈だった。
「あら?」
女は生きていた…僅かに露出した腕や足、頬に火傷があるが致命傷に至っていない。
「防御魔術を使っているような魔力は……」
信じられないないものを見たと、驚く声で誰かがそう言った。
「はぁ」
息を吐き、猛攻を受けた女は壁伝いに立ち上がる。
生への執着、元来であれば魔女は美しいと声を上げただろう。
けれども女の息遣いが、時折漏れる痛みに唸る声が、そしてなにより……
黒い髪とこちらを見据える藍色の瞳が、魔女の背にゾワリとした悪寒を走らせた。
眼前に同じ目をした女の顔が映る。
もう忘れるほど昔の顔で、やっと忘れた憎しみの色だ。
「そいつに……」「ねぇ」
藍色の瞳を持つ女のか細い声は、魔女の悲鳴混じりの声によって遮られた。
「なぁに、この女……」
「この男と行動を共にしていた女です、元は身寄りのない冒険者のようで……」
聞いているのか、聞いていないのか…魔女は高いヒールの音を響かせた。
近づく魔女に一切の怯えも見せずに見据える女は、その目が魔女の理性を奪うことを知らない。
魔女は……女の腹に自身を刺した短剣を突き刺した……
女の口から血が溢れる、猛攻に耐えた体だが、刃を突き立てればその肉は切れる。
魔力は短い黒髪を鷲づかみ上向かせ、眼光のない黒い瞳で女を見下ろた。
「あの女もね、こうやって私を切ったの……いや私だけじゃない…沢山の魔力保有生を何の躊躇もなく……そう下賤にも王族の方々にさえ刃を向けて……彼の方の意思であるように振る舞って」
責める口調でそう語り、魔女の藍色の瞳を凝視する。ブツブツと周囲の魔術師達には聞こえない声で、女の藍色に別の人物を重ね、ようやく忘れることが出来たであろう、恨みを言って聞かせた。
バシャリと足元の血がはねる、自らが流した多量の血の中に落ちた女は、それでも呼吸を続けている。
「はぁーいけないわ〜目的を見失う所だった」
死にかけの女を踏み潰し、きびつをかえす。背後に控えていた魔術師達は皆、魔女の狂気に沈黙していた。
「お待たせしてごめんなさいね〜さぁ始めましょうか」
誰も口を開けぬ空間で、魔女は笑みを浮かべた。
「魔女様、私共は誰一人儀式の詳細をお伝えされていません」
仕切り直しと、魔女が白髪の男が眠る元に戻った時、彼女を出迎えた魔術師が慄きながらもそう尋ねた。
「?…心配しないで、魔術行使は全て私がするから、貴方達は言われた通り行動してちょうだい」
「…かしこまりました」
何を始めるのか、魔術移送である事は想定できるのだが、その対象は誰に移送するのか、確保したリーブル・アシヌスの肉体はどうするのか、疑問が浮かぶ。
「ねぇ、二人ほど、陣の両端に来てくれるかしら」
一瞬誰もが躊躇った。
僅かな間と沈黙、しかしその後、誰もが人形のように無言でそして静かにその命に従った。
名指しされたわけでも、目配せを受けたわけでもない二人の魔術師が魔女の言う通り、陣の両端に立つ。
それを確認した魔女は腕を前えと伸ばし、その手に黒い杖を出現させた。
「ありがとう」
両端の達魔術師に礼を言うと魔女杖を転移陣へと突き下ろした。
瞬間、大理石に描かれた陣の魔術語が変わった。
「あなたも、ここまで魔力を留めてくれてありがとう」
未だ眠る白髪の男。
そのベールの向こうで穏やかに目を瞑る姿に、微笑みを浮かべて、魔女は魔術を発動させた。
「シー・メランジェ」
誰も聞いたことのない発音。
言葉を用いて発動した魔術は、黒い光を淡く発し、それに反応するかように魔女の胸元を飾る黒い宝石も淡く輝く。
…同時に白髪の男の体から、白い光が抜け出る。
揺らめくそれは縋るように眠る男にまとわりつくが、やがて魔女の胸元の宝石へと吸い込まれていった。
誰もがその光景に魅入る静粛な場に、人の倒れる音が響いた。
倒れたのは陣の端に立っていた魔術師だ。
そして、もう一人も体から魂が抜けたように床に倒れ、一人の魔術師が高揚と不安に揺れながら魔女に問う。
「何が起こっているのですか」
「……?魔力を融合させないといけないから」
魔女は目尻を下げて笑みを深くする。
自身が組み込んだ魔術語が正常に機能した成果を目の前に、もうすぐこの手に愛おし存在が手に入るのだと、実感した。
今のグランの魔力を、リーブル・アシヌスの肉体へ流し入れても、グランがその肉体の権利を得る事はできない。
大きな器にはそれに見合う魔力量が必要だ。
だからこそエルデゴアを、グランを使って魔力を集めさせた。
まさか、求めていた魔力そのものを見つけてくれるなんて思いもよらなかった。
この運命は千年という長い時を待った自身に、神が与えた褒美なのだろう。
「あぁ、私がお分かりなられますか」
一筋の涙が頬を濡らす…黒い宝石に籠る暖かさに頬を当て歓喜の声を出した。
「魔女様、この者達は……息をしておりません」
儀式は終わった。
魔術陣の淡い光は消え騒然となると空間で、一人の魔術師が陣の端で倒れている魔術師の様子を確認し、魔女に問う。
「彼らには、魔術発動の補佐をして貰ったの、神が築いた運命の礎に慣れたのだから名誉あることよ」
魔女は黒い宝石を両手で握り込みながら、心底それが誉であるとそう言った。
「そ、それは……」
「ふふ、彼らを生み出した家に褒美を与えないとね、身内の者を後で連れて来てちょうだい」
「かしこまりました」
「それと……」
開かれた道を進み、大理石の間の扉を抜ける前に、魔女は振り返った。
「不要な物は全てこの部屋で処理して置いて、彼ももういらないから」
「かしこまりました」
重い扉が閉まる音が廊下に響いた。
「さて、向かいましょうか」
目的はまだ果たされていない。
「魔術師総会……いえ」
魔女は黒い宝石を撫で笑みを深める。
「私達の故郷へ」




