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くいかえし〜復讐と食事と思い出の話〜  作者: 上尾こたつ
スカビオサと共に
111/121

5−5 自由の象徴


王都地下廊―リルディオ・ギルバート・スリス捕縛前……



鉄格子が並ぶその最奥に、騎士服を着た二人の男が一人の囚人の顔を確認する。


「生きているか……」


一人がそう問いかけると、もう一人がカンテラを持ち上げ、囚人の顔を確認する。


一瞬僅かに手元が震えたが、男は問いに返答する。


「い、生きてます……」


その囚人は笑っていた……

歪な笑み……見る者を不安にさせるその笑みは鉄格子の奥にいる男の特徴だ。


「アヒャ、おまえら〜騎士じゃねぇな〜」


ジャラリと音を立てて、男が薄い敷布が敷かれた寝床から立ち上がる。


足枷が引きずられ、手枷の鎖が揺れる。素足のペタペタした音が地下に響き、鉄格子に近づいた男の姿を騎士服着た者達が明確に捉える。


男の名はブラン……


かつて、エルデゴアの地下で生き、そしてグランの手足となった男……だが、男を表すには、そんな使い勝手の良い言葉だけでは足りない。


魔術狂い


あのグラン総帥でさえ毛嫌いし、手に余る物としていた程ブランの魔術に対する執着は異常だ。


「クセーなーカビくさい……」

鼻先を鉄格子から出して騎士服を着た者達をスンスンと嗅ぐ、その行為に一歩下がれば、暗闇が増した鉄格子の向こうからブランの笑い声が響く。


「でぇ?グランが死んだのに俺に何のようだぁ」


僅かに首を傾げ、鉄格子の隙間からブランの黒い目玉が二人の男を覗く。


「総帥は死んでない!」


「アハハハハ!」


怯みを見せながらもブランの顔を照らす男がそう言うとブランは盛大に笑い、男達を戦慄させる。


何がおかしいのか、自分達を作り上げた父とも呼べる人物の死を目の前の()()は笑っている。

騎士服を着た者達には到底理解できない……ブランと言う男はエルデゴアの地下でも異質のだった。


「こいつ……」

「落ち着け、任務を遂行するぞ」


「にんむー?」


宥めるの声に反応しブランは笑みを消す。


「っ、感謝するんだな、貴様の様な厄介者にもまだ役割があるらしい」


消えた表情、ブランの生み出す気配の温度差に彼等の背筋に悪寒が走る。


「ヤクワリ…やくわり……役割」

理解ができない子供のように、言われた内容を復唱したブランは首を傾げたまま、再び口角を限界まで上げた。


「こっから出られるってことか〜いいな〜


つまらなすぎて……つまらなすぎて……つまらなすぎて……


可笑しくなっちまうところだったからよー」


ヘラヘラニタニタとブランは笑い、手枷がつけられた腕を上げた。


鉄格子の向こうに居る人物は、自分達と同じ人間だ。だが瞬きの合間に得体の知れない()()がいる様な感覚に男達は、言われた役割を放置したくなった。


そんな事は出来るはずもないのに………………


「扉を開ける」


鉄がぶつかる不快な音が暗い地下に響く。


…………………………

………………

……


終わらない終わらない  


無力に捕まり、牢に閉じ込められたこの体は、鉄格子を抜けても命令に囚われる。元は親の期待だった役割はいつしか利用の道具であることを知った。


でもその人生で彼女はほんの少しだけ自由を手にすることができた。


彼に会える……


ニコニコヘラヘラ、無垢で自分の楽しい事しか興味を持たない男だが、少なくともエルデゴア(あの)地下で誰よりも自由だった彼は、リシアにとって象徴のような存在だった。


解放の時間まで、後5分。


王都郊外の廃墟でリシアは転移陣を描き終える。


目眩しを含めて、時間通りに描き終えて一つの任務を無事こなした事に安堵し、フードを目深に被る。

少しクセのある白髪を抑え込み、視線の狭まった世界で、襟元を握る。


自分の心臓が強くなっている。


知っているのだ、自分も、家族も、もう後がないのだと。

グランの元に付いたが運の尽き、今担っている役割もきっと最後は意味のない存在になる。


「ブラン……あなたはそれでも笑うんだろうね」

彼のようにはなれない……

彼のように多彩な魔術を操る事も……魔術攻撃にも耐える強靭な肉体も……そして力のある剣技もリシアにはない


「最後に一目見れたらいいな……」


彼の笑みは時に伝染する。


もし会えたらきっと最後に笑えるだろう。


転移陣が光輝く。

当然逃亡の痕跡は残るが、複数の座標を組み込んだ陣を使えば転移先がランダムに選択され、目眩しになる。


「良かった、王宮から出れたんだ……」


細部の作戦をリシアは知らされていない。ただ王宮の結界を抜けて転移する事は、専用の転移陣を使用しなければ不可能なため、内側の手引きがうまく行ったのだろう。


それを思うと、グラン総帥の根の深さに驚く。


いやグランではない……黒髪の魔女の存在にであろうか……


地下に出入する際に何度か姿を見た事があった。

どうして、何の目的でグランに協力しているのか、知りようはなかったが。関わっていけない、目を合わせてはいけない存在である事はわかった。


まだ幼い、初めてブランの世話役になった時。変わる地下の顔ぶれにブランも消えてしまうのではと、その役を唐突に下ろされてしまうのではと、彼女の存在に不安と恐怖を植え付けられたのを覚えている。


ブランが扱い難くも使いやすい存在になったのは良かった。

彼の興味の引き方を心得たリシアも、彼と組織を繋ぐ橋渡しとして機能し、あのカビ臭い地下から地上に上がる事ができたのだから。


転移陣発動の光が消えた。陣の中心には木彫りの人形、目眩しのデコイだ。


「残念、ハズレだね」


彼に会えなかった。

自分はこれから、五か所の陣の痕跡を出来るだけ消さなければならない。


ブランの後にモルガン領に戻る事になるため、もう役割の違う自分達が会う確率は低くなるだろう。それに、何より痕跡を消す途中で騎士に見つかれば自分はそこで終わる。


「……ために役割を果たしなさい…」


幼少の頃より、両親に言われた言葉を口にする。長い時間を得てリシアが集中するためのルーティンになったその言葉は、何度もリシアの助けとなった。


「……終わらせよう」


与えられた役割を遂行するため彼女は目の前の陣に向けて魔術を放った。




………………………

……………

……




「クセーなー臭すぎる」


部下からの報告を受け、ノワールは顔を歪めた。


「脱獄当日に見張りを担当していた騎士は、二人……それぞれ別の中庭で刺殺されていたようです」


「だから、遠縁共も縄に括ってしまえっていたんだ…脱獄なんざするには内側から手引きがあったんだろうな」


「リギー・スリスの捕縛先を変えますか?」


「いや、そんまま進めろ、こんだけ準備したんだ。それに尚の事第三騎士団(うち)がでしゃばる口実になる」


立ち上がり、開けていた上着のボタンを閉める。


自身の体に合わせて仕立てられた服は着心地が良いが、長く着ていると。少しばかり緩めたくなる。

しかしながら、これから会議(粗探し場)に出向かねばならないため、身綺麗にしなければならない。


「脱獄方法は、鍵を壊し牢を無理やり開けていました。そのような事ができたのは、牢の鍵が不具合のある物と取り替えられていたから……あらかじめブランが収容される場所を特定していたのでしょう」


預けられた報告書を読み上げながら、髪を整える団長を見ると鏡の向こうで、今までにない威圧感を放っている。


「切って捨ててを繰り返せば、そのうち保身に走ると思うが、あいつ等は洗脳されているのか」


「その可能性は否めません、事実牢の鍵を切り落とした剣は刺殺された騎士の物でした。奪われた可能性もありますが……」


「騎士の剣は持ち主の魔力でしか発動しない、血濡れにして発動させるにしては一刺しで十分と思うか?」


「いいえ、恐らくブランは、自らを援助した者を殺しています、目的は目眩し」


「そんな小賢し事が思いつく奴には見えなかったがな……この件での最悪はあの凶悪野郎が誰の鎖にも繋がれず世に放たれる事だな」


「周辺の警備を強化します」


「郊外の廃墟も調べておけよ、それと今回は貴族の屋敷には触れない、今の状態でリスクはおわんだろう、時間の無駄だ」

「はい」


「まぁ、結果はモルガン領に行けばわかる。第一、第二を言い含められる材料が出来たんだ……」


死んだ騎士には悪いが、利用された団にも問題がある。互いに尻拭いをするぐらいの無理も通るだろう。


ノワールの威圧を放つ表情はいつもの悪党面に戻っていた。

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