5ー4向かう方向
コップ一杯の水が口の中の気持ち悪さを流し込む。
食欲は無いが喉が渇く。飲み干したコップをオネットが受け取り先程までの意識の強い表情は、穏やかな笑みでわからなくなった。
『ルガルデに似ている」
父のことを自分よりよく知る人にそう言わしめた彼女、その姿には面影など一つもない。
「気分はどうですか」
「マシになった、随分と……」
重い静寂が支配していた部屋に音が流れる。ガラスの破片は彼女の魔術で一片残らず片付けられた。
「すっかり使いこなしているね」
「えぇ、随分と身になりました」
オネットはニコニコと笑み、ベット脇に置かれたリベルテの上着を彼に着せる。
どちらの身分が上なのか、貴族の令嬢と罪人では雲泥の差だろうに、けれども流されるまま袖を通したリベルテもそんなことは気にしていないのだろう。
「それで、どうやって僕が騎士団にいるってわかったの?」
「私達を連行しに来たのが第三騎士団だからですよ」
「地下牢だったかもしれないだろう」
実際はその可能性の方が高いだろう。しかしオネットはそれはないと首を振った。
「私も大人のエゴがどれほどのものか知っているんです、彼の方達は必ず貴方を保護するでしょう」
「……確かに」
ボタンを止めながら思い出す。『生きていたんだな』といった第三騎士団長の表情……
会話をしたのは一度きりだが、言葉の端々に後悔がうかがえた。
死んだと思っていた友人の息子が彼らには忘れ形見に映ったのだろうか。
父親達の幼い頃を知らないため、彼らの友情にとやかく言えないが、肝心のリベルテの気持ちが置いておかれている状態はいただけない。
だがそれも、もう気にする必要はないのだろう。
「この部屋を当てたのは、単純に今回の捕縛劇の協力者であると認識してもらったからです」
「……君、実家に帰されたのによくそのことを知っているね、ラシラス公爵は口が軽いのかい?」
「いいえ、連れ戻されたタイミングで何か始まるのだろうと予想はしていましたが、具体的な内容は騎士団員から聞きました……それらしく振る舞って、内容の確認をする程度に尋ねるんです。あたかも初めから全て知っている程で」
人差し指を立てて得意げな声色でそう言う彼女の姿はやり慣れている。
「君は本当に社交性があるね、現役の騎士を欺くだなんて、とことん令嬢向きだ」
「令嬢はこのような厄介事に首を向けません、それこそ父親から家に居るよう言われたなら従うでしょう」
彼女がそっと手を伸ばした先には白い布で丁重に巻かれた杖が立てかけられていた。長さからオネットが使っている杖とは別のものだろう。
「言われたの?」
リベルテとは違いオネットは父親との関係はよくないのだろう。しかし第三者ながらにオネットを連れ戻したラシラス公爵が娘を心配していないように思えなかった。
「……いいえ」
少しの沈黙の後にそう言った彼女は何か思うことがあったのか、無表情になった。
だがすぐに口元に笑みを浮かべリベルテをみやった。
「さぁ参りましょうか」
白いフードを深く被り、彼女は扉を開けた。片手に杖を、もう片手にはベルテの手がいつのまにか握られていた。
「モルガン領に行くの?」
手を引かれるれるがまま廊下を歩くリベルテは、オネットに問う。
「いいえ、こちらに来て信じられない事実を知りまして」
彼女の言う「信じられない事実」がリベルテの知っている内容なら、オネットの少し頬を膨らませた不服そうな姿は、事実を知った者とし釣り合っていない。
「事実?」
「私達が魔術師総会総帥リーブル・アシヌスが魔女に連れ去られたと。それに伴って、総会本部が陥落状態にあると言うのです」
信じられますかと言わんばかりの不満顔だ。
「事実だよ、総会本部の現在閉じられた状態になっているらしい、中の様子はわからないようだね」
「恐らくは街を守る魔術回路が働いて重要施設である本部に結界魔術が発動したのでしょう、学園は長期休みに入っていますが、寮に残っている学生はいますし、何より研究塔の方々も……リベルテさんはどの程度知っておいでで?実際に確認されましたか?」
長らく学園にいた彼女の口から出たのは生徒と総会で研究職についてる魔術師の事だ。
「いいや、全てここの騎士から聞いた……」
無機質に流れる石造の廊下から指す光を眺めながら、特に思考もいらない事実を言う。
「そうですか、この状態を置いてモルガン領に向かうと言う事は、リーブル総帥は何らかの手立てを打っているのでしょう……」
「それはどうだろうね、騎士団は王都を守るのが仕事だし」
この国は王都市場主義だ、王都保護法もその最たる物で、今回のモルガン領での捕縛作戦も王都反逆の根城を打破する理由があげられている。
「君の言動と僕の手を引く方向からして、総会本部に向かう気まんまんみたいだけど、アルメ達の事はどうするの?」
「やはり、アルメさんは騎士団に身柄を抑えられたわけではないのですね」
「そうだね、アルメはともかく彼の魔力は一切探知できないし、王都にはいないね」
「であれば、陥落状態の本部内かモルガン領……領内の方は第三騎士団が向かわれますし、とりあえず私達は総会本部に向いましょうか」
「そうだね」
「リベルテさん?」
唐突にオネットは足を止めてリベルテに向き直る、何か気になることでもあったにだろうかと首を傾げると、そっと彼女の手が頬に触れた。
「何?急に」
「覇気がないですね」
「はい?」
「いつもなら、閉じられた本部内にどうやって入るのかとか、色々尋ねられると思います」
「……君の選択に間違いはないよ、二つ心あたりがあって、そのうちの一つに騎士団が向かうなら、もう片方を選択するのは当たり前のことでしょう?」
「そうですが……」
不意に彼女の手がリベルテの頬を軽く挟んだ。
「やめて」
「……そうですね、まぁ今は良いでしょう…」
「何がさ」
「いいえ、ただ全て終わればきっと晴れやかになると……そう思いました」
よくわからないことをオネットは言った。
リベルテの気分は今までにないほど良い。
抱えていた感情をそれを軽蔑する自分に背を向けることができたのだから。
それは自分だけではできない、第三者の意志がなければならない。
「オネット」
「はい」
「ありがとう」
「……私には貴方が必要ですから、リベルテさん」
そっと頬から手を離された。
「それで、どうやって閉じられた総会本部内に入るの」
「王城と主要な街の役所はそれぞれに直通する転移陣があります、タイバンの街は実質的な街の管理を魔術師総会が行っているので、転移先は総会本部内になります」
「確かに王宮の転移陣は総会本部の結界を抜けることができる、けど今の結界を抜けられるかな」
オネットは足を止めた。両開きの黒い扉が佇むその場所は異質なほどに白い壁がその周囲を囲っている。
「ここは」
「第三騎士団の転移フロアですね」
見ると周辺の床に様々な転移陣の跡が残されている。至急の任務の際、転移陣を使う場所を決めているのだろう。
「この場所、団員しか入れないんじゃ」
「先程、見張りの方とすれ違いましたよ、しっかり話合いは終わっています」
オネットはローブの内側からジャラリと音を立てて細いチェーンの先にある使用許可証を見せた。
「ここの騎士団は令嬢に許可証を簡単に出すんの」
「確かにラシラスの名も出しましたが、それ以前に私は特殊任務を請け負っている総会所属の魔術師ですよ、リベルテさん」
使用許可証をしまい、オネットは再びリベルテの手を取った。
「結界を通す転移の仕組みは、結界の権限を持つ者どうしの制約により道が繋がっている状態ですから、リーブル総帥が結界を閉じてしまわれたのであれば、転移が失敗して、外れた場所に転移してしまうでしょう…」
「そうだね」
「ですが、元来の制約により成り立っている場合に限りであると私は思います」
扉に向き直り杖先を向ける、黒い扉に魔術陣が浮かび上がり、細かな座標が明確な場所を示している。
「良かった、行きましょうリベルテさん」




