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くいかえし〜復讐と食事と思い出の話〜  作者: 上尾こたつ
スカビオサと共に
109/121

5−3 希、望む

リベルテの悪夢


黒く焼け爛れた肌

 

誰も認識しない黄金の瞳

 

暗い部屋に浮いて見えるそれを、数人の魔術師が覗き込んでいる


足がすくんで動けない


大きな影が周りを囲ってこちらを見ている


だからだ……

……だから何もできなかった……


………………だから…………じ……………………く……………………い…………



「違う」


カーテンから僅かに日が差し込む部屋でリベルテは目を覚ました。

口から漏れた言葉は静かな部屋に空気となって消えて、目が覚めたばかりのリベルテ自身も気づいていない。


だが、体を起こした時に感じた肌の濡れた感覚に不快と苛立ちそして……


僅かに震える両手を見て、抑えられない恐怖を感じている……


「だから……眠りたくなかったんだ」


汗が空気に触れて体が冷え、胃酸が迫り上がる感覚がする。

震える体を抱きしめて、背を丸めるリベルテにかかる声はない。


ここは王国第三騎士団宿舎。


本来であれば、所属している騎士しか利用できない部屋にリベルテは連れてこられた。


魔術師総会本部が襲撃を受け、元エグレゴア所属の魔術師リベルテは捕縛対象になった。

 

始まったのはエグレゴア関係者の確認作業、すでに知っている情報なのだろう、淡々と進む流れ作業はリベルテの情報を必要としていたのか、おそらくは儀礼だけの最終確認。


すっかり記憶から消えていたと思っていた者達の名前がスラスラと口から漏れ出ていくという奇妙な体験は、長く気持ちの悪い疲労が体の奥から湧き上がった。


…………そして作業が終わり、リベルテはこの部屋に入れられた……檻の中ではなく……


疲れてしまった……

許される事に……


皆知らないのだ……


どうして父が死んだのか……


いつもと変わらない日に、父に連れられてエグレゴア本部に来た。


当時リベルテにとってエグレゴアはよく知るもう一つの家のような感覚で、父の気まぐれに連れてこられても特に拒否感もなかった。


才能の自覚をしていたからかも知れない。


自惚れていた自覚もある。


それ故に、ご子息も一緒に観せたい者があると、誘われれば、元より父が治めるエグレゴアであれば、警戒も勘ぐりも一切しなかった。


()()()()()()()


それは、間違っていないのだろう……エグレゴアに所属している魔術師全員の認識がそう判断したのだから。


ただそこに、()に出なかった悪意があっただけで……


でもリベルテは知っている……


……あの時見えた、自分達を囲う魔術語の螺旋は……暖かな父の体の向こうに見えたのだから……


「僕のせいだ……」


リベルテがいたから……ルガルデは魔術行使が遅れた。


多少聞き分けが良かったかも知れないが、けれども好奇心は年頃並みにあり、すっかり来慣れてしまったその場所で、観たことの無い魔術語の羅列に目を輝かせてしまった。


恐らくそのタイミングを見計らっていたのだろう。


父の防御魔術範囲外にリベルテが足を向けたその時に目まぐるしい魔術陣があたりを覆った。


光の渦になす術なく、自分の身を守る事もせずに目を閉じて、心のどこかで父が何とかしてくれると、その状況を侮んでいた。


抱きしめられて目を開いた時、確かに感じた安堵は今思えば馬鹿らしい。


頬に垂れる血の感触は、その後すぐに訪れた。


「父さん……」

父の姿を思い出す。

黄金の髪と瞳を持ち、いつも穏やかに笑っていた。リベルテを庇ったその時もその口元には笑みが浮かんでいた。


終わらない猛攻の中でも変わらずに。


「うっ!」

吐き気がぶり返す。一度記憶を辿り始めれば、行き着く終わりは決まっている。

夢の方が鮮明に見ていたような気がしたのに、飲み込むことの出来ない胃酸が口端から溢れ、白い掛布を汚した。


「はっはっつ…」

気持ちの悪い口の中を洗い流したくて、ベットにある水差しに手を伸ばすが、震える腕は伸ばす事ができずに、布の上を這いずりながら、指先を広げる。

 

幾つか空を切りながら、サイドテーブルに手を触れさせた時、支える腕の力が抜けて、ベットから掛布と共に雪崩落ちた。


割れる音が響き、チクリと指先に痛みが走る。

体の指示に従い痛みの元を確認すると、うっすらと赤い鮮血が切れ目から顔を出している。


何かを求める気力はもうなくなった……



「リベルテさん!」


激しく扉が開かれた、バタバタと入ってきたのは、見慣れたベージュの髪色と見開かれた榛色の瞳。


「どうして……君がここに」


彼女、オネット・ラシラスは実家に身を引き取られた筈だ。


おかしな物を食べる事なく、魔獣の血で服を汚す事なく、常に綺麗な衣服を着て、美しく飾られた食事をする。


冒険は終わり、令嬢はあるべき場所に帰る。


幕引きが突然で実感がなかったのだろうか、まるで終わりなどなかったように彼女はリベルテに駆け寄り、無言で彼の口元をハンカチで拭った。

その目は痛ましい者を見る目だが、同時に怪我をした同胞を見る目だ。


「このままでは気持ちが悪いでしょう、この部屋に浴槽はありますか」


肩を貸されて、再びベットの上に戻ったリベルテにオネットはそう言い、部屋を見渡す。

出入り口のすぐ側の扉に目星をつけたのか、その場所に足を向けてた彼女の耳にリベルテの声がか細いながらも届く。


「……やめてくれ」


音が消える。オネットの服ずれの音が止んだからだ。


「……飲み水の方が先ですね」

静かに振り返ったオネット。しかし、すぐに穏やかな声をリベルテにかけた。


魔術を使えばいいのに、彼女は腕を伸ばして予備のコップを棚からとりだした。


その背中が、その仕草がこちらを伺い、気遣う様子で、だからこそ、リベルテは……

「君には……見られたく…ない」


弱っている自分を……見られたくなかった。


「申し訳ありません」


オネットはそう呟いた。

 

「貴方が、リベルテさんが食事を取られない事も……睡眠を避けている事も気づいていたのに…………触れて崩れてしまうのではと恐れて……何の手立てもしなかった……」


彼女は水の入ったコップを両手に持ったまま、リベルテに背を向け立ちつくす。

 

「……僕は拒んでいるんだ……」


拒否を表す言葉、しかし突き返すような口調ではなかった。


「君に、気遣われる人間じゃない……僕は……誰かに……守られる人間じゃない……」


リベルテの口元はうっすらと笑みを浮かべていた。

「僕は罪人だ、目的のために人を殺した……だから裁かれるのを待っている」


地下の孤児達は決してグランの様な奴らではない……ただ自ら考え動く事が乏しい……そんな人間だった。


「たとえ、忘却魔術を施されていたとしてもグランの元で、魔術実験に協力していた事実は変わらない」


その中の一人が自分だった事実は変わらない。

たとえ、記憶の有無があっても、感情を出す魂は同じだ。


「今も、()()…………自分は悪くないって、そう思ってしまうんだ」


何の記憶もない時でも、父の記憶を取り戻した今でも、過去の悔いる気持ちを巡る時、胸の奥底で、必ずその言葉が浮かび上がる。


…………僕は……自分は悪くない


力に抗えない、哀れな孤児の少年。一度自分の中でそう形にしてしまった魂は、その性悪な感情を消す事ができない。


首を振って抗おうとしても、必ずその回答を盾にしようとする。


……記憶を巡るたびに、リベルテは己れに失望する。


「だから、君は僕に構わなくていい」


だからこの無垢で、きっとどんな魔術師よりも魔術を愛す少女にこんな醜悪な大人の相手などさせてはいけない。


「私は、子供ではありませんよ……」

オネットの声は力が込められていた。


「何の理由もなく、ただの思いやりで、騎士団に引き取られた貴方を迎えに現れたと思いますか?」


「……」


「私は常に、自分の目的を果たすために行動します」


振り返った彼女の表情は今までに見たことないほど大人びており、背負う者の目をしていた。


「だから、リベルテさん……」


そっとオネットの手がリベルテに置かれる、冷たさを感じるはずの白い手はとても暖かく。


そして……


「私に協力していただけますか……」


確信を持った瞳は熱を秘めている。


 

…………リベルテに選択肢はいらない

 

…………ずっと流されるままに生き、そして最後、抗った

 

……それで十分、人生の目的はもう無い


「僕でよければ……」


だから、また流されるまま生きる。彼の権利はそれだけだ。




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