5−1 螺旋の記憶
赤い糸が周囲に舞った。
引き裂かれたのはとある魔術学生の赤いマフラーで、白い柱が並ぶこの場所でもその赤は美しく見える。
しかしこの場所では、この神聖な赤をおいそれと身につけることは許されない。
「貴方本当に身の程知らずね」
艶のある黒く長い髪を持つ女が両膝を地面につけた少女を見下ろしながらそう言った。
「そのマフラーは第二王子陛下が巻いてくれた物だ」
「作ったのは貴方でしょう、あの方々の赤に触れることが許されないと思わないの?」
舞う赤い繊維が地面に伏す少女の上に舞い散り、その手元に裂かれたマフラーがパサリと音を立てて落ちる。髪の隙間からそれを見た少女は、瞬時に光を失い、仇を狙う人間の目になった。
「っお前も!!」
怒りの声をあげると同時にその両手を黒髪の女に伸ばす、しかしその手は爪の先も届くことなく、腹に入った痛みと一緒に少女は再び地面に伏した。
「私はいいのよ、選ばれたのだから」
手に持つ黒い杖を少女に向けてそう言った女の顔には笑みが浮かんでおり、地面から見上げなくとも嘲りを含んでいる事がわかる。
「貴方は選ばれなかった、たった一度の気まぐれに自惚れるなと言っているの、糸屑しか操れない出来損ないの癖に」
忌々しいと顔を歪めた女は、けれどもすぐに笑みを浮かべて、黒い瞳を細める。
「燃やしてしまいましょう」
黒髪の女の声に答えるように、背後に影のように潜んでいた黒髪の女によく似た女達が地面に伏した少女を取り囲む。
両腕を捻じ上げられて、汚れた膝からパラパラと土が落ちる、腕を振り払おうにも数人で押さえ込まれ意味もない。
そして黒髪の女が静かに囁いた、「言葉」が耳に入ると、恐怖で体がいうことを聞かなくなる。
「やめて!」
「なんの騒ぎですか?」
熱を帯びるかのようにゆらめく、それが少女の体にも刻まれ始めた時、凛と透き通った声が周囲を覚ます。
黒い瞳が捉えたのは二人の白いローブ姿だ。一人は茶髪で、フードで顔を隠すように、もう一人は自身と同じ黒髪だが、後ろでキツく一つに締め上げ、乱れ一つない。
無表情だが、こちらを見る藍色の瞳は意思が強い人間のそれで、こちらに近づいてくるにつれて背中が泡立つ感覚が意識に反して起こる。
「保有生同士の魔術行使は禁止されていますよ」
「……貴方ね、カーシェ」
藍色の目が厳しく細められ、明け透けに責め立てる様子で、晒された者達は苛立ちが湧き上がる。
女はその後ろに連れ添っている茶髪の女を睨みながらそう言うと、茶髪の女はフードをさらに深く被り、もう一人の背後に隠れた。
「……それにまた見ない内に随分と増やしましたね……分身体の過剰製作は推奨されていませんよ」
知っているでしょう、と見下すように言うこの女は、まるで自身がこの世のルールだと言わんばかりだ、推奨されていないが禁止されている訳ではない。
睨み合う両者。女の後ろにいた物達も一人の藍色の瞳を凝視する。
一片の隙も見逃さないと十の目に晒されながらもその藍色には怯えも恐怖もない、そんな人間の背後にいたからか、後ろに隠れていた人物もオドオドとしながらもその背から飛び出す。
「フィル……」
女の興が冷め、地面に伏したままの少女に駆け寄り、縮こまるその背に手を置く。
裸足の素足と周囲に広がる赤い糸にフードで隠れた顔にさらに濃い影が落ちる。
「一人だから…………もっともっと増やさないと」
支えられて立ち上がった少女、けれどもその様子は助かったという安堵もなく、ぶつぶつとカーシェにギリギリ聞こえる声量で言葉を発している。
「カーシェ、フィルを安静室に」
「うん……」
「まるで仕切り役みたい、ただの同情女の癖に」
全ての言動が女を刺激する。しかし、少女達が横を通り抜けるのを黙って見過ごすのは、目の前の藍色の瞳の人物から目を逸らす事ができないからだ。
「貴方の行動は目にあまります、集団で一人を囲むなど……この場所の風紀を乱している自覚はおありですか?」
自分の立場もわからずそう言う。
「ふふ、乱しているのは貴方の方でしょう、気づいていないの?貴方ごときがデイラス様に付きまとうから皆こんな期待をしてしまうのよ」
「私は与えられた役割を全うしているだけ、過剰な感情で求められる以上の行動をするのは、この場所では不敬にあたります」
まるで自分は正しいのだと……
「だから、不敬なのは貴方の方よ!付き纏って挙句にデイラス様の権威を我が物のように振りかざす!」
許せないのだ……この女の全てが……
「魔術保有生に権限などありません。あるのは一定の人権だけ、だからこそ貴方の過激な行動は見過ごせない今回の事も報告させていただきます」
「ウルサイ」
いつも私が悪いみたいに……
「アルメリア」
視界が赤く染まるその寸前に、心に沁みるような声が響いた。
思わず、長く下ろした黒髪が乱れていないか確認し、口元に僅かに弧を描くよう意識する。
「デイラス様、何故このような場所に……」
「君がここにいるからだろう?何故僕のそばにいない?」
違う
『君は何故役割を放棄してこんな場所にいるんだい?』
「さぁ、行こう研究の続きをしないと」
「違う」
『さぁ、今すぐ戻るんだまだ仕事が残っているだろう』
手を差し伸べるその姿……
違う
手を差し伸べられたのは私、そして彼は言ったのだ綺麗な黒髪だと、あの女とは違い綺麗な黒い髪だと、そう愛でてくれた、手を差し伸べてくれた、
あの女ではなく、私に……そう私の髪を褒めてくれた一度………………違う毎日そう言ってくれた……
そう私は、あの方に愛されていた。手を差し伸べられたのは私……
その現実はもうすぐやってくる、かつて私達が愛したあの場所で。
手を差し伸べられるのは私………………




