4−28 アルメの悔恨
声が聞こえた。聞き慣れない声で誰かが自身の周りで騒いでいる。
「君!大丈夫か!」「何が起こったんだ!」「誰か!早く診療所に!」
思い瞼を上げると、近くにいた数人の人々が駆け寄り、彼女の体を毛布でくるむ。
「ひどい惨状だな」
「他の人の捜索はするか?」
「魔獣がまだ近くにいるかもしれない」
「数人で固まって山に入る!別方向から捜索に入るぞ!」
「この瓦礫の山は」
「…………放置だろうな」
「下に埋まっているかもしれない」
「気おつけて探そう」
背負われたアルメの耳にそんな言葉が聞こえて、アルメの思考は山を降りるにつれて覚醒していった。
「カーム……」
「起きたかい、後少しで村の診療所に着くからね」
数人でアルメをつれて降りている人は村人と言うにはしっかり防御で固められた服装をしているので、冒険者だろう。
「い……犬が……」
「犬かい?」
「……済まない、まだ捜索は始まったばかりなんだ…………きっと探し出すから……」
カームは近くにいなかったのだろうか、意識を失う僅かな瞬間確かに感じ暖かさをアルメは覚えている。
近くの村の診療所。アルメが助けを求めたその村はすでに怪我人を受け入れう準備を終えているようで、アルメはすぐに綺麗なベットに寝かせされた。
部屋には空のベッドが並べてられて、捜索が進むにつれて埋まるはずだった。
だけれど、アルメが体を起こして自分で食事が取れるようになっても、その病室にはアルメしかしいなかった。
「今日で、手の包帯も取れそうだね」
医者がそう言った。
「本当にそんな巨体を持つ魔獣がいたのかい?一体だけ?」
冒険者が言った。
「捜索はしたのですが……他の人々は……」
自警団が言った。
入れ替わり、立ち替わりいろんな人々が出入りして、やがて誰も来なくなった頃。アルメは診療所を出た。
幾つか少女を止める声がしたが…………構わずアルメは、少し草木が侵入した集落に続く道を歩いた。
「……」
晴れた空の木漏れ日がアルメの顔に陰影を落とす。
足を踏み入れる度に、小枝が折れる。
小鳥が枝を蹴り、羽を広げる。
リスが木の実の硬い殻を破る。
歩く度に、この山で暮らしたいつもの光景が続いている。
集落を守る石碑を越える。
何も変わらない。いつもの光景が包む山道に何を期待しているのか……
わかっている、知っている、あの日に何が起きて、そして……
………………アルメ以外、誰も……助からなかったことも…………
家があったその場所にアルメは座り込んだ。
嫌なほど赤い夕日。家の影と夕日の赤が交差する集落の風景は、今は一面真っ赤に染まっていた。
誰もいなかった……自警団も捜索したと言っていた。けれどもその言葉を鵜呑みにして、自分で探しまわらないほど、アルメは堪えようのない。
腹が空くのも構わずに歩きまわって、名を呼んで、聞こえた返事は一つもなく。ただ動物の逃げる足音がアルメの周りで響いた。
一晩で、集落の人々は消えた。
何処に消えたのかと、思考を巡らせば、頭に中にあの光景が広がる。
「ぐっ…………」
空腹で胃の中は空っぽだ、けれども堪え用のない吐き気が込み上げて、胃酸を吐き出す。
「……カーム」
ふと、最後に感じた温もりを思い出して、ふらつく足を動かしてアルメは集落の中を歩きまわった。
「……カーム、カーム」
きっと探し出すと、言われたのだ。けれどもアルメの元に誰も戻ってこなかった。
カームは近くにいたのだから、きっと誰よりも早く、側に戻って来るはずだ。
「どうして……誰も……」
あの病室でアルメは一人、待っていた。
「何で………」
けれども、誰も来ることはなかった。
「なにをしているんだろう」
もう……ここには誰もいない、みんなあの日になくなった。
だったらアルメもいけばいい。
みんなのところにいけばいい………
目に入ったその光、とても鋭利でいつもは草木を刈り取る役目をもっている。
けれどもこんな荒れた土地、刈る草も無いのだから、少しだけ別の者を狩ったって誰も怒らないだろう。
そっと持ち上げて……歪曲した刃先を首元に当てた……
目を瞑って手に力を込めた時、ひときわ大きな草の音が静かな集落に響いた。
まるで、人が草木を掻き分けた音のようで、一瞬湧き上がった期待のままに振り向く。
……目に入ったのは赤い目を持つ、うさぎだった。
普通なら落胆に落ちるその心、しかしアルメのとった行動は手に持つカマをウサギめがけて投げてしまった。
震える手を抱きながら、自分が投げたカマとウサギを見下ろし、訪れた静寂と沈黙の中で、アルメの胸の内湧き上がる衝動に気づく。
……これは怒りだ……
そうだ怒りだ……耐えられないはずの悲壮感が飲み込まれて、全てを投げ出した魂が、一瞬の出来事をきっかけに両足で地面を歩く力を与えた。
白い毛に赤い血が広がる。可哀想なウサギ、ただ赤い目を持っただけで恐れを抱いた少女に殺された。
アルメはカマをウサギから引き抜いて、痙攣するウサギの体を持ち上げた。
狩をして暮らすこの集落で、アルメが初めて狩ったのはウサギだった。
小さな獲物でも、その日の食卓を彩るには充分で、アルメの成長を祝った。
今も……祝ってくれるだろうか。
首を捻って完全に仕留めたあと、瓦礫を漁って、薪を拾う。欠けたナイフを刺し入れて、服を脱がすように皮を剥ぐ。
首を落として、腹を割り、内臓を取り出して……
「塩がないな……」
火を起こす知恵はあるが、香辛料を生み出す知恵は無い。
「いいか、このままで……」
ナイフを石にぶつけて火花を散らして乾いた草に火種を起こす。それを消さぬよう木組みを組んで丈夫な枝に肉を串刺した。
「お腹すいたな」
肉の焼ける匂いが、食欲を湧き立たせる。
食べることは好きだ、特に家族と囲む食卓は、どんに嫌なことがあっても忘れられる。
「ハンナと仲直りできなかった」
一つを思い出す。
「タロに薬渡せなかった……」
あの日のやり残した事を思い出す。
「ニア……」
約束を思い出す。
「ずっと一緒にいるはずだったのに」
焼けた肉を口に入れる。何の味付けもされていない、ウサギが生きた味が口の中に広がって、それと同時にアルメの記憶が交差する。
幸せな思い出、くだらない思い出、可笑しな思い出、辛かったことも、悲しかったことも思い出して、それてあの日と交差して、嗚咽を堪えながらアルメは食した。
「ごちそうさまでした」
命を食して、飲み込んで、そしてアルメは生きる選択した。
立ち上がり、瓦礫を漁る、手に持ったのは布切れと、クワ。
太い枝に布を巻き、焚き木から火移して、土を被せて地面の火を消した。
トーチを片手にクワを持ち、来た道を進む。
診療所にいた時耳にした。冒険者達の会話。
「誰がさせるか」
どんな不幸がこの地に起きても、自身の身に起きなければ所詮は人ごと。
そんな連中の中には、生まれた頃から溝を食って育ったような奴らがいる。
放心したアルメの耳に流れ込んだその音は、けれども生きることを選択したアルメには許しがたい声だった。
向かった先は、かつて集落を守っていた石碑、確かに守っていたのだろう……あの日までは。
でも……守る人々がいない集落を決して汚せられないように、この石碑は不要だ。
ただの怒りの矛先だ。何度目かクワを振り下ろした時、そんなことも過ったが、アルメの振るう手は止まらない。
そうして砕けた石碑を見て、こんなものかと刃の潰れたクワを投げ捨てた。
そっと自分の目元に触れ、ウサギの赤い目を思い出す。
自分を殺さずにいたのは、白い毛皮のウサギと、消えた赤い瞳のおかげだ。
アルメの目は生まれつき赤かったが、診療所で目を覚まし見た彼女の瞳は、家族と周りの人々と同じ藍色だった。
この目で生きよう。少なくとも、肉を口に含めなくなるその日まで。
誰もいない、もう誰の思い出も刻まれない場所を背に、アルメは歩き出した。
湧き上がった怒りを頼りに、生きる道筋を辿りながら…
「食い返してやらないと……」




