4−25 アルメの記憶
アルメは逃げた。
「他に興味があることがある」そう言って、街に来た魔術師の誘いを断った。
「そうか…………それならしょうがない……だが君は人より魔力が多いだろうから何かあったらタイバンの魔術師総会に行きなさい……必ず君の助けになる……」
「はい、ありがとうございます」
人より魔力が多い、それを聞いてもアルメの意識は絶対に変わることはないと自分自身でもわかっていた。
魔術師さんには申し訳ないと思いながらも、笑い声響く人の輪から、アルメは背を向けて家族の待つ家に帰った。
「どうしたのアルメ?」
手伝いをしていると、母がアルメにそう尋ねた。
きっと少し冷えた気持ちで作業していたから、気づいてしまったのだろう。
考えていたのは昼間の出来事のこと。それはとっくにアルメの中で解消された事柄なので、どうしたのかについての返答はできない。
「昼間に魔術師さんから魔術を見せてもらったんだ」
だから、実際にあったことを言う。
「そうなの、面白かった?」
「うん、模様の描かれた円の真ん中に突然花が咲いたんだよ」
「ふふっそれは良いもの見せてもらったのね」
母は、良い経験ができたとアルメに言う。そして自分も昔街に連れて行ってもらった時に、広場で魔術を披露する人を見た事があることと、今となっては手品かもしれないと、たわいのない会話を続けた。
「不思議よね、何もないところから予想もしない物を生み出すんだもの」
母と娘の子供の頃の思い出が重なった瞬間、どちらともなく笑いが溢れる。
「楽しかった?」
「うん」
アルメは、逃げ帰ってしまった。けれども見たことない現象を見て、大勢の子供達と共有した時間が楽しかったことは事実で、スリスさんには申し訳ないことをしたと思った。
スリスさんはあの後、名主からの夕食の招待を断り、日が沈む前に帰っていったらしい。
実際に見たわけではないが、名主の見送りに付き合った父からそう聞いた。
「名主はしつこい、帰りが遅くなった」
そんなことはをポツリと愚痴っていた。どうやら魔術師を泊めようと引き留めに入ったらしく、父が間に入りやっとスリスさんを見送ることができたらしい。
「また、来るかな?」
ニアがカームの前足と戯れながらそういった。
「来て欲しいの?」
「だって、私、魔術見てない……」
あっとアルメは思い出す、そうだ自分が家に戻るようにニアに言ったのだ。危険がないとわかった時点で呼びにいけばよかったのに。
「ごめんねニア、呼びにい行くべきだった」
アルメはニアの頭を撫でて謝った、ニアは傷ついた様子はなく、「いいよ」と言って笑ったけれど、やはい仲間はずれにされたのは寂しいだろう。
そんなことを思ってか、翌日の朝何気なくスリスさんが描いていた円を真似て地面に描いていた。
だが魔術語の意味も、そもそも記憶力も良くないアルメは、こんな感じだったと想像で描いて何気なく真似しても、もちろん反応はなく持っていた小枝をペッと投げた。
白と黒の毛色がアルメの投げた小枝を拾いにアルメの横をすり抜け、左右に振られた尻尾がアルメの頬をかすめる。
「なにをしてるの?」
飽きてカームを撫でているとハンナが笑顔で手を振りこちらに近づいてくるのが見えた。
ハンナはアルメの元に辿りつき、その足元に描かれた物を見てその笑みは一層深まる。
「ハハハ、イオもタロも同じことしてた!他にも至るところで道端に描かれていたから集落のムーブね!」
それはそうだろうあんなすごい物を見せられたのだ、誰だって真似をしたくなる。
「しばらくは、そこらじゅうが落書きだらけになりそうだね」
そう言うとハンナ「そうね」と同意して、アルメの横に腰掛けた。
「ねぇアルメ、私と一緒に街にいかない?」
唐突にハンナが言った言葉安易に頷けるものではなかった。
「私も聞いてたのよ、アルメは魔術の才能があるって」
「ないよ、生まれてこの方使えたことない」
「やり方を知らないからよ!魔術師がこんな集落の子を弟子に誘うなんてきっととんでもないことよ!例えるなら平民に白馬に乗った王子様が姫と手を差し伸べるくらい!」
わかりやすいようなにくいような例えだ。絵本の読みすぎだが、アルメも想像できてしまうくらいありふれたシーンに相手は老人だけどね、と内心苦笑してしまう。
「私は、街には興味がないんだ……行ってもハンナ見たいにやりたい事もない」
「そんな、魔術の勉強をすればいい、才能があるんだから」
「うーん、興味がわかないなー勉強好きじゃないし……」
「もう!」
ハンナは怒ってしまった。何故怒ったのかわからないが途端に悪くなった機嫌のままアルメの隣から離れしまったので、その理由を聞く事ができなかった。
とわ言え追って様子を伺う事をしないあたり、ハンナの機嫌が良くない心当たりはあるので、アルメも内心機嫌が悪くなる。
ハンナは一人娘で少しだけ、自分中心な時がある。たまに見せるその癇癪はずっと小さい頃は喧嘩の一端にもなった。
特にハンナは夢みがち、いつも上京を夢見る少女は、その頭の中に様々な想像を膨らませて、そして理想を生み出す。
けれどもそれは、成長するにつれておさまっていき、アルメは彼女との会話で首を傾げる事はなくなった。
そんな懐かしい感覚が今アルメに訪れた。親しい人が不機嫌になると、背中が冷える感覚がしてアルメはこの感覚は正直いって嫌いだ。
自分が折れれば済む話なら良いが、今回ばかりは譲れない。
「フンフン」
「カーム」
小枝を加えたカームが遊びの誘いをしている。少しささくれた心を感じとったのかもしれない。
アルメはカームをわしゃわしゃと撫でて、小枝を受け取る。
たった数十分ほどそうしてカームと遊ぶだけで、アルメの心は嫌な感覚を忘れた。
そろそろ家の手伝いに戻るかと、立ち上がり帰路に着く。家の中は静かで、父と母は畑仕事に出かけたのだろう。ニアはイオに誘われて図書室だ。
「おかえり、アルメ」
「ただいま、母さん」
カームの足裏を拭いて、自分も両親の手伝いをしようかと勝手口に向かうと、丁度母がカゴいっぱいの野菜を抱えて入って来た。
「カブが食べごろでね、今日は鶏肉とソテーにしようと思うの」
「やった!」
狩日でない日、この時間はまだ外にでて遊んでいるので、母はわずかに首を傾げているが、何があったのか特に聞かれる事なく、今日の夕飯の話をした。
「何か手伝う事ある?」
「今は大丈夫よ、また夕食の時手伝って」
「うん、わかった」
母が台所に置いたカブは確かに白く丸々としている、もっと寒い時期の方が実が甘いがこの時期のスッキリした味もアルメは好きだ。
「父さんはまだ畑?」
「倉庫に片付けに行ってるよ」
「わかった」
そう返事をして、手持ち無沙汰なアルメは父の手伝いをするかと勝手口から出る。
「お茶入れるから、早めに帰っておいでねー」
背後で母がそう声をかけ、アルメは振り向き「うん!」と手を挙げた。
畑横の倉庫は五帖ほどある小屋で、いろんな作業用具や、肥料が収まっている。
アルメが窓から顔を覗かせると、肩にかけたタオルで顔を拭っている父と目が合い父は首を傾げた。
「……もう帰って来たのか」
「今日はみんな遊ぶ気分じゃないみたい、地面に円を描くだけなんだもん」
つまらないから帰って来た。子供らしい理由を述べてそう言うと、父はアルメから視線を外し、そっと部屋の隅に積まれた肥料袋の方を見る。
そこには、ちょこんと肥料袋に腰掛けたニアが木の枝で円を描いている。
きっとイオから昨日の光景を聞いたのだろう。少しふてくされた表情にニアも何かあったのだろう。
「……手伝いはいい、相手してあげなさい」
父はそう言うと土で汚れた農具を洗いに小屋から出た。
開け放たれた扉に足を入れると、ニアはたまらずと立ち上がり、アルメに抱きついた。
「どうしたのニア?イオと喧嘩した?」
わずかに首を横に振ったニアは、少ししてアルメから体を離して、一歩下がる。
アルメもしゃがみ、ニアと視線を合わせると、ニアは手元をいじりすぐに口を開くことはなかったが、そっと待っていると、小さな声を発した。
「お……お姉ちゃんは…街に行く?」
それは想定してない質問でアルメは首を傾げた。
「いかないよ?」
誰にそんなことを言われたのか、問いただすことはしては行けない。
「イオが言ってた、イオはタロ兄に聞いたんだって」
そっと頭を撫で待っていると、落ち着いたのかいつもと同じ声量でそう言い、俯いた顔をあげてアルメを見上げてた。
「タロ?」
何故タロがそんなことを言ったのか、昨日の魔術師の会話を聞いていたなら断ったことも知っていたはずだろう。それに、あんなに騒いでいたのにタロがアルメ達の会話を聞き取れているとは思えなかった。
多分だが、タロはハンナから話を聞かされたのだろう。
ハンナがまるで事実のように言いふらしたから、タロも、それを聞いたイオもそしてニアも真に受けた。
これは少し面倒な状態になっているとアルメは思った。
「ニア、私はどこにもいかないよ」
「本当?」
「うん、ずっとこの家に、お母さんと父さんとカームとそしてニアとずっと一緒にいる」
まだ、不安そうにこちらを見上げる妹を安心させるため、アルメは力を込めてそう言うとニアはやっと笑みを浮かべてアルメに抱きついた。
「ずっとだよ」
「うん、ずっと」
まだ、自分より小さな温もりはそれでも力強くアルメを抱きしめる。
その温もりを守るためにアルメもそっと抱きしめ返した。
「約束する」
姉妹は大きさの違う小指同士を合わせる。
幼い頃から両親がそうしてくれたように、姉妹は自然とそうして約束を交わした。




