4−24 アルメの記憶
古い布を丸く巻いて作った玉を遠くに投げる。白と黒い毛を風で靡かせながらその玉を上手にキャッチしたカームは真っ直ぐアルメの元に駆け寄り、差し出した手に玉を乗せた。
愛犬の頭をアルメはしゃがみそっと柔らかな毛を撫でると、側でその様子を見ていたニアもカームを撫でる。
「いい子だ」
「いい子」
一通り撫でた後、アルメが玉をニアに差し出すと、ニアはパァと笑みを浮かべた。
「ニアも投げる?」
「うん!」
ニアが玉を持つと、カームは次の玉が来るとアルメ達から少し距離を取り身構えた。
投げた玉はアルメよりかは遠くに飛ばないがそれでも綺麗な放物線を描いて自分の背丈よりも高く上がり、走り出したカームの口に吸い込まれるように収まった。
アルメとニアとカームは、よくこの遊びをしていた。フンフンと鼻を鳴らして、尻尾を振るカームは今が楽しいと姉妹に伝え、早く投げてと伝えるために口を動かしてフンフンと僅かに音出す。
カームは鳴かない犬だ、生まれた頃からそうで猟犬として働くことが出来ない、しかし賢く人の感情に敏感な犬は番犬として愛されていた。
「フンフン」
「あはは、くすぐった!」
咥えた玉をニアの手に渡したカームは、顔を上げたらすぐ近くにあるニアの顔に鼻先を近づけ額を押し付ける、ニアその毛を撫でながらクスクスと笑うと腕を上げる、カームは待っていましたと走り出し少し先で構えのポーズをとる。
そんな一人と一匹に自然と笑みが浮かぶアルメは、少し離れた場所で見守っていた。
「アルメ!」
「タロ?もう帰ってきたの?」
しばらくすると集落の広場の方角からタロの声がアルメを呼んだ。振り返ると血相を抱えたタロが駆け寄って来て、何事があったのかとアルメもタロに駆け寄る。
「あの魔術師を止めないと!」
必死の形相のタロにアルメの背筋が冷える。
「お姉ちゃん⁉︎」
途端に走り出したアルメとタロ、その様子に遊んでいたニアとカームは振り返り、姉の名前を呼ぶ。
「カームと一緒に家の中に戻って!」
そう言い残し、タロに案内されるまま集落の広場に向かい、あと二軒先のところでタロがアルメの手を掴み家の影に隠れ、影から広場の様子を伺うので、アルメも訝しながら、広場の方を覗き見た。
そこには小さな子供からアルメと同い年の子らが集まり、魔術師を囲っている。
魔術師は切り株に座り、小枝で地面に何やら描いているが、子供達の壁で何を描いているか、確認出来ない。
「見たところ、危険があるように見えないけど……」
アルメは周囲を見渡し集落も様子を伺うが、大人達は広場の様子を微笑ましそうに見ているだけだ。
「何があったの?」
再びタロに問えば、タロは答えずその代わり、広場からハンナの声が聞こえた。
「いいな〜やっぱり街は素敵ね!」
良く聞き馴染んだ声は聞きやすく、ハンナがまた街に思を馳せているのがわかる。まさかとは思ったが、勢いよく振り返り両手でアルメの肩を力強く掴んだタロにやっぱりかと確信を持った。
「ハンナが!あの魔術師ハンナを誘惑するんだ!」
「言い方……別にいつもあんな感じで」
「このままだと手遅れになる!」
「もう、手遅れだよ」
ぐわんぐわんとアルメの肩を揺らして叫ぶタロにアルメは呆れた。
仕方なく、肩を掴むタロの腕を掴み、その片足に自身の足を駆けてバランスを崩させ、その意気地なしの体を引きずって広場に向かった。
「あっ!アルメータロー」
こちらに気づいて手を振るハンナに周りに集まる子供達もアルメ達の方を向いた。
「タロ何したのー?」
「にいちゃんどこ行ってた!」
引きずられるタロを見て皆があははと笑う、タロは体制を整え何事もなかったかのように澄まし顔し、突進してきたイオを抱き止めた。
「見て!見て!魔術ってすごいの!」
広場で何を見ていたのか聞くまでもなく、ハンナが駆けて来るとアルメの腕を掴み、スリスさんの元に連れて行く。
「魔術を見ていたの?」
そう言えば父が村の子に魔術を見せてくれと言っていことを思い出す。
「皆が喜んでくれ、私も魔術師名利に尽きる」
スリスさんは穏やかな顔でそう言うと、地面に何やら円を描いて、見た事無い字を書き出した。
「魔術語って言うんだって、街の人は普通に字だけでなくこの字も学校で習うらしいの」
「へー」
「簡単な基礎はどの場所でも習うが、より専門的になると魔術学園に入学しなければならない」
「魔術学園!いい響きだわー」
手元を動かしながら説明するスリスさんの言葉にハンナは一喜一憂する。今、ハンナの頭の中にどんな世界が広がっているのかと、アルメは苦笑いを浮かべた。
「さぁ、魔力を通すよ」
描き終わったスリスさんはそう言い合図すると、持っている小枝を円の中央に軽く置く、すると円が自然では見ない光を放ち、次の瞬間小さな芽が土から現れ、まるで引っ張り出されるように空に向かって伸び上がり、一輪の赤い花を咲かせた。
「まぁ!綺麗!ガーベラですね!」
見た事のない光景にアルメは、目を見開くことしか出来なかったが、ハンナがアルメの分の称賛をスリスさんに贈った。
「ほほほ、良かったらお嬢さんに上げよう」
「本当ですか⁉︎ガーベラの花言葉は「前進」「希望」赤は特に限りない「挑戦」と私にピッタリ!」
図書館の辞書で覚えた花言葉を披露したハンナは、スリスさんから赤いガーベラを貰いその興奮が最高超に達したのがわかった。
「ハンナ、それ以上興奮したら鼻血出るぞ」
「出ないわよ!」
タロがその姿に揶揄いを言うとハンナは文句を言い、広場に笑いが満ちた。
「君はどんな花が好きかい?」
子供達の笑い声に気を逸らしていると、スリスさんがアルメに話かけた。
アルメは、すぐに反応を返せず少し吃ってしまった。
「えっと、ムスカリの花です藍色のこの季節は咲いてるので大丈夫です」
「ふふふ、本当に好きね」
「うん綺麗だから」
すでにあるのに咲かしてもらうのは悪いため、一応とそう言うとハンナがガーベラを揺らしながらそう言った。
「そうなのか、この季節に咲いているのか…」
それを聞いてスリスさんはあたりを見渡した。ちらほらと花は咲いているが、藍色の小さな花びらは見つからない。
アルメ達の集落の少し離れた場所に、花の群生地があるムスカリは球根花だが、アルメが生まれるずっと前から毎年その場所で咲き誇る。
小さかった頃、集落の老人から大昔に起きた戦争でなくなった戦士を弔うためにこの西側の土地にはあちこち植えられてたのが季節になると芽吹くにだと教えられた。
集落内では鎮魂の花として扱われている悲しい歴史で出来た花畑でも単純にアルメはあの色が好きなのだ、偶然か集落の皆の瞳の色ととてもよく似ている。
「私も好きだ、今お世話になっている方が世話をしていてな、綺麗な藍色だと思う」
知り合いが世話をしているのなら咲く時期を知っていそうだがとアルメが疑問に思っていると、ハンナが赤いガーベラの花に視線を落としたまま、口を開いた。
「確かに、綺麗な色ですけど、私は見慣れすぎた色だな」
そう言うと、ハンナはガーベラの花をアルメに差し出す。
「この、赤の方が情熱的で私は好き、綺麗だもの」
そう笑う、ハンナにアルメは照れを隠せず頬をかく。
「ほほ、青春だのー」
集落の年配者がよく言う言葉をスリスさんも言い、木に立てかけてある杖を手に取り、切り株から立ち上がった。
「もし、よければ咲いているところに案内してくれないか?」
「いいですよ」
「こっち!」
「競争だ!」
先程周囲を見渡していたので、興味があるのだろう。アルメが迷うことなく了承すると、集まった子供達も花畑へと走り出した。
集落で一番近い小川の近くにその小さな藍色の花びらは咲き誇っている。
今年も咲き誇った花々、藍色の絨毯の合間に自然に種を芽吹かせた花が色取り取りに咲いている。
「やはり綺麗だのー」
スリスさんはその光景に目尻を下げる。吹いた穏やかな風が長い髭を揺らした。
子供達とタロはそれぞれ気の向くままに走り、花を愛でている。知らない人がいてもここに来た時と同じ行動をとってしまうのは、季節によって変わってしまうこの場所の光景を惜しんでのことなのだろう。
「魔術師さん、この場所をもっと幻想的にできる魔術はないんですか?」
アルメの横にいたハンナが何気なしにそう聞く、少し図々しい願いにも聞こえアルメは大丈夫かとスリスさんの言葉を待つと、彼は微笑み「良い魔術がある」と言い手に持つ杖を木漏れ日にかざしその杖の模様が淡く光だした、そうしてゆっくり杖を振ると小さな光の粒が辺りに舞い始めて、皆が感嘆の声を漏らした。
「綺麗」
昼間の蛍、そんな言葉が頭に浮かぶ、きっと今までで見た中で一番多くの光の群れは、やがて集まりそれぞれが一つの形を作り羽ばたいた。
「蝶だ!」
「ちょうちょ!」
子供達は光羽ばたく蝶に近くで観ようと手を伸ばし、花を散らさぬように駆け回る。ハンナもその幻想的な輪の中に自らも飛び込むために、隣から離れて行った。
「君は他の子とは少し違うね、魔術に興味はないのかね?」
その光景をただ見ていたアルメにスリスさんは話しかける。
「興味と聞かれると、使えないのであんまりですが……この光景はすごく綺麗です」
実際に綺麗と思うが、それ以上の言葉はない。どう言った仕組みだとか、どうすればできるようになるのかとか、きっと興味を持つ者が口にするであろう言葉はアルメには出なかった。
「そんなことはない、魔力は必ず生きる全ての者達と共にある、その量は千差万別だが、皆使う権利は必ずある、もしよければワシが教えよう」
「…いえ、お心遣いだけで」
迷うことなく断りの言葉を言ったため、気を悪くしたかと思ったがスリスさんが発した言葉は思いもよらぬ言葉だった。
「君はまるで、人との距離をとっているように見える」
「距離ですか?」
何故そのようなことを言ったのか、しかし内心自覚はあるために赤の他人にも見透かされる程わかりやすい行動をとっていたのかと、ショックを受ける。
アルメは集落どころか、母や父とは違う瞳の色にコンプレックを抱えている。魔獣のように赤い瞳、自分一人だけが違うその違和感は、アルメの他者との間にほんの少しだが、距離を空けさせアルメを周囲の子供達よりも大人びて見せる要因だった。
「体の奥に何かいる感覚はないか?」
「何か?」
「すまない抽象的すぎたね、そうだね、確か……急に体が何かに怯えるような感覚があったことはないかね?」
老人は尚も語続ける、何か確証を持った問いなのだろうが、魔術の魔の字も知らない小娘にはわからない。
「…………わかりません」
「そうか、君は双眼だから感覚が違うのかもしれない……」
そう言って、老人は少し考えアルメに向き治る。杖と両足、三つの地面を叩く音を微かに鳴らした、その人には先程まで見せていた穏やかな表情はなく、どこか険しいような真剣さを持ってアルメと目を合わせた。
「君達に初めて会った時に言ったと思うが…その瞳の色は魔術師の間では特別な印になると」
そういえばそんな事を言われたとアルメは思い出す、しかしそれよりも、この老人に次に何を言われるのかとアルメの心は恐怖にも似た不安がジワジワと押し寄せていた。
そんなアルメに気づかずにその老人は再び口を開きこう言った。
「君には魔術の才能がある」




