背伸びをした雪の日に
クリスマスのお話です。
──声を聞けたのも、久しぶりだった。
『……本当に、ごめん。急にどうしても外せない仕事が入っちゃって──』
少し掠れたその声は、以前よりも大人びたような気がした。私を置いて、リトはどんどん先へと進んでいってしまう。
『──……わかった。大丈夫! お仕事、頑張ってね』
絞り出した言葉が震えないようにするのに必死だった。
『……必ず、埋め合わせするから』
リトが小さく言って切れた電話を手に持ったまま、はあとあからさまに息を吐く。薄っぺらいそれを握り締めた手は自分でも分かるくらい、冷たかった。
──リトとはもう、随分と会えていない。
ユコおばさんが亡くなったあと、リトは社長を引き継ぐことになり目まぐるしい日々が始まった。電話には出ないし、メッセージも返事どころか既読がつくことすら稀だ。私もリトと一緒に住んでいた家を出てしまったから、彼が今なにをしてどこにいるのかすら分からなかった。
リトが社長を引き継ぐことは世間でも大々的に報じられて、一躍ときの人になった。学生の頃からなんでもそつなくこなしてしまうリトはそのルックスも相まって、まるで人気モデルかのような扱いをされていた。
テレビなんかにも出るようになって、どんどん遠い人になっていくリト。今まではずっと、私が一番近くに居たのに。
「……はあ」
今日はリトと離れてから、初めてのクリスマスだ。ずっと前から約束していたのに。近くでやっているイルミネーションのチケットだって用意したのに。今日は一緒にご飯を食べようねって食材だって準備して、失敗しないように何回も練習したのに。──全て、無駄になってしまった。
仕事だから仕方がない。きっとこれからだって、こういうことは何度もあるんだろう。リトは代表取締役社長という最高の肩書を背負って、毎日頑張っているんだから。私だって、我慢しなくちゃ。
──でもやっぱり、今日は。今日だけは、すごく寂しい。
音ひとつ聞こえない静寂の部屋に耐え切れなくてつけたテレビには、私の知らない顔で笑うリトが映っていた。
──
僕が仕事を辞めたくなるのは、こういう時だ。実際には辞めることなんて到底できないこともちゃんと分かっているけれど、レンの今にも泣きそうな声を聞くとどうしようもなく居た堪れなくなる。
「リト様、時間です」
「……うん」
秘書の渡辺が隣で呟く。僕は最近ようやく着慣れてきたスーツの内ポケットに電話をしまうと、作った笑みを貼り付けてテレビの収録へと歩き出した。
──僕は敏腕でもないし、ましてや完璧でもない。ユコおばさんが築き上げたブランドを汚さないようにただ必死なだけだ。
「これだけハイスペックなリトさんはどういうタイプの女性がお好きなんですか?」
──それは、会社の経営になんの関係があるんだろう。僕が社長になってから聞かれるのはこんなことばかりだ。私生活がどうとか、好きな食べ物は何かとか。僕だって一応それなりに色々勉強しているのだけれど、世間の人々が気になるのはそんなことじゃないらしい。
綺麗に着飾った司会の彼女が真っ直ぐに僕に笑いかける。頬にできた笑窪がレンに似ていた。
「…そうですね、僕は──」
──テレビ局から僕に声が掛かって、受けた方がいいと言い出したのは渡辺だ。僕よりも幾分か年上の彼は、ユコおばさんが存命の頃からの付き合いだった。当時はまだ社長秘書ではなかったけれど、今となってはアルおじさんも渡辺のことを認めている。
初めは、とても嫌だった。僕はタレントでもアイドルでもないし、テレビなんかに出る必要性が分からなかった。ただでさえ、大学での勉学に加えて社長という仕事で多忙を極めてるのに更に収録なんかが加わればレンとの時間は皆無だ。
『レンさんを護るためにも、世間でのリトさんの知名度を上げておいた方がいいです』
『……でも、』
『テレビで言ってしまえばいいんですよ』
『──何を?』
──レンは今頃、何をしているんだろう。
考えることはそんなことばかりだ。離れて暮らすようになってから、初めはよく掛かってきていた電話も近頃はめっきり減った。それは僕が出られないからなのだけど、メッセージだって何日分も溜まってからようやく読むことができる。社長がこんなにも忙しくて、大変なものだとは思わなかった。
ようやく収録を終えて出た外は、幻想的な景色が広がっていた。高いビルに囲まれた小さな空から、はらはらと綿みたいな雪が舞い落ちていた。
今日、22時に完結します。




