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七色と、光る。  作者:
24/27

エピローグ

 馬鹿みたいな夢を、馬鹿みたいに願っていた。


 そんな夢を他人(ひと)が聞いたならきっと、笑って一蹴するだろう。それでも僕は、諦め切れなかった。縋り続けていたと、言ってもいいかもしれない。


 そうしたら、どうだろう。叶ったんだ。


 世界は、馬鹿みたいな夢と奇跡に溢れている。


「ここまでで」


 僕専属の運転手にそう言うと、車は静かに止まった。彼はいつも丁寧な運転をしてくれる。後部座席に乗ったままの秘書が車から降りた僕に頭を下げて、「また月曜日に」と言った。


 そんな秘書の彼に片手を上げて、「お疲れさま」と言う自分に僕はなぜか笑みが漏れた。


 社長なんていう名前を突然肩にのせられて、戸惑っていた数年前の僕はもう居ない。


 僕も偉くなったものだな。


 ユコおばさんが突然空へと旅立ってから、早数年が経つ。あっという間、なんて簡単な言葉では言い表せないくらいに大変な日々だった。


 そんなことを考えながら歩いていた僕は、はたと立ち止まって空を仰いだ。


 透き通るような青と白が混ざった、高い空。どこまでも広く続くその空に、薄く、でもしっかりと虹が出ていた。


 空気中の雨粒が太陽の光に反射して、七色の虹を作り出す。


 いつ見ても幻想的なその光景が、僕の今日の大仕事を後押ししてくれているような気がした。


「レン、迎えにきたよ」


 レンと待ち合わせした場所は、彼女が今日卒業を迎えた大学の門の前だ。


 行き交う人たちの視線がちらちらと、スーツを着ていて場違いであろう僕に向けられているのが分かったけれど、僕の心境は実はそれどころではなかった。


「リト」

「……久しぶり、レン」

「うん!」


 笑って僕を見上げるレンとは、この数年まともに会うこともままならなかった。仕事が忙しかったのもあるけれど、今日という日の為に、僕はずっとある準備を進めていた。


 久しぶりに見たレンはまた、大人びたような気がした。


「…行こうか」

「うん!」


 レンに手を差し出せば直ぐに、小さな温もりが強く握り返してくれる。


 僕はずっと、この温もりを欲していた。


「…卒業おめでとう」

「うん!ありがとう」


 僕たちは手を繋いだまま歩き出した。少し汗ばむ僕の掌に、どうかレンが気付きませんように。そっと、そう願いながら。


「……ねえ、レン、太陽の光にはたくさんの色があるって知ってた?」

「なに、急に」


 レンが不思議そうな顔を僕に向ける。僕はそっと、息を吸って吐き出した。


「…レンは僕の太陽なんだ。レンが居てくれるから、僕の何でもない日常に色がつく」

「リトってば、どうしたの?」


 レンが困ったように笑って、金色の瞳が僕に向けられる。


「レン、僕のお嫁さんになってくれない?」


 僕は立ち止まって、レンへと向き合った。レンの目はこれ以上無い、という程に開かれている。


「……それ、って」


 僕は上着の内ポケットに入れていた、小さな箱を取り出してレンへ差し出した。箱を開ければ、小さいけれど、でも美しく輝く石が鎮座している。


「僕と、結婚してください」


 僕の声は震えなかっただろうか。澄ました顔をしているけれど、内心はもう口から心臓が出てしまうんじゃないかってくらいにドキドキしていた。緊張で死んでしまうかもしれない、と本気で思う。


 レンが箱と僕を交互に見つめる。黄金(こがね)色の瞳が揺れて、レンは掌で顔を覆った。


「……それは、どういう意味?」


 表情の見えないレンを目の前にして、僕は頭が真っ白になりそうだった。


 兄妹じゃないとお互いに分かってから、それまで以上にレンを大切にしてきたつもりだけれど、レンは僕に愛想を尽かしていたのだろうか。なかなか会えなかったから、他の男に取られてしまったのだろうか。


 真っ白になっている筈なのに、僕の思考は凄まじい速さでレンが顔を隠してしまった訳を弾き出す。


「……っ」


 目に見えて狼狽(うろた)えている僕に、突然レンが半ばぶつかるように僕の背中に腕を回した。


「……レン?」


 レンは僕の胸に顔を埋めて、何度も頷いている。沈みかけた僕の心はまた、浮上し始めた。


「……リト」


 僕はレンに気付かれないように、そっと息を飲んだ。


 どうか、次の言葉が僕の欲しいものでありますように。


「…私を、リトのお嫁さんにしてください」


 くぐもった声で、でもしっかりと聞こえたその言葉に僕は思わず、レンの体を思い切り抱き締めて大きく息を吐いた。


「良かった……」


 だめかと思った、なんて絶対口には出さないけど、僕は心底ほっとしていた。本当に、仕事で誰と向き合うよりも何よりも一番、緊張した。


「…ねえ、レン。顔を見せてよ」


 そう言えば、レンがおずおずと顔を上げる。大きな瞳からは涙が流れていて、僕はそっとそれを拭った。


 レンの金色の瞳が、僕だけを見つめている。僕の目に映っているのも、レンだけだ。


「……レン、これからもよろしく」


 僕はそっと、レンの小さな顔に自分の顔を近付ける。


 静かに、僕とレンの呼吸が、重なった。


 日常はいつだって、沢山の色に染まっている。


ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

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