21
前日から降り続く雨は、ざあざあと音を立てて止む気配が無い。
僕はひとり、だだっ広く感じる部屋の中で白い封筒を手に持っている。真っ白だっただろうそれは、少し黄ばんでいて、ユコおばさんが書いてから誰にも開けられることのないまま、時間だけ経過したことが見て取れる。
僕はゆっくりと、しっかりと糊付けされた封筒にペーパーナイフを差し入れた。
出てきた便箋は何枚も重ねられていて、見慣れたユコおばさんの綺麗な字がびっしりと、流れるように書かれていた。
『ーーずっと打ち明けられずにいて、ごめんなさい』
生前のユコおばさんの顔が、僕の脳裏に浮かぶ。
『リトと、レン。あなたたちは血が繋がっていない。兄妹なんかじゃないの。何度も言おうとしたけれど、言えなかった』
僕は便箋を上着の内ポケットに突っ込むと、誰も居ないその部屋を飛び出した。
傘もささずに一心に走る僕の頭の中では、ユコおばさんの声が聞こえる。
『リトとレンが、私たちが他人だって知ってしまったなら、バラバラになってしまいそうで。離れてしまいそうで、こわかった。私たちは家族だって、そう思っていて欲しかった』
そんなことあるものか。
目に見えないそんなものに、揺るがされるほど僕たちの絆は弱くない。
そうでしょう、おばさん。
『あなたたちが居てくれたから、私は生きてこられたのよ』
おばさんに言われたことは無いはずなのに、確かに彼女がそう言って笑ったような気がした。
僕の目からは止めどなく涙が溢れる。雨が降っていてくれて良かったな、と密かに考えて苦笑が漏れた。
どのくらい、走ったんだろう。
見慣れない景色に、僕は辺りを見回した。前髪から垂れる雫を袖で拭う。
「……リト?」
どうやら、この世界には奇跡が存在するらしい。
「レン……!」
水滴に歪む視界の先には、黄色い傘を差したレンが立っていた。色の無い世界で、僕の目にはレンだけが色づいて見えた。
「……わ!」
レンの手を思い切り引き寄せて、抱き締めた。
黄色の傘が、まるで花が散るみたいに地面に落ちる。
周りには人もいるのに、なんて、そんなことを考える余裕もなくて、レンをただ力いっぱいに引き寄せた。
『リトのことが好き』
レンに、会いたかった。会って、あの言葉の先にある意味を聞きたかった。
「…リト?どうしたの、こんなに濡れて。こんなところまで」
確かめたかった、今すぐに。
レンの気持ちと、僕の気持ちが同じかもしれないってこと。
大人しく僕の腕の中にいるレンの大きな瞳が僕を見上げている。
「……会いたかったんだ、レンに」
レンがくれる言葉が、もしかしたら僕の欲しいものかもしれないという期待が僕をここまで連れてきた。
「私に?」
「…うん」
「……私も、いつでも会いたいと思ってるよ。とりあえず、私の部屋に行こう。リト、びしょ濡れだから風邪ひいちゃうよ」
レンが濡れてぺしゃんこになった僕の前髪をかき上げて、微笑む。そんな仕草にもレンが妹じゃなくて、女に見えた。
そっと僕の腕から離れたレンが傘を拾う。
「ほら、行こう」
傾けられた傘の下で、レンが僕に優しく微笑んでいる。不意に、僕を見るレンの顔と、ユコおばさんの顔が重なって見えた。
おばさん、ありがとう。
僕たちを引き合わせてくれて。家族に、なってくれて。
また、会おうね。必ず。




