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ハナさんが言っていた、あの話が事実ならば。
僕とレンは、兄妹じゃないことになる。それはずっと、ずっと、願い続けてきたことだ。それなのに僕の心は嬉しさよりも何よりもただ、戸惑いが占めていた。
どうしよう。
なんとか視察を終えた筈だけれど、僕の記憶はところどころ曖昧だった。建設会社の人たちと話したことなんて、さっぱり覚えていない。大丈夫だろうか、頭の片隅では確かにそう思っている。でも、迅る気持ちが抑えられなかった。
「おう、おかえり」
「……アルおじさん、戻りました」
本社までどうやって戻ってきたのかすら、あやふやだ。この数ヶ月ですっかり見慣れた社長室の扉を開けると、アルおじさんが書類から顔を上げた。
「…リト、どうした?顔が真っ白だぞ。何かあったのか?」
「……」
僕の口は金魚みたいに開くだけで、どうしてだろう声が全く出てこない。
「……あの、おじさん」
「うん」
「僕と、レンが、」
他人だって、本当ですか?
なんてことなく、自然に、なるべく普通に聞こえるようにそう尋ねるだけなのに、僕を真っ直ぐに見るおじさんの瞳に何故か泣きそうになった。
「……まさか、まだ聞いていなかったとはな」
アルおじさんの背後に見える大きな窓から見える空は、今にも涙を零しそうに濃い灰色に染まっている。
おじさんは、動けないでいる僕の様子に何があったのか察したのだろう。ゆっくりと立ち上がって、いつかレンと3人で座ったソファに腰を下ろした。
「リトとレンは、他人同士だよ」
おじさんの低い声が、ぽつぽつと窓のガラスを叩き始めた雨粒に混ざってしっかりと響いた。
「……やっぱり、」
「ああ。その様子だと、孤児院に寄って聞いたんだろう?ユコが何度もお前たちに言おうとしてたことは知ってる。でも、仲良く手を繋いで笑い合う、幼いお前たちを見てるとなかなか言い出せないって泣きそうな顔をしていたこともよく、覚えてる。……てっきり、もう、伝えたものだと思っていたよ」
脳裏を過ぎる、ユコおばさんの笑った顔やレンの怒った顔。
「……それなのに、あいつはひとり、先に居なくなっちゃうしな」
アルおじさんが俯いて、寂しげに笑った。
「俺の名字を知ってるか?」
「……白花、ですよね」
「ああ、俺はユコの遠縁だ。レンはユコじゃなくて、俺の戸籍に入ってる。書類上でも、お前たちは他人だ」
知らなかった事実が、淡々とアルおじさんの口から語られる。
「リトは、レンのことが好きなんだろう」
寒くもないのに、僕の手は小さく震えていた。
核心をつくおじさんの言葉に、僕は何も言うことが出来なかった。おじさんはそんな僕を見て、さっきとは違う笑顔を見せた。
「見ていれば、分かる。もっと早く、教えてやればよかったな」
すまなかった、と続いた低い声に、僕はようやく今起きていることが現実なのだと理解した。
「……じゃあ、――」
じゃあ、ずっと抑え続けてきた願いは、叶うのだろうか。
僕は泣き続ける雨に濡れて、歩いていた。屋敷まで送ってくれるというおじさんの申し出を丁重に断って、傘もささずに歩いている。道行く人たちの幾つかの視線が僕に向けられているのが分かるけれど、そんなこと、どうでもよかった。
僕は、レンのことが好きだ。認めてしまえば、簡単だった。
『リトのことだけを想ってた』
ならば、今まで諦めてきた、燻ったこの気持ちをぶつけても許されるのだろうか。
兄妹じゃない、その言葉が、その事実が僕の思考回路を埋め尽くして理性を鈍くさせる。
僕は立ち止まって、そっと空を仰いだ。
顔を打つ雨粒が、汚れていたと思っていたこの想いを綺麗にしてくれるような気がした。




