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七色と、光る。  作者:
18/27

17

 今日こそは、会えたらいいんだけどな。


 引っ越してから一度も会えていない兄の姿を思い浮かべながら、私は買い物袋を手に白花の屋敷までの道を歩いていた。


 夕方に吹く風は爽やかで、私の短くなった髪の毛をさらりと撫でていく。幼い頃から伸ばしていた髪の毛をばっさりと切ってしまって、リトは驚くだろうか。


 リトのびっくりしたような表情を思い浮かべて、でも今日もまた会えないかもしれないと、嬉々とした感情と落胆の感情が入り混じる。


 ユコおばさんの葬儀が終わり引っ越してから、私はリトの姿をひと目見ることすら叶っていない。ユコおばさんが居なくなってしまって、リトは後継として忙しい日々を送っているようだった。


 余りにもリトに会えないから、私は一度白花織物の本社に顔を出したことがあった。


『リトなら、工場の方に行ってる。まだ俺が手伝っているけど、肩書きは社長だからな』

『……そう、だよね』


 覚悟していた現実が、途轍もない速さで押し寄せる。とどまり続ける事象なんて、ひとつもないのだと思い知らされる。


「……リトに、会いたいなぁ……」


 いつだってリトの隣に並んでいた日常は、いとも呆気なく終わりを迎えた。


 夕焼けも落ちてしまった頃、私は数ヶ月前まで住んでいた屋敷を見上げた。大きな門に、広い庭。植えられている梅の木の花はもう、随分と前に散ってしまった。


 しん、と静かなその屋敷に、私は溜息を吐くとそっと玄関の鍵を開けた。


「……はぁ」


 リトと離れてから、随分と溜息を吐いている気がする。


 溜息を吐くと幸せが逃げていく、という話は本当かもしれない。だって、今日もまた大好きな彼の姿は無いのだから。


 私は、長い廊下の先にある台所へと向かった。ひとり暮らしをするようになって覚えたスープを、リトは食べてくれたらしい。数週間前に作った筈のスープを入れた鍋は綺麗に洗われていて、片付けられていた。


 私は、がさり、と買ってきたものを置く。今日もまた、会えないかもしれないけれど、おばさんやリトみたいに上手じゃないかもしれないけれど、それでもリトの為に何かがしたかった。


 ユコおばさんも居ない、リトも居ない。


 がらんと、冷えた場所に私はひとりきり、ふたりに置いていかれてしまったような錯覚を覚える。


 人知れず熱く滲み始めた視界を振り払って、袋から野菜を取り出そうとした時だった。


「……っ!」


 がちゃり、と聞き慣れた音がして、私は玄関へと駆け出した。


「リト……!」


 やっぱり、玄関に立っていたのはリトで、紺色のスーツを着た彼はもう、大人だった。そんな彼を見て、また視界が歪んだ。


 私をひとり、置いていかないで。


「……レン?」


 少し疲れた顔をしたリトは、私の顔を見ると驚いたように切れ長を瞳を見開かせた。


「……おかえ」


 おかえり、そう言おうとした瞬間に、私はリトの胸の中に居た。思ってもみなかった温もりに、力強さに、私は顔が熱くなる。


「…リト?」

「……レン」

「……」

「会いたかった……」


 リトの囁くような低い声に、私の心臓はきゅうと締め付けられる。その心地良い痛みを感じたまま、私はリトの広い胸に顔を寄せた。


「…私も、会いたかった」


 リトの背中にそっと腕を回す。


「……リト、好き。ずっとずっと、リトのことだけを想ってた」


 私を抱き締めるリトの香りに、体温に、グラスの(ふち)ギリギリを保っていた想いが流れ出して止まらなかった。


「リトのことが好き」

「……レン?」


 リトが体を離して私を覗き込む。濃茶の瞳には見るからに困惑が浮かんでいて、私は、はっとした。


「…あ、いや、その、なんでもない!いや、なんでもないことないけど、ただ、その、リトのことが心配だったの」

「……」

「だから、リト、早く中に入って、一緒にスープ作ろう?」


 リトが何かを言う前に、「何を言ってるの」と笑われる前に、私はリトの手を引いた。


 リトの少し冷たい大きな掌を握りながら、私はどうしてだろう、口から溢れ出した言葉にちっとも後悔なんてしていなかった。


 それなのに、このぼやける視界の理由を、私は理解出来ない。したくなかった。


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