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亡くなった人の親族が葬儀の間中ずっと忙しいのは、故人を思って悲しみに沈むだけの時間を減らす為だと聞いたことがある。
どこかで聞いたその説は間違い無かったなあと、僕はぼんやりと考える。
僕とレン、ふたりとも学園の卒業式は出ることは叶わず、あらゆることが目まぐるしく過ぎていって、ユコおばさんが居ないという事実だけが、ただ大きいだけのこの屋敷に残ってしまった。
僕とレンはこの世の闇を全部抱えたみたいな真っ黒い服を着たまま、ふたり並んでソファに座っている。
「……終わっちゃったね」
ユコおばさんの葬儀には大勢の人が訪れた。みんな涙を流していて、震える声で僕たちに挨拶をして、そんな彼らを見ていたら、僕は不思議と泣けなかった。
「……そうだね」
「……私たち、ふたりぼっちに、なっちゃったね」
僕はそっとレンを抱き寄せた。震えるレンの体は、少しだけ小さくなったような気がした。
「僕はずっと、一緒にいるよ」
そう口にした途端、僕の視界は歪んで、熱くて冷たいものが流れた。
今の今まで、悲しいという気持ちすらどこか他人事だったのに、どうしてだろう、灯りも付いていない部屋の中に差し込む月明かりが、ユコおばさんは確かにもう居ないのだと突き付けてくる。
「……リト」
レンが少し湿っぽいハンカチで僕の涙を拭ってくれる。
「…リトには私がいるし、私にはリトがいる。だから、さみしくないよ」
静かな部屋に静かに響くレンの声にも、涙が混ざっているのに。
腕の中で僕を見上げて、寂しさを孕んだ微笑みを浮かべるレンを、僕は思い切り抱き締めた。そのままレンの肩に顔を埋めると、止めどなく涙が溢れた。
喪失感、不安、ユコおばさんの笑顔、脈絡も無く様々な感情が押し寄せる。
『リト、あなたはレンが大好きなのね』
レンが泣いて僕に駆け寄ったあの日、僕はこっそりとカツを力の限り殴ったことがあった。
僕もまだ幼児だったし、大した怪我にはならなかったけれど、カツは大泣きし少しだけ頬が腫れてしまって、先生に呼び出されたユコおばさんと一緒にカツの家に謝りに行った、その帰り道。
『うん。レンは僕の妹だから、僕が、ずっとレンを守ってあげるんだ』
そう、あの日に僕は強く思ったんだ。レンのことをずっと、守っていくのは自分なんだって。
だから、当時の僕はレンのことを苛めたカツを殴ったことに罪悪感なんて、これっぽっちも感じていなかった。
『ユコおばさんのことも、僕が守ってあげるからね』
夜空にはガラスのかけらが散りばめられたみたいに星が輝いていて、まん丸とした月が、僕を見て困ったように笑うユコおばさんの顔を薄っすらと隠していた。
『…ふふふ。でも、リトーー』
ユコおばさんのことだって、僕が守っていきたかったのに。ようやく、僅かながらもこの春からおばさんの力になれると思っていたのに。
幼かった自分の言った言葉がリフレインして、僕はまた嗚咽が漏れた。
レンが僕の頭をそっと撫でる。その温もりにユコおばさんが蘇って、更に涙が込み上げた。
「リト」
レンの荷物は予定通り、新しく住む家へと運ばれていた。少し延びたけれど、あと数日もすればレンも引っ越して居なくなるだろう。
3人での思い出が詰まったこの屋敷に、僕はこれからひとり暮らすことになる。そう思うだけで、僕の心臓は千切れそうなほどの痛みを覚えた。
『リトは、素晴らしい大人になるの。だから、もう誰かを殴ったりしないこと。リトは優しくて聡いから、分かるわよね?』
あの時は分からなかったけれど、今なら分かる。力づくでは、何も解決しないってこと。
そう言って僕の頭を撫でてくれたユコおばさんの温かな掌と、淡い笑みが過ぎる。
『そうやって、レンや私のことを大切に思ってくれる気持ちがあるならきっと、リトは素敵な人になれるわ』
もしも、来世があるのなら、僕はまたユコおばさんの家族になりたい。たとえ、血の繋がりが全く無いとしても。
だから、またユコおばさんが選んでくれるように恥じない人間にならなくちゃ。
でも、今だけは。
今だけは、少しだけ泣いてもきっとおばさんは許してくれる。
カーテンの引かれていない大きな窓からは、あの夜と同じまん丸に輝く月が僕たちを照らしていた。




