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「これ、被ってな」
上着を脱いで座っているレンの肩へ、僕は茶色い毛布をそっと被せた。
レンは、ずずっと鼻水を啜っている。
レンは寒さに弱いから、このままだと風邪を引くかもしれない。
「温かいの、何か飲む?」
僕は毛布を被って動かないレンを覗き込んだ。
僕を見上げる潤んだ瞳に、束の間静まった心臓が再び動き出すのが分かった。
「…ううん、いらない」
「じゃあ、もう休む?」
「……うん」
のそり、とレンが立ち上がって、薄暗いままの隣の寝室へと移動する彼女に声を掛けた。
「何か欲しいものは?買ってこようか?」
暗闇に映える雪のように真っ白なシーツが敷かれたベットに、レンは膝を抱えるようにして座る。
「ううん。リト、こっちに来て、ぎゅってして。…昔みたいに」
昔みたいに。
レンは幼い頃、よく熱を出した。小柄な体格なのもあるのだろう、寒い季節は寝込む日が多かった。
大柄な体格の僕はその見た目通り丈夫で、今まで殆ど熱を出したことが無い。
だからこそ、真っ赤な顔をして眠るしか出来ないレンのことが心配で、不安で堪らなかった。
食事もままならず、苦しそうに顔を歪めて、眠ってばかりいるレンが居なくなってしまったら、と思うと僕の胸は張り裂けそうになった。
『リト、ぎゅってして』
何日か続いた高熱のあと、微熱になったレンは僕によくそう言った。
僕がレンを後ろから抱き締めて、ふたり一緒に毛布を被る。
『リト、ありがと』
まだ少し赤い顔でレンがあまりにも嬉しそうに笑うものだから、僕まで嬉しくなって、僕たちはふたりくっついたまま本を読んだり、レンが休んでいる間の学園の話を聞かせたりした。
いつの頃からか、お互いに少し恥じらいを感じ始めてからは、そんなことがあったことすら忘れていたのに、レンは覚えていたのだろうか。
「……」
僕はそっとレンの後ろに回って、彼女を抱き締めた。あの頃よりも大きくなったレンの体はやっぱり少し、熱かった。
「…昔は、よくこうやってたね」
心なしか鼻声のレンが、ぽつりと呟く。
「……そうだね」
「あの頃は、リトと離れるなんて考えもしなかった」
そんなの、僕だってそうだ。
レンと僕はずっと、何があっても一緒なのだと、信じて疑わなかった。
「でも、これからの為にも離れないとね」
「……」
「だから、あと少し、リトと楽しく過ごそうって思ったの」
レンは、いつもそうだ。
僕が悩んで悩んで、弾き出せない答えを、いとも容易く解き明かしてしまう。
「私、リトが大好きだよ」
「……僕も、好きだよ」
きっと、レンの指し示す好きとは、かけ離れているのだろうけど。
今はまだ、それで構わない。
揺るがない現実に打ちのめされる未来は、そのときまで取っておこう。
「私、大学にいったら、リトみたいに完璧な人探すんだ」
レンは一体、僕のことをどう思っているんだろう。
実際の僕は完璧なんてものとは程遠いのに、余りにもレンが僕のことを色眼鏡で見ていて、思わず苦笑が溢れた。
「なかなか居ないよ?」
レンのことを、これだけ強く想っている男なんて。
「好きな男が出来たら、直ぐに僕に言うんだよ。面接するから」
「ふふっ、なにそれ」
「そう簡単に合格は出さないけどね」
もし、本当にレンが男を連れてきたら、僕は正気でいられるだろうか。
全く自信が持てない自分に、僕は自嘲した。
「……私の、理想の人は、リトだから……」
抱き締めているレンの体がゆっくりと傾いてくる。僕は、レンをしっかりと毛布で包むとそのままベットに寝かせた。
すうすう、と規則正しい呼吸が聞こえてくる。
僕はレンに布団を掛けると、そっと白い頬を撫でた。
少し熱くて柔らかいその頬を、僕はずっと忘れないだろうと、確信にも似た思いを抱いていた。




