10
体の芯から凍るような冷気に耐えられなくなった僕たちは、シバさんが手配してくれたという宿に向かって歩いていた。
「屋敷を出ても、休みの日には帰ってもいいでしょ?」
泣き出すかと思われたレンは直ぐにいつも通りの明るさに戻って、激しく揺らいだ僕の心も落ち着きを取り戻し始めた。
「いつでも戻っておいでよ。レンの家でもあるんだから」
僕がそう言えば、レンはどうしてか少しだけ目を見開いて、そのあと嬉しそうに笑った。
「うん!」
僕たちの手は繋がれたままで、まるで恋人みたいに指は絡められている。
「ねえ、リト」
「うん?」
「リトに好きな人が出来たら、一番に教えてね」
レンの金色の瞳が、僕を見上げる。
僕の好きな人は昔からずっと、レンだけだよ。何に遠慮することも無くそうやって言えたなら、どんなにいいだろう。
寄り添い歩くレンよりも、愛しく思う誰かが現れる日なんて永遠に来ない気がする。
僕はレンのその言葉に曖昧に頷くだけで、何も口にしなかった。
「ここだね」
シバさんが言っていた宿は、直ぐに分かった。
所々淡い灯りに照らされ美しく整えられた庭の先に、煌々と輝く建物があった。ガラス張りになっている窓から溢れる灯りが、庭に作られている小さな池に映り込んでいた。
「いらっしゃいませ」
絨毯が敷き詰められた中に入れば、着物を着た女性が僕たちを出迎えた。
中は程よく温められていて、玄関の直ぐそばに置かれているひとり掛けのソファには、何人かの客が座って外を眺めながら話をしたり飲み物を飲んだりしていた。
「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
着物の彼女が品の良い笑顔を浮かべて僕たちに尋ねる。
「白花で予約してあると思うのですが」
「はい、白花様ですね。ありがとうございます。どうぞ、こちらへ。お部屋へご案内致します」
宿泊客全員の名前を覚えているのだろうか、彼女は僕たちに微笑むと迷いなく廊下を歩き始めた。
「こちらのお部屋でございます」
長い廊下の先の一室、着物の彼女は仰々しく横開きの扉を開けると頭を少し下げてそう言った。
外はあんなに寒かったのに、この部屋もまた程よく温められている。
「あの、」
部屋に入って直ぐに、僕には気になることがあった。
着物の彼女は僕たちの荷物を部屋の隅に置くと、僕へ不思議そうな顔を向けた。
「はい、どうされましたか?」
「あの、ベットがひとつしか無いんですけど」
そう、今僕たちが立つこの部屋には低い机と座布団がふたつ、向かい合うように並べられている。
その部屋の隣、灯りの付いていないそこには、大人ふたりが並んで寝ても充分だろうと思う程に大きなベットがひとつ置いてあった。
「はい。そのように伺っておりますが」
「……」
シバさんは何かを間違えたのだろうか。僕たちは双子で兄妹だけれど、さすがにもう、一緒には寝ない。
「…申し訳ありませんが、本日は満室を頂いておりまして…」
見るからに固まった僕を見て、着物の彼女は何かを察したのだろう。控えめな声色でそう言って、他に部屋は無いと暗に告げてくる。
「大丈夫です」
それまで何も言わずにいたレンが、僕を見上げて微笑んだ。
「ね、リト」
「え、ああ、…うん」
本当はちっとも大丈夫なんかじゃ無かったけれど、レンの笑顔に僕は頷くしか他に無かった。
着物の彼女はホッとした顔をして、深々と頭を下げると部屋を後にした。
途端静かになった部屋に、忙しく動き始めた僕の心臓の音が響くような気がした。
レンと同じベットで寝てたのがいつまでだったかなんて、もう覚えていない。
もし本当にレンと一緒に寝るとなったら、嬉しいような、それはそれでまずいような。
それ以前に、僕は果たして眠れるのだろうか。
「…くしゅん……!」
僕がひとり、悶々とそんなことを考えていると、レンの小さなくしゃみが聞こえた。
「レン、寒い?」
「…うん、ちょっと」
長い時間外を歩いたから冷えてしまったのだろう、僕は慌てて毛布を取りに隣の部屋へと向かった。




