2日目
電車が揺れ、私たちを海浜公園のある美浜まで運ぶ。
少し不安もあったが、改札は割と当たり前のように通ることができ、次の駅で到着である。
「なんかすごい。電車乗るの久しぶりって感じ」
「そうなの?」
「うん。なんでだろ。多分死んじゃうその日まで乗ってたはずなのに」
アムは笑って言うが、こういう話をされたとき私はどういう反応をしていいか分からない。
「ねえ、アム」
「うん?何?」
「明日も……いるよね?急にいなくなったりしないよね?」
笑っていたアムの顔から、一瞬表情が消える。だが、すぐに優しい微笑みに変わった。
そして、また急に抱きついてきて、
「なんだぁ、寂しくなっちゃったのかー?」
と、言いながら私の後頭部を某動物職人のごとくわしゃわしゃとさする。
「ちょ、ちょっと、電車の中だから!人見てるから!」
普通に考えれば、女子ふたりが抱き合っていてもスキンシップで済まされるのだが、昨日の夜のこともあって恥ずかしさを覚えてしまう。
「大丈夫だよ」
落ち着いた声で、私を抱き締めたままアムは言う。
「私は絶対急にいなくなったりしない。約束する」
今更気が付いた。彼女がいなくならない確証なんて、どこにもないのだ。
でも今は、そんな彼女の言葉を信じるしかない。
電車が止まる。丁度美浜に到着したのだ。
「降りよっか」
「……うん」
これ以上は、考えたくなかった。
海浜公園に付き、入場料を支払おうと財布を出したところで気が付く。
「あれ、そういえばアム、定期はいいけどお金は……」
「あっ」
焦ったようにポケットを探るが、当然出てこない。そもそも彼女は今日、鞄どころか定期券しか持ってなかったのだ。
「ごめん夢、お金貸して……」
貸すも何も、持ってないものは返せないのだから、あげるしかない。
私たちは無事中に入り、ネモフィラの花畑に向かう。
「よし、じゃあまず何乗ろうか!」
アムの向いている方向は完全に敷地内の観覧車などがある、小さな遊園地の方向だった。
だが、遊園地は各遊具有料である。私の財布の中身は、帰りの電車賃がギリギリ足りるくらいしかない。
「いやアム、お金ないから……」
「えーマジ?」
「もう、ネモフィラ見にきたんでしょ」
「しょうがないなあ」
私は、自分がお金を払ったおかげで入れたんだけど、という思いをそっと胸の奥にしまい込む。
「じゃあ、次来たときは私がおごってやるよ」
その言葉に、私はアムの顔を見た。
そのときアムが、それを本気で言っているのだと、初めて分かった。
「ねえ、アム」
「何?」
「アムは何でそんなこと言えるの?いつまでこんな状態が続くか分からないのに」
私の中の不安が、言葉になってそのまま飛び出しているようだった。
彼女は幽霊だ。不思議なことが多々起こっていることから、それは間違いない。
しばしの間、アムは黙って私の瞳を見つめる。そして、笑った。
「んー、だってさ、この先何が起こるかとか、不安なことって考えてもしょうがないじゃん」
暖かく笑う幽霊は、言葉を紡ぐ。
「だったら笑って、明るい未来のことを考えて、一緒にお話しできたらそれでいいじゃない?」
私は、いつも後ろ向きに生きてきたのかもしれない。
体が弱くて、泣いて泣いて、暗い過去が積み重なって、押しつぶされて。
いつでも、私のことで迷惑をかけてしまうかも、という思いが剥がれずにいた。
でもそんなことを言ったら、彼女の存在の儚さなんて比にならないはずで。
「夢は、そんな私のこと、きっと好きになってくれるって信じてる」
私はそんな強い彼女の言葉を聞いて、顔の奥に柔らかい痛みを覚えていた。
立ち止まってしまった私の手を、アムが引く。
最後にアムが、きっとお金だって空から降ってくるよ、と言うので、私は笑って、それはないよ、と言った。
そして、青い大地が見え、それが段々と花の形を成していくのが分かった。
「すげえ……」
先に、アムが感嘆の声を上げる。私と言えば、ただ絶句していた。
確かに私も来たのはこれが初めてだった。地元のスポットがテレビで紹介されているくらいの認識だったから、こんなにも綺麗なものだとは思わなかったのだ。
たどり着いた丘は意外と背が高く、10数メートルの緩やかな傾斜になっている。
その丘一面に咲き誇る、青、青、青……。
まるで、絵画をそのまま形にしたような光景が広がっていた。
丘に咲くネモフィラの間に、数本の道が丘の頂上まで伸びていた。そこにちらほらと人がいる。私たちは一番近い道から頂上へ上がっていく。
「本当綺麗だね」
「うん」
「アムの方が綺麗だよ」なんて言ったらどういう反応するんだろう、などと考えてしまう。私の意識は、早速ネモフィラよりもアムの方へ向いていた。
私たちは頂上へ到着する。頂上とは言っても、そんなに広い場所ではなく、ベンチが1台置いてあるだけだった。
「座ろっか」
アムに提案されて、私たちはベンチに座る。
私は、そっとアムの方に頭を預ける。
「疲れちゃった?」
「ううん……」
ただアムに甘えたいだけだった。私はまた今更ながらに、アムへの好意に気が付く。
そして、今更私はアムが幽霊であることに深い悲しみと後悔を感じた。
何故死んでしまったのだろう、と。何故彼女は生きていないのだろう、と。そして何故私は、彼女に何もしてあげられないのだろう、と。
そんなことを考えていると、また泣きそうになる。
私は立ち上がって前を向いた。辺りを見渡すと、丘にいた人々は意図したようにいなくなっていた。
鼻をすすって、唾を飲み込んで、アムに向き直った。そして、唇を奪う。
突然のことでアムも驚いたのだろう。だが、一瞬体を震わせた後は特に抵抗することもなく……私たちは長いようで短いキスを終わらせる。
言葉もなく、今度はアムが立ち上がって、再び私を抱き締める。
「大丈夫、きっと……」
アムの口から零れた言葉は、それだけだった。私も、それ以上いらなかった。




