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雪桜  作者: Mr.ハロウィン
4/5

3日目

ふと、思い出したかのように目が覚める。

本当に目が覚めたわけではないようで、私は自分が夢の中にいるのが分かった。

何かを思い出したように感じる。ただ、それが何かは分からなくて。


家を歩き回ったことは覚えている。

何かを探していたことは覚えている。

ただそれだけを覚えたままに、今度こそ本当に目が覚めた。


一瞬、数瞬、そして数秒の間、私は夢か現実か分からなくなり、天井を見つめる。

そして、アムの存在を思い出し、ここが現実だと認識する。

ああ、そういえばさっきまでの私の記憶の中には、知らない家があって、アムがいなかったではないか、と。

 だが、辺りを見回すとアムがいないことに気が付く。

『私は絶対急にいなくなったりしない。約束する』

昨日、電車の中で言われた言葉がフラッシュバックしたときにはもう、私はベッドから跳ね降りていた。

いない。リビングにも、キッチンにも、もちろんお風呂場にも。

アムを探していたせいだろう。母が起きてきた。

「どうしたの、こんな朝早くから……」

 そう言われて時計を見ると、まだ6時になっていなかった。

「あの、お母さん、アムは……アムを知らない?」

「アム?なあに、それ?」

 私の焦燥は、そのひとことで絶望に変わった。

「ちょっと夢、大丈夫?まだ体調悪いの?」

 母が心配して私の顔色をうかがう。

 だが、私は呼吸するのが精一杯で、声を上げることなどできなかった。

 アムがいなくなってしまった。

 突きつけられたその現実は、私の胸に大きな穴を空けた。


 私はその日、また学校を休んだ。



 1日中、アムのことを考えていた気がする。

 アムが読んでいた漫画を手に取ると、アムがどういう思いでこれを読んでいたのか考えてしまって、ただ涙が止まらなかった。

 パソコンの履歴を見ると、確かにアムが見ていたお笑いの動画があって、私は泣きながら笑った。ほんの少しだけ、元気が出た。


 アムは幽霊。それは最初から分かっていて、こうなることもきっと分かっていた。

 でも、私はそれでも悲しかった。

「約束なんかすんなよ……」

 椅子の上で膝を抱えて、私は呟く。

 せめて、そう思っててくれ、くらいで良かったのに。消えることもあるって教えてくれればまだマシだったのに。

いや、しかし、それでも私は勝手に信じていたのだろうか。

「……」

きっと、信じていたに違いない。

私は、アムの言っていたことの意味を今更ながらに理解する。

それは、信じても信じなくても変わらないのだ。受け入れがたい現実があっても、どちらにせよいい結果だけを信じているのだから。だってそうでなくちゃ、人間はその瞬間を生きていられない。あとは、無駄に悩むか、悩まないかの違いだけ。

「ごめん。急にいなくなって」

 声がして、ふと急に気配が漂う。

 顔を上げて、窓の方を見ると、すっかり暗くなった空を背にアムが立っていた。

 ただ以前と違うのは、彼女の後ろで揺れているカーテンが透けて見えることだろうか。

「アム……?」

 私は、鼻水をすすって、ぐしゃぐしゃの顔をハンカチで整える。ただ、涙だけは静かに流れて、止まらなかった。

「ごめんね、急にいなくならないって約束だったのに」

 私は首を振る。

「いいの。おかえり、アム」

 しかし、そう言われたアムの笑顔には昨日までの爛々とした覇気がなく、返事を迷っているようだった。

「……外、出てもいい?」

 時刻は九時過ぎ。お母さんはもう帰ってきているし、門限も過ぎている。いつもならば、到底外になど出られないが、私は躊躇うことなく外に出た。



 桜広場と呼ばれている市営の公園は、明日から花見解禁である。

 街路灯の灯が僅かに入り込む薄暗い公園を、私たちは手を繋いで歩いていた。

「流石に場所取りもいないね」

アムが呟く。

「人気なとこだと、前日の晩から場所取りしてるって人もいるんだよ」

「そうなんだ」

「それで泊まるのは禁止、ってなったりね」

 アムは笑いながら喋る。昨日までと何も変わらない調子で。

 しかし、その姿、雰囲気がどんどん薄くなっていた。握っている手も、今にもすり抜けてしまいそうで。

「着いたよ」

 アムにそう言われて周りを見渡すと、どうやら一段と広い空間に出たらしい。暗くてよく見えないが、周りは桜の木に囲まれているようだ。

「ここは……」

「私が今日思い出した、思い出の場所」

 アム曰く、誰と来たかも、いつ来たのかも、覚えていない。しかし、ここがアムの短い人生の中で最も楽しかった場所なのだという。

「実は今日、自分家()思い出しちゃったんだ」

 私は、今朝見た夢を思い出した。きっと、あそこがアムの家なのだろう。

「気が付いたらいつの間にか家にいてさ。一生懸命家族の写真とか探してたんだ。でも何にもなくて。外を見たら、空き家になってたよ」

 胸に痛みが走る。アムが悲しい思いをしているかと思うと、それだけで胸が痛んだ。

「でも、別に寂しくないよ。何となくだけど、そうやって色々忘れちゃったせいで夢と出会えた気がするんだ」

 私が顔を上げると同時に、ふっと一瞬明かりが灯った。そしてそれは瞬くように点滅して、一陣の風と共に点灯した。

 桜が舞う。

「……もう、行っちゃうの?」

 今度こそ本当に分かってしまう。彼女のタイムリミットが。

「うん、そうみたい」

 アムが逝ってしまう。私はまだ何もできていない、という後悔が押し寄せる。

 そのとき、私はようやく気が付いた。アムを何故受け入れられなかったのか。ただ、失うことが怖かったのだ。大きなものを失うかもしれないということに、恐怖を抱いていた。しかし、アムは十分に愛しい存在になっていて。

 嫌だった。今すぐアムの胸に飛び込んで、泣きたかった。今度、海浜公園に遊びに行ったときは、遊園地で遊ぶ約束だったのに。

 もう叶わない光景が目に浮かんで、涙が滲む。

 アムの体が、私を包み込む。

「夢、ありがとう。私、最後にあなたに出会えて本当に良かった」

 アムが泣きながら言うから、私もつられて泣いた。

「私も……良かった」

後悔はあった。でも、あの一緒に見た花畑の光景は一生忘れない。

「忘れないから」

「うん」

「アムのこともっ……一緒に見たお花……畑も……」

 声がうまく出ない。今にも声を上げて泣き出してしまいそうだった。

「うん、私も、絶対忘れないよ」

 アムの温もりはほとんど体が透けてからも、まだ暖かかった。

 でもその温もりも段々と感じられなくなって。

 アムが、すっと体を離した。

「じゃあ、またね」

 アムが笑っていたから、一生懸命涙を堪えて、私も笑った。

「うん、またね」

 私たちは、笑顔で別れを告げた。



アムが消えた後で、私はこらえきれずに声を上げて泣いた。


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