女神との邂逅
「どうですか?自分のしてきた事の結果を見るのは」
暗闇の中、映し出された様々な光景。
涙を流したまま、黙って見ていた私に、女神ミリアは問う。
「これが、貴女の望む結末だったのですか?」
声もなく、私は首を横に振った。
何度も、何度も首を横に振った。
違う、違う違う!!
私が、望んでいたのは……。
「大切な人たちが、幸せであることを、望んだだけなのに……」
なのに、私のしてきた事はどうだ。
美桜から婚約破棄をさせ、ギルやルイス、キース様にまで迷惑をかけ、そしてヴェルに重たい罪悪感を植え付けてしまった。
ごめんなさい、ごめんなさいと謝る私に、ミリアは冷たい言葉を投げかけた。
「まだ、これで終わりではありませんよ」
大きく見開かれた瞳の前に、再び映像が浮かびあがる。
地響きを立てて突進する兵士たち。
ぶつかり合う剣と剣。
合間を縫うように飛び交う矢。
悲鳴に怒号、罵声、雄叫びが大気を震わせ、赤い血が波しぶきの様に飛び散る。
そんな中、華麗に手綱を捌き、砂ぼこりを上げて駆け抜け先陣を切って行く白銀の髪。
「そんな!どうして王であるヴェルが先陣に出ているの!?」
「この時、彼は王ではありません。彼は貴女が亡くなってから半年後に王位を兄キースに譲り、自ら軍を率いて戦場にたつようになりました。まるで……」
死に場所を求めているかの様に。
愕然として言葉もでない私を一瞥し、ミリアは続ける。
「今見ているのは、貴女が亡くなってから七年後に起きる、ユークノーグ大戦。彼は故郷を離れ、このユークノーグの地で命を落とします」
「そんなっ!」
慌てて映像に目をやると、見知った人がヴェルと剣を交えていた。
「グレン!?どうして!」
彼は以前、病に倒れていたところを偶然通りかかり、助けた青年だった。
人懐っこくて明るい…、でもちょっと喰えない性格の、普通の青年の筈なのに。
「彼の名はグレンシード.イル.スレイファルド。妾腹ではありますが、隣国スレイファルドの第四王子です。助けてくれた黒衣の聖女が貴女と知って、留学先から戻るなり会いに行ったところ、事の真相を聞き激怒。そして直ぐ様小競り合いに参戦したのが、大戦へのきっかけでした」
「じゃあ、このユークノーグ大戦は…」
「ええ、本来は起こることのなかった戦なのです」
私は目を伏せた。
起こることのない戦。
それが、起こってしまったのは他でもない、私がいたから。
「どうすれば…、その戦を回避出来るの?」
「貴女がいた事実は消せません。ですから、戦を回避するにはもう一度、貴女に来ていただかなくてはいけません。この世界に」
私は驚いて顔をあげた。
「貴女の葬儀が行われた今日この日に、貴女を日本へ転生させます。日本はこの世界より時間の進みが早いので、そうですね……一年早い六年後だと十八歳、丁度今と同じ年齢になるでしょう」
見開いた目を真っ直ぐに見据え、生命を司りし女神は告げた。
「ですが、転生者は記憶を封じられます。もし、貴女が六年後の今日この日までに封印を解き、この世界を思い出すことが出来れば、私が貴女をもう一度この世界に召喚しましょう」
「…もし、思い出さなかったら?」
「思い出さなければ、私と貴女を繋ぐ糸が見えないままなので、この世界に呼ぶ事は叶いません。貴女は日本人として、幸せに生きることでしょう」
幸せに、生きる?
彼らを忘れ、彼らを不幸にしたまま、一人のうのうと幸せに生きるの?
「冗談じゃないわ!私は絶対に思い出してみせる!そして、もう一度この世界に来るわ!!」
心からの叫びに、ミリアは嬉しそうに微笑んだ。
「えぇ、待っているわ。さぁ、目を閉じて。次に瞳を開くとき、貴女は故郷へと帰っているでしょう」
言われた通り瞳を閉じると、温かい何かが身体中を駆け巡るのがわかった。
次第に意識が遠ざかり、なにも考えられなくなる。
「また会いましょう。私の大切な、最期の愛し子」
薄れゆく意識の中で、ミリアの優しい声が聴こえた気がした。