ギロチン回避の危機管理
「……アルマン子爵。ならびに反乱を企てた貴族の皆様。お顔色が優れませんわね?」
大広間に響き渡ったのは、鈴を転がすような、どこまでも澄んだマリアージュの声だった。
サロンの厨房に毒を持ち込もうとして捕縛された給仕の供述、そして王立警備隊による迅速な家宅捜索。それらによって退路を完全に断たれたアルマン子爵をはじめとする保守派貴族たちは、今や全員が身ぐるみを剥がされたかのように青ざめ、王宮の大ホールで膝をついていた。
彼らを包囲するのは、武装した国王親衛隊。
そして玉座の傍らには、冷徹な眼光で彼らを見下ろす国王リュシアンと、ペールピンクの新素材ドレスを優雅に纏った王妃マリアージュが並び立っていた。
「くっ……おのれ、破滅させただけでは足らぬというのか……!」
床に伏したまま、アルマン子爵が血の涙を流さんばかりの顔で毒づいた。
「どうせ我らの首を刎ねるつもりだろう!『大逆罪』だからのう! だが忘れるな、マリアージュ! 我らを全員殺せば、我らが治めていた領地は混乱し、領民は路頭に迷う! 貴様がやっておることは、国の平穏を破壊する暴挙なのだ!」
アルマンの怒号が大広間に虚しく響き渡る。
通常の大逆罪であれば、一族郎党含めて即座にギロチン行き——断頭台での処刑が国家の法であり、通例であった。反乱分子の首を跳ね、見せしめにすることで王権の威信を示す。それがこれまでのルテティア王国のやり方だった。
親衛隊の騎士たちが剣に手をかけ、リュシアンが処刑の判決を下そうと口を開かけた、その時だった。
「ふふ……ふふふふっ」
静寂を破って、マリアージュの軽やかな笑い声が広がった。
「な、何が可笑しいのだ……!?」
「いいえ? 相変わらず頭の固いお方たちだと、呆れてしまいましたの」
マリアージュはゆっくりと階段を降り、罪人たちの前へと歩み寄った。
その優雅な立ち振る舞いには、かつての「我儘で愚かな浪費王妃」の面影など微塵も存在しない。
「首を刎ねる? 断頭台に送る?……そんな野蛮で無意味なこと、私がするとお思いですの?」
マリアージュの言葉に、反乱貴族たちだけでなく、リュシアンや重臣たちまでもが驚きに目を見開いた。
「マリアージュ……? 大逆人を処刑せぬというのか?」
「ええ、リュシアン様」
マリアージュは振り向き、夫に向かって可憐に首を傾げてみせた。
「死人に口なしとは申しますが、死人は『一文の金』も生み出しませんわ。彼らの首を刎ねて血の海を作ったところで、刃物が汚れるだけで国庫は温まりませんもの。……そんな『コストパフォーマンスの悪い処理』、絶対に嫌ですわ!」
前世の記憶。
かつてのフランスで、革命の嵐の中で次々と首を刎ねていったギロチン。
だが、血で血を洗う処刑劇が何を生んだか? 生み出したのは更なる憎悪と恐怖の連鎖、そして経済の徹底的な大混乱と途絶だけだった。
(死刑は、国家にとって最も『無駄な損失』なのよ。殺してスッキリするのは一瞬だけ。生かして徹底的に吸い尽くすことこそが、最大の復讐であり、最大の国益だわ!)
断頭台の恐怖を誰よりも知るマリアージュだからこそ辿り着いた、極限の危機管理能力と現実主義。
マリアージュは扇子を優雅に広げ、青ざめるアルマン子爵を見下ろした。
「アルマン子爵。それからそこに並ぶ皆様。……あなた方がこれまで海外との不正な輸入貿易で溜め込んできた裏金、そして隠し口座の全容は、すでに私の『会計調査チーム』が完璧に特定しておりますわ」
「な……裏金だと……!? バカな、あのような複雑な海外口座を……!」
「私の開発した『複式簿記』と『資金追跡手法』を甘く見ないでくださいまし。あなた方が私腹を肥やすために国から吸い上げた富……総額でおよそ『金貨二割五分(ルテティアの国家予算の約三年分)』に上ります」
会場にいた財務卿たちが「さん……三年分!?」と悲鳴のような声を上げた。
「これより、判決を下しますわ」
マリアージュの瞳に、冷酷なまでの計算高さが宿る。
「第一に、不法に得た全財産および全領地の接収。第二に……あなた方一族に対する『大逆罪の全額換金罰金』の科せ。……命だけは助けて差し上げます。その代わり、隠し財産を含めたすべての富を国庫へ即座に納付しなさい」
「全……全財産だと!? それでは我らは文無しになってしまうではないか!」
「あら、文無しで済むと思ったら大間違いですわよ?」
マリアージュはクスリと悪魔のような微笑を浮かべた。
「第三に……あなた方には『地方開拓およびインフラ投資義務』を課します」
「ち、地方開拓……!?」
「ええ。あなた方には、我が国で最も貧しく、手付かずになっている『北部の未開拓岩石地帯』の開拓総責任者となっていただきますの。あなた方の知識と、残された僅かな私財(生活最低限度の資金)をすべて注ぎ込み、あそこに新たな『綿花農場』と『ハーブ大農園』を造り上げなさい。……当然、私たちが監視員をつけますけれど」
反乱貴族たちは絶句した。
処刑されるよりも恐ろしい、永遠の労働と投資の強制。
「首を刎ねられれば、一瞬で苦しみは終わりますわ。ですが、生きていれば……あなた方が見下していた農民や職人たちと同じように汗を流し、国に貢献することができる。素晴らしいと思いませんこと? 死ぬまで我が国の経済成長のために働き続けられるのですから!」
「くっ……悪魔……! 貴様は悪魔だ、マリアージュ……!」
アルマン子爵が床に伏し、絶望の叫びを上げた。
死刑に処されれば「殉教者」として支持者が残る可能性があった。だが、全財産を没収された上に未開の地で農園開拓をさせられるとなれば、彼らの政治的権力は完全に失墜し、二度と王都の表舞台に立つことはできない。
しかも、彼らの隠し財産が回収されることで、ルテティアの国庫には一瞬にして「国家予算三年分」という莫大な即金が転がり込むことになるのだ!
「……ふむ」
玉座から降りてきたリュシアンが、妻の隣に立った。
その顔には、呆れと、それを遥かに上回る深い感服の色が浮かんでいた。
「完璧だな。反乱分子の無力化、国家資金の超巨額回収、未開地の開発による将来的な供給能力の拡大……一石三鳥どころか、四鳥も五鳥も射止めてみせたか」
「あら、リュシアン様。お褒めいただき光栄ですわ」
マリアージュが優雅にお辞儀をすると、リュシアンは罪人たちに向かって威厳に満ちた口調で告げた。
「王妃の慈悲深き裁定を聞いたな。……感謝するがいい、命だけは繋ぎ止められたのだからな。警備隊! この者たちの隠し資産をただちに押収し、北部の開拓地へと強制送還せよ!」
「ははっ!」
引きずられていくアルマン子爵たちの叫び声が、大広間の彼方へと消えていった。
その夜。
王宮の執務室は、未曾有の歓喜に包まれていた。
財務卿をはじめとする官僚たちが、次々と運ばれてくる「回収された裏金と資産の目録」を確認し、狂喜乱舞していたのだ。
「凄まじい……! これほどの金があれば、王都の街道全域の舗装、地方の貧困層への救済金の給付、さらには新式紡績機の全国配備すらお釣りが来ます!」
「王妃様万歳! マリアージュ様はルテティアの救世主だ!」
狂喜する官僚たちをよそに、マリアージュはバルコニーで夜風に当たっていた。
その背後から、温かな羽織が彼女の肩にかけられる。
「寒くないか、マリアージュ」
リュシアンだった。彼は優しく彼女の肩を抱き寄せた。
「リュシアン様。……騒々しい夜になりましてね」
「フッ、嬉しい悲鳴だ。……正直、驚いたぞ。私なら躊躇なく奴らの首を刎ねていた。だが、お前は処刑という『暴力』を使わず、言葉と計算だけで奴らを完全に解体し、国の糧に変えてみせた」
リュシアンは彼女の横顔を、愛おしそうに見つめた。
「お前は本当の意味で『強い』な。命の重みを知り、富の生み出し方を知っている。……私はお前を誇りに思う」
夫からの真っ直ぐな言葉に、マリアージュの胸が熱くなる。
「私はただ……二度とギロチンの音を聞きたくなかっただけですわ」
彼女は小さく呟き、リュシアンの胸に顔を埋めた。
「誰かを殺して得る平和なんて、脆くて儚いもの。……生かして、働かせて、全員で豊かになる。それこそが、私が作りたい『新しいルテティア』なのですから」
「ああ……お前の創る国なら、どんな未来でもついていくよ」
リュシアンは優しく彼女の髪を撫で、その唇に深い接吻を贈った。
夜空には、祝福するように満天の星が輝いていた。
こうして、反乱貴族たちの陰謀は完璧に鎮圧され、その莫大な財産はすべてルテティアのさらなる飛躍のための「資本」へと姿を変えた。
国内の障害を完全に克服し、莫大な富と強い絆を手に入れたマリアージュとリュシアン。
だが、ルテティアの急激すぎる「富の集中」と「ブランドの台頭」は、ついに海を越え、大陸最大の超大国……『ガリア帝国』の皇帝を本気で警戒させることとなる。
次なる舞台は、帝国からの圧迫と、国威を賭けた「外交ブランド決戦」。
マリアージュの真の挑戦が、いよいよ始まろうとしていた。




