↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
田舎カスの日々  作者: 月鏡水バケツ
蛇足編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/90

蛇足編 「パパになった日」

 あれは、初めて飲み会に参加したときの事。

 私と稚陽は上司に誘われて、六時半から居酒屋で飲んだ。

「優子、お前金貯まってんだろー?」

「絡み癖やめてくださいよ先輩ー。ごめんね優子くん、この人」

「何に使うんだよ、結婚か?」

「結婚は考えてませんね」

「テロでも起こすのか?物価高、円安、税金やめろーって」

「お金がないから蜂起するのに、それにお金をかけてちゃ馬鹿みたいじゃないですか」

「ん、そうだな」

 急に真面目腐った顔になった。

「じゃあ世界征服」

「今度は足りなさすぎです」

「じゃああれだ、稚陽だ。手に入れたいんだ、女を。私も婚期逃してさぁ、お前はなんか、天然女たらしだから駄目だ」

「もう、飲み過ぎですよ〜」

 先輩が上司に水を渡す。

 口が空いたので、優子は稚陽を見た。

「まだ何か要る?」

「......」

「稚陽?」

「何でもないです!」

「ここの近く、出て右にラブホがあるから――」

「もう駄目ですね、帰りましょう」

「えーやだあ」

 優子たちは店を後にした。

「優子さん、終電は?」

「駄目だこりゃ。変に距離あるとこ行くんじゃなかった」

「......寝泊まりする必要がありますね」

「ここ辺りだと、個室のビジネスホテルがあるか、狭いけど」

「狭いのはナンセンスですね。一度、右から近くに何かないか見ましょう」

 二人は歩く。

「あの人、だいぶ酔ってましたね」

「恋バナ、いや下ネタ言うくらいにはね」

 稚陽が立ち止まる。

「泊まるの......ここに、しませんか?」

「ここ?」

 私は見上げる。

 ラブホだ。

 稚陽を見る。

「それは......?」

「はい、です」

 唾を飲んで、中に入った。

「......わかった」

 安かったからだ。

「受付の人は居ないんですね」

 受付の人が居ないのは初めて知った。これから致すのに、顔を覚えられる客も嫌だろう。そこあたりは配慮出来てるんだな。

「うぅん居たら嫌だけどね。でも、稚陽って若く見えるから、年齢高校生と間違えられるかもしれなかったし、セルフの認証があったから何とかなったけど......」

「口説いているんですか?」

「羨ましいなぁと」

 子どもと間違えられる、なんて言えない。

「話、覚えてますか?」

「どの?」

「どのって言うあたり、少しは覚えようとしてくれているんですね」

「ニワトリじゃないからね」

「パパになると」

「......コケッ」

 ちょっと覚えていた。

 部屋に入る。

 稚陽がどういう気持ちなのかわからない。酔っているだけか、婚期を逃すまいとしているのか。

「ちゅーしていいですか?」

「え」

「......」

 私は努力した。そちらを認めてもらえた、という事にしておく。

「............いいよ」

「初めてのキスですから、責任、取ってくださいね――」



 朝チュンか......。

 リア充って、こんな感じなのかな、改めて嫌いになった。

 胸辺りが一部ヒリヒリする。段々ときちゃったのか、爪を立てられた。

 隣には稚陽。寝ている。

 裸だが、布が全容を隠している。

 昨日、稚陽はすぐ寝てしまったのだ。

 チェックアウトもあるので、起こした。時間は寝坊になる。

 え、会社......休日か今日。

「大丈夫ですかね、何もしてないのでわからないですが」

 最初くらい、いろんな意味での安全を考えようとしたが、稚陽があかん。おかんが泣くぞ。止められなかったのも悪いと思うけれど。あ、でも、おかんがあかんかったのか。

 馬鹿な事は考えるな。

 責任を取ろう。

「じゃあ、大学はやめとこっかな」

「え?あ......」

「責任は取るよ。いいの、どうせ入試の勉強し直さなきゃいけないし」

「......ちゅっ」

「あー、やっなぁ?」

「きゃーっ!」

 私は本当に駄目だった、失敗した。

 だから、もう恋愛とか交際に本気になることはないかと思ってたけれど、こうも簡単に。

 肉欲があるからか......いや、稚陽が積極的に受け止めて、安心させてくれたからかもしれない。少し、いやそこそこ......大分小さかったけれど、今はその話はいいかな。


 その後は、誘われてた同居のための事をいろいろした。

 夫婦じゃあん?まだ早いけど。

 稚陽は、腕がないからとか、だらけ癖があるからと、私のことを嫌がることはなかった。

 稚陽は今までも配慮してくれていたように思う。

 優しくしてくれる人間は、人生で限られている。

 初めて誰かを大切にしようと、その時誓った。



 同居して一年、結婚を決めた。

 一年という期間が短いとも思うけれど、お互い心に決めていたし、同居しても問題はなかった。元々、少し同居してたしね。あの頃は、お互い恋愛の初心《うぶ》な気持ちもなくて、取り繕ったりもしてなかったから、安心出来る部分はあった。

 婚姻届は初めて見た。へぇー。稚陽は酷く興奮していた。夢だったのかな?

 会社に報告した。

 あの上司に少し怒られると思っていたけれど、上司は居酒屋で稚陽と私に突っかかってたからか、「ちゃんと働けよ」としか言われなかった。

 それと、今は上司ではない。

 私は海外事情の担当をすることになり、チームを作った。大家のお姉さんとも会うことがある。

 つまり、お金が入る!ぐはははは......アパート時代はお金なんてなかったから、何に使うか二人で考え中だ。

 会社はおめでとうムードだ。

 結婚式は挙げてないが、指輪は作った。

 そこに指輪をつけて出社するの、何だか嬉しい。


 結婚してから数ヶ月もなかったかな、稚陽......いや妻が授かった。

 妻には退職させるつもりだった。

 一番は、子育てもあるのに仕事の事も考えるのは、本人にとって相当なストレスになると思った。

 お金には困らないし、逆に何に使うか困るけれど、子育てもあるし、働きたかったらバイトでいい。

 と思ったのだけれど、社長はそんな雰囲気で働いてOK〜と大分軽く言って、育休を取った。

 それから、家を買った。

 払えるだけのお金と、あとはローン。

 立派な人間になれた気がする。

 家具も買った。冷蔵庫と電子レンジ、机と椅子、エアコン、ベッド系、食器系、洗濯機と服の収納と、沢山。

 家具も買うと、お金がギュンとなくなった。

 なので全部は買わない予定だったが、お姉さんが家に凸ってきた。それで、少しオシャレな照明やらを買ってくれて、リモート会議の様子を見てか書斎を作ってくれた。

 驚いたのは、大家さんがテレビを送ってくれたことだ。あの人は本当に人がいい。

 稚陽は新しい家にとても喜んでいて、ぴょんと跳ねて飛び込んできた。

「飛び跳ねると、お腹の子に障りますよ、私のお姫様」

「いいんです、お腹の子にも運動させないとひ弱な子になっちゃうので」

 なんて、イチャイチャしたい口実だ。

 ただ、人生なんて何周もしてないから、今の稚陽の状態で飛び跳ねていいのかわからない。

 けれど、稚陽は私の心配に気を遣ってか、ゆっくりとした動きをしてくれるようになった。

 ご褒美に見かけるたびにお腹を持ってあげるのは私の定めだ。

 というか、この頃からすっかりリア充になってしまった。

 

 一年もないくらいで、出産日を迎えた。

 不甲斐ないが、私は最初の方は病院に居なかった。買い物をしていた。

 急いで向かって、なんとか間に合った。

 着いたらめっちゃ清浄して、妻の手を握る。

 怖かったけれど、稚陽の方が不安に決まってる。

 実際、稚陽は可哀想なくらい不安そうにしていた。何度も「大丈夫かな、本当に私に産めるのかな」とこちらを見ながら言ってきた。

 神は信じない派だが、祈るように、稚陽の震える手を握っていた――。


 無事、産まれた。

 母子共に何事もなくて良かった。

 稚陽は身体が小さいくて、出産は特に心配された。

 子作り期間には、いろいろどっこいしょあって、それで二人して焦ったこともあった。

 これまでを通して心配だったけれど、見た目と反して強かった。

 産まれてきた子は娘だった。事前に知ってはいたけれど。

 赤ちゃんは助産師から稚陽に返され、稚陽はそれを抱く。

 さっそく、母乳を吸っている。

 ともあれ、まずは話しかけよう。

「大丈夫?」

「ええ、まあ」

「今日からママですよ、あなた」

「それは私のセリフです。あなたもパパですね」

「ありがとう」

「どういたしまして!」

 こうして、パパになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。