奥のポケット
私が指を鳴らしたと同時にシオンがアリオンとユーヴェンによって捕らえられた。
「あっ、しまった!」
フューリーさんと話していて警戒を怠っていたシオンは悔しそうな顔をする。フューリーさんもシオンを捕らえたまま溜め息を吐いた。
「諦めろ、シオン。ぐちぐち言ってるお前が悪い」
正論である。紛うことなき正論だ。
しかし。
――フューリーさん、人のこと言えないんじゃないかしら?
スカーレットへの拗らせた想いは期間が長い分だけシオンよりも質が悪い。
まあしかし、今はシオンのプレゼントを回収しなければいけない。制裁するのは決定事項だし、フューリーさんを責めるのはその時でいいだろう。
「シオン、プレゼントはどこにあるのかしら?」
にっこり笑って問い詰める。するとシオンは目をキョロキョロと動かしながら答える。
「い、今は持って、ない」
――嘘ね。
すっとアリオンに目配せする。さっきアリオンは胸ポケットを探していた。その時になかったのだろうか。
アリオンは私の意図を察して首を振った。
「胸ポケットには手紙しかなかったぞ」
そうアリオンが答えた瞬間、シオンは動かし続けていた目を伏せた。少し緩んだ口元を見て確信する。
「アリオン、胸ポケットにあるはずよ。胸ポケット近くとかに入るような箇所はないかしら?」
シオンはギョッと目を見開く。なんともわかりやすい反応をしてくれる。
「胸ポケット近く……って!シオン、お前まさか奥に入れてんのか!?」
アリオンは心当たりがあったのだろう、驚いた顔でシオンを見た。
シオンはバツが悪そうな顔をして目を逸らす。
「シオン……いくらなんでも奥に入れるって……持ってきてるくせに出す気一切なかっただろ……」
フューリーさんも呆れた表情でシオンに突っ込む。
なるほど。かなり取り出しにくい箇所に入れていたようだ。
――そのくせ持って来ているのよね……。一応は私に託そうか最後まで悩んだってとこかしら……。
「い、いいだろ、別に!これは…………じ、自分で……渡す、から……」
尻すぼみになっていく言葉には説得力がない。あれは絶対に渡さないつもりだ。私達が現物を見ていないのをいい事に、メリアに他の物を渡して『渡した』と言うつもりなのだろう。
だが、それを許すつもりはない。
「アリオン」
短くアリオンを呼ぶとこくりと頷いてくれる。
「カイン、悪いがシオンをしっかり捕まえといてくれ」
「おう、わかった」
フューリーさんがアリオンと代わってシオンをしっかり捕らえる。
シオンは代わる隙に逃げ出そうともがいたけれど、二人は抜け出すことなど許さなかった。
「駄目だって!やめろって!」
バタバタと暴れるシオンを見ていると、スカーレットが心配そうに声を掛けてきた。
「ねぇ、ローリー。取り出すのブライトにさせていいの?奥のポケットに入れてるなら……たぶん上着脱がさないと出せないわよ?」
「え?」
スカーレットの言葉にパチリと目を瞬かせた時、深呼吸したアリオンがシオンの上着に手を掛けた。
「わああああ!やめろって、アリオン!!」
「うっせぇ、黙れ。さっさとゴート嬢へのプレゼント出さねぇお前が悪いんだろ」
サッサッと手早く上着のボタンを外していくアリオン。そして抵抗するシオン。
――…………これは……絵面がまずいわね……。
せっかくユーヴェンとフューリーさんの噂をどうにかできたかもと思ったのにまたもや変な噂が巻き起こりそうだ。
「……まずったわ……」
自分の不手際に顔を歪める。奥のポケットがどんな所にあるのか確認しておくべきだった。
「ごめんなさい、ローリー……。もう少し早く言っておくべきだったわね……」
スカーレットが私の呟きに眉を下げて言う。
「いいえ。私も確認しなかったもの……。だからスカーレット、気にしないで」
そう言ったけれどスカーレットは申し訳なさそうな顔のままだ。
どうしようと思っているとアリオンがボタンを外したシオンの上着をガバリと開く。……うん、これは絵面が非常にまずい。一体どこにあるの、奥のポケット。
「あれは……噂、されちゃいそうだね……」
カリナも困った顔で言う。それに力なく頷くしかなかった。
――うう……あれ、どうしようかしら……。
アリオンとシオンの噂なんてメリアの誤解が広まるではないか。いや、アリオンに関してはメリアはアリオンの想いを知っていたようなので誤解はないのかもしれない。
――でも……でも……!アリオンが私以外と噂されちゃうの嫌……!!
メリアに関しては説明すればわかってくれるだろうという信頼がある。そもそも『また馬鹿な噂が回ってるわね……』とでも呆れた表情で言いそうなのがメリアだ。
だから今一番嫌なのはアリオンが誤解されること。私じゃない相手と噂をされることだ。
――アリオンは私のことがす、す、す……好きなのにぃ……!
アリオンとシオンなんてどちらも想い人がいる事実無根の噂だと知っている。なのにそんな噂が回るのも嫌だ。
――アリオンが自分との噂だけがよかったって言ってた気持ち、よくわかるわ……!
確かに自分との噂だけがいい。他の人を見ているなんて噂はなくていい。
――せっかく応援隊のお陰でアリオンの周りに言い寄るような女の人がいないのに……。
変な噂があったら学園の時の二の舞ではないか。あの時は消すのが大変だった。今回は学園の時以上に人が多い。
アリオンがシオンの上着の裏を探る。というか上着を思いっ切り開いていた。開いてやっと見えるところにポケットのようなものがあるのが見える。奥のポケットとはあれだろう。
――ほんとに奥にあるのね……。確かに上着を脱がさないと取れないわ。
けれどその所為で今度はアリオンとシオンに噂が巻き起こりそうだ。アリオンは普段は気をつけているけれど、私に指示されたこと、相手がシオンなことでその可能性に思い至らずに行動してしまったのだろう。しっかり確認せずに指示をしてしまったことが悔やまれる。
――どうやって噂を起こさないようにしようかしら……。
眉を寄せながら考える。
ユーヴェンの場合はカリナが頭を撫でて顔を真っ赤にしたから噂が上書きされるのでは、と思った。
なら私が同じようにしたらどうだろう。
――……ダメね。アリオン、ユーヴェン程は真っ赤にならなさそうだもの……。
前にも撫でたことがある。あの時のアリオンは頬を染めてとても可愛かったけれど、流石に初めてでカリナに撫でられるとも思っていないユーヴェンの衝撃よりは強くならないだろう。
少し悩んで兄を見る。兄なら何かいい方法がないだろうか。
私の視線に気づいた兄はチラッとユーヴェンを見る。兄の意図に気づいてジト目を向けた。
――ユーヴェンとの噂で上書きしちゃ意味ないのよ!
兄はシオンとの噂が問題あるならよく勘違いされやすいユーヴェンとの噂に変えればいいのではと目で提案したのだ。
しかし私は私以外との噂自体を起こしたくない。
兄は私のジト目に肩を竦めた。そして腰を屈めて小さく声を掛けてくる。
「ローリー。そんなに心配しなくても二人の噂は広まらないと思うよ。シオンくんの事情を鑑みると、何か誤解が生じないように噂の矛先をユーヴェンくんに変えるぐらいはしてもいいかとは思うけれど……。アリオンくんはローリーとの噂がとても強いから、そもそも噂が起こるかどうかもわからないよ」
兄にシオンの事情ははっきり言ってないけれど流石に今目の前で繰り広げているから察したようだ。
兄の言葉にふむ、と考える。
確かに応援隊という……なんだかよくわからない組織……組織?組織でいいのだろうか。……とりあえず、何故かアリオンと私の噂を操作している人達がいるようだしあまり心配はないのかもしれない。
しかし。
――噂が起こる可能性は……ゼロじゃないのよね……。
そう。ゼロじゃない。
そしてなんだか周りから嫌な盛り上がり方を感じる。あの小さな黄色い声はアリオンとシオンの様子を見てあげているのは確実だ。嫌な予感がひしひしとする。
兄はああいった噂の厄介さを知らないから少し楽観的なのかもしれない。そうすると兄の案は却下だ。
――やっぱり何かもっと噂の元になる衝撃的なことを起こすしかないわよね……。
「ローリー、大丈夫?」
悩んでいる私を見てカリナが心配そうに覗き込んでくる。
「ローリー、あんまり思い詰めちゃ駄目よ?」
スカーレットも眉を下げて心配そうだ。
その二人の様子はこの前も見たなと苦笑して……思い出す。カリナの家に行った時、こんな感じの二人を見た。
そしてコクリと喉を鳴らす。
私は噂の上書きができる衝撃的な出来事を起こす案を思いついてしまった。
読んでいただきありがとうございます。
これからも読んでもらえると嬉しいです。




