言葉にしない寂しさ
「ローリー……見事なアッパーだったね」
顎を撫でながら言った兄は笑っている。全然ダメージはなさそうだ。
――けっこう強めにいったのに……!
兄が私の攻撃を避けることは昔からない。怒っているなら少しでも発散させようという気遣いなのだろう。その年上の余裕が更に苛つくけれど。
私を心配したアリオンが殴った後の手を取って診てくれている。当たり前のように手を取られるのでちょっと恥ずかしい。
「お兄ちゃん、アリオンに怪我させ過ぎよ!聞いたんだからね!」
「ローリー、それも訓練の一環だよ。アリオンくんの魔力を切らさないといけなかったからね。アリオンくんの魔力を切らすの大変だから、アリオンくんに積極的に魔法を使ってもらわなきゃいけなかったんだよ」
兄が肩を竦めながら言った言葉に眉を寄せる。
「なんでアリオンの魔力を切らす必要があるのよ……」
「それは見習い騎士の内に魔力回復薬を体験させて置くことが推奨されているからだよ。今は緊急事態だし、なるべく早く体験させておきたかったんだよね」
「魔力回復薬って……あのすっごくまずくてしんどいやつ?」
「そう、すっごくまずくてしんどいやつ」
兄の答えに少し納得してしまって口を曲げる。
――確かにアリオンの魔力って……全然切れそうにないのよね……。
遊びで無茶な使い方をして魔力を分け与えて何人も治療したってなくならなかったし、この前だって私に魔力を分け与えながら色替え魔法を維持し、その上伝達魔法を数時間待機させていた。なのに魔力切れの兆しすら見えなかったのだ。
そんなアリオンが訓練中に魔力を切らして魔力回復薬を飲むことがあるのだろうか。……正直に言えばかなり可能性は低く思える。
「一応先の訓練で大量の魔力を使わなければいけなくなる訓練もあるんだよ?でもそれをしてもアリオンくんは魔力を切らすことなんてないだろうなって思ったんだ」
兄の話に納得したくないけどしてしまう。兄のその予測が間違っているとは思えない。
「そうしたら無茶してでも削るしかないなと思ってね」
兄はそう言って笑う。
――そこにユリアさんのことも入っているとは思うけど……わざわざこんな所で口に出す話題じゃないわね。
「確かにアリオンの魔力は切れそうにないけど……」
その上でアリオンの魔力を限界まで減らす……どうやったらアリオンの魔力をそんなに減らせるか方法が思いつかない。
――うっ……納得したくないのに……!
「ほら、ローリーもアリオンくんの魔力を減らすのが難しいのわかっただろう?」
「むぅ……」
兄の勝ち誇ったような顔に呻く。
「ローリー、んな顔すんなって。俺は大丈夫だから。それに魔力量にすっげぇ頼った戦い方してたなって実感したから……俺としては有難かったよ。……魔力回復薬もしっかり体験できたしな……」
顔を青くしながらアリオンがそう言う。私の手をぽんぽんと優しく叩いてくれるので、怪我はしていなかったのだろう。
……たぶん兄は私の拳が傷つかないくらいに食らったフリをしたのだ。それぐらいのこと兄なら朝飯前だ。
――悔しい……!!
その思いは過ぎるけれど、今はそれよりも気になる事があるのでアリオンを覗き込む。
「アリオン大丈夫だった?アリオンの魔力だと魔力回復薬とってもしんどかったんじゃない?」
心配で眉を下げながら聞くと、アリオンはふっと笑った。
「そうだな、しんどかったけどいい経験ができたよ。あれは体験してねぇといきなりはきついだろうからな。それにリックさんが指導してくれたから一回で色んな経験積めたよ。経験活かして、しっかり強くなっから大丈夫だ。でも、心配してくれたのはありがとな」
優しく笑うアリオンに心臓が跳ねる。アリオンの挙動にいちいち鳴る心臓にまだ慣れない。
「ん……わかったわ」
少し青かった顔も元に戻っているのでホッとする。さっきの青い顔は魔力回復薬を飲んだ時の事を思い出していたのだろう。
――あれ、魔力量の少ない私でも辛かったもの……。アリオンの魔力量だと私の比じゃないわよね……。
でも騎士だと飲まざる得ない状況があるかもしれない。だから見習い騎士の内に飲むように推奨されているのだろう。
「ほら、ローリー。リックさんに話があるんだろ?」
心配そうにしている私にアリオンがそう促してくる。
「話?どうしたんだい、ローリー」
アリオンの言葉にすぐさま反応した兄が私を心配そうに覗き込んできた。
「ユーヴェン、カリナ。ちょっとこっちに来て」
ユーヴェンとカリナをこちらに呼び、兄へ真剣な目を向ける。兄は顔を引き締めて私の話を聞いてくれた。
***
「最後に目が合った気がして……ちょっと不安になったの……」
訓練場に来るまでに会ってしまったシュタフェール第二副師団長達のこと、その後の視線。
兄は聞いている間、眉を寄せて難しい顔をしていた。
「……目が合ったのはキルジェント隊長の方なんだね?」
「うん。一瞬だったけど……こっちを緑色の目が見てたわ」
「そう、わかった」
兄は頷くと、私の頭をぽんぽんと優しく叩いてくれる。私が不安だったのがわかったのだろう。私の側にいるアリオンも心配そうに見てくれている。
「俺達が側を通った時はそこまで視線は感じませんでした。……隊長相手なので隠されていたらわかりませんが」
ユーヴェンがそう報告する。相手は騎士団の副師団長と隊長だ。視線を気取られないようにすることなどお手の物だろう。
「いや……視線を気取られないようにしていたというのなら、ローリーも気づかないはずだ。隠す気などなかったんだろう。そもそもキルジェント隊長も伯爵家だ。王宮内で平民相手に視線を気にする方がおかしい」
兄の言葉に少し考える。
側に通った時は気にしておらず、偶々こちらを向いた時に私と目が合ったのだろうか。
――でもたまたまにしては……。
思い出して背筋が冷える。睨まれた訳ではない。けれどあの視線は怖かった。
思わず手を握り込むと、私の手にそっとアリオンの手が添えられた。その温かくて優しい手に心が癒されていく。
アリオンに厳しい兄が気になって見上げると優しい表情のままだ。兄は私に甘いから、私が落ち着くのならいいと考えているのかもしれない。
兄に頭をぽんぽんされながらアリオンに視線を向ける。アリオンも灰褐色の目を優しく細めて手を撫でてくれる。
――……あ、甘やかされてるわ……!
嬉しいのだけれど少し恥ずかしい。それでも止める気にはなれなくて、兄を見上げてそのまま尋ねる。
「お兄ちゃん、もうこっちには来ない方がいい……?」
来れないのは嫌だなと思ってしまって自然と眉が下がる。
兄は私の表情を見て悩むように顔を歪めた。
「どう……しようかな。正直……ローリー達の事は既知の情報だと思ってるんだよ。だから……」
そこで言葉を止める兄に小さな声で言う。
「だから、エルヴィス第三王子殿下が魔導統轄長に就任した『今』、言ったんでしょ?」
ニコッと笑うと兄は苦笑いを浮かべる。やはり図星のようだ。
「…………そう、だね」
兄の観念したような返事に少し得意気になりながら、アリオンにも笑みを向ける。小さな声で言ったとはいえ、すぐ近くにいたアリオンにも聞こえていたはずだ。
アリオンは私の笑みにひくっと口端を引き攣らせた。私が見逃すつもりはないということを理解したようでなによりだ。
兄は一つ息を吐く。
「……そういう訳だから、ここに来る来ないで変わらないと思うんだ。むしろ……なるべくこっちに来た方がいいかもしれない」
兄の言葉に目を瞬かせる。まさか来た方がいいと言われるとは思わなかった。
「ちゃんと僕が気に掛けてるって示した方がいいと思ってね。あとは……今度来る時にハーフィリズ師団長も呼んでローリー達の盾になってもらうよ」
「え!?ハーフィリズ師団長って侯爵家の方よね?お兄ちゃんの上官なのは知ってるけど、そんな事を頼んで大丈夫なの?」
不安に眉を下げると兄は軽く笑う。
「大丈夫だよ。部下の僕のことをとても気に掛けてる人だから」
にっこりと笑う兄は怪しい気がするけれど、部下の兄の事を気に掛けている優しい方なのは否定できない。ハーフィリズ師団長は兄の上官なので気になって調べた時に悪い話はなかった。むしろ気さくで優しい方だという話ばかりだったのだ。
うーんと悩んでいると、微妙な顔をしたアリオンが目に入った。そんなアリオンをじっと見ると、私の視線に気づいたアリオンが苦く笑った。
「ローリー、大丈夫だ。ハーフィリズ師団長は優しいし……リックさんの事も気に掛けてるから来てくれると思うぞ」
アリオンの言葉に少し安心する。アリオンが言うなら大丈夫なのだろう。
「そうだよ、ローリー。アリオンくんの言う通り大丈夫だから気にせず来なさい。ローリーもこっちに来たいんだろう?」
優しく微笑みながら言った兄に恥ずかしくなって目を逸らす。
私だって……やっぱりなるべくアリオンに会いたいと思うのだ。スカーレット達の事も気になるし……兄にも、やはり家族だから会いたいと思う。
でもそれは言葉に出せなくて口を尖らせる。
そんな私の仕草に小さく笑った兄は優しく頭を撫でてくれる。いつもいる兄がいない生活の寂しさが少しだけ埋まった気がした。
読んでいただきありがとうございます。
少し更新が遅くなってすみません。
次はなるべく早く更新できるよう頑張ります。
これからもよろしくお願いします。




