三ヶ月、二
女魔法使いの死を聞いて、とても暗い気持ちになりながら私は部屋に帰って来た。
こんな時に付き添い役は無愛想見習い騎士君である。
せめて愛想の良い見習い騎士君なら話したりして気分を紛らわしたりできたかもしれないのに。
部屋に入ると、机の上にプレゼントが置かれていた。
最近はあんまりプレゼントはなかったのに、珍しいと思いながら開ける。
完全に油断していた。
部屋が薄暗かったので、始めはそれが何か分からなかった。
でも、鼻につく臭いは、間違いない。
血だ!?
私はビックリして後ろに転んだ。
馬鹿みたいに震えて動くことが出来ない。
私は血生臭いのもグロいのも恐いのもダメだ。
溢れてくる涙をどうすることも出来ない。
外にいるかもしれない無愛想見習い騎士君に気付かれないように嗚咽を小さく抑えるのだけでいっぱいだった。
これは、ダメだ。
完全にアウト。
ただでさえ積もっていた心の重りに限界を迎えさせるのにはうってつけの出来事で。
「う………」
涙と共に吐き気がしてくる。
口を抑えてトイレに駆け込んだ。
胃にあったものを吐き出して、もう何もないだろうと思っても涙も吐き気も収まらない。
最終的には胃液で食道が爛れるような痛みを感じても吐き気は収まらなかった。
「うう………」
早くあいつを何とかしてしまいたいのに、トイレから動けない。
あっちの部屋に行きたくない。怖い。
動けないでいると、夕食が運ばれてくる時間になってしまった。
私が部屋の内鍵を開けないとメイドさんも部屋には入れない。
私の反応が遅いからか、扉を叩く音が強くなる。
でも、ゴメン。
怖くてここから動けません。
その内扉を叩く音は消えていった。
多分もう寝ているとでも思われたのだろう。
その後は誰も来ることはなかった。
動き出せたのは深夜にもなる時間だった。
トイレで気絶するように、というか多分気絶してた。トイレと風呂場を兼ねているからキレイな場所で幸いだった。
のろのろとトイレの鍵を開けて出る。
この世界は月明かりが地球よりも強いので、灯りがなくても部屋の中を見ることが出来る。
やつはまだいる。
ひどい臭い。
また溢れてくる涙や嗚咽を歯を食い縛って耐えながらそれに近付く。
震える手で何とか蓋をして、窓から外に出る。
部屋が一階で良かった。
本当は部屋から少し離れた所まで行きたかったんだけど、今はそんな気力もなかった。
この血の命には罪はないのだ。
そう自分に言い聞かせて手で土を掘った。
部屋に戻って土を掘り易い物でも取ってくれば良かったのかもしれないけれど、なかなか掘れない土を無理やり手で一心不乱に掘った。
空が白み始めてきた時に何とかそれなりの穴を掘ることが出来た。
コレがそんなに大きくなくて良かった。
穴にそれを入れて土を被せて隠す。
土が盛り上がってかなり不自然な感じにはなってしまったけれど、こんな所を気にする人などいないから大丈夫だろう。
力の入らない体を動かして、何とか頑張って窓を登る。
ふらふらしながら全部の窓を開けて部屋の空気を入れ換える。
トイレ兼風呂場に行って土で汚れた手を洗う。
見ると服も大分土で汚れてしまっているし、爪に入った土はなかなか取れない。
服を洗う元気はなかった。
大きい桶のようなお風呂に着ていた服を全部投げるように入れて、水を入れた。
私が水魔法との相性が良くて幸いだった。
全身に水をかけてざっと汚れを流して、ついでに喉を潤す。
寝る時用の服を着て、寝室のベッドに潜り込む。
布団に入ると気絶するように眠った。
ドンドンドン!
と寝室の扉を叩く大きな音で目が覚めた。
「イトコ殿!?」
騎士様の大きな声がする。うるさい。
声を出そうとして喉がカラカラで声が出なかった。
よろよろと扉の前まで行って、返事の代わりに扉を叩く。
「イトコ殿、そこにいるんだな!?朝と昼も食べてないと聞いた。どうかしたのか?」
咳を何度かして何とか声を出す。
「風邪を引いたみたいで、食欲がないだけです。向こうの世界の病気を持ってきたかもしれないから誰も入らないで下さい」
目が腫れているのが分かるから、今は誰にも顔を見られたくない。
「医者を呼ぶか?」
「先生に移るとダメなんでいらないです。寝てたら治ります」
目が腫れてるだけなんで。
騎士様は納得したのか声はしなくなった。
ほっとしてベッドに戻って布団にくるまっていると、少ししてまた扉が叩かれた。
「イトコ殿!少しでも何か食べれないか?」
どうやら食事の時間らしい。
よく見ると外は夕焼け空。
かなり寝ていたらしい。
何も食べたくないと言っても騎士様はなかなか引かなかった。
体調良くないって言ってるんだからさっさと引けよ!
とイライラしながらも騎士様がしつこかったので仕方なく食事を取ることにした。
騎士様に移るとダメだからと言って隣の部屋から出て行ってもらう。
部屋から出る音を聞いてから隣の部屋まで出てみた。
寝過ぎて体がふらふらする。
食事が置かれているのは昨晩あいつがいた場所と同じである。
震える体を抑えて何とかそこに向かうけれど、食事の内容を見て吐き気が出て来てトイレに駆け込んだ。
吐く物なんて何も無いけど、吐き気は収まらない。
よりによって食事の内容は肉がメインだった。
いつもスープとパンとかばっかりなのに、今日に限って肉かよ!
「イトコ殿!?」
私がトイレに駆け込む音で騎士様が部屋まで入ってきてしまった。
騎士様がトイレに入ってきそうだったのを感じて私は叫んだ。
「入って来ないで、変態!ご飯もいらない!さっさと片付けて!」
私の異様な雰囲気を感じ取った騎士様が躊躇っている内にトイレに鍵をかける。
「イトコ殿、今日は何も食べていない。何か食べた方が良い」
人間食べたくない時は食べたくないものである。
食べたら元気になるだろうなんて、騎士様にしては脳筋なことを言ってくるけど、今の私はそれどころではないのだ。
「何もいらない!誰かいなくなるまでここから出ないから!」
トイレで籠城宣言をしてもしばらく騎士様は部屋を出て行かなかった。
トイレで吐き気と闘いながら、流れ出る涙を垂れ流しながらも空腹なんて感じない。
私は大分たってからトイレから出た。
というかまたトイレで気絶していた。
トイレを出ると、薄暗い部屋には誰もいなかった。
食事も片付けられていて、代わりに水差しが置かれていた。
有り難く水を飲むと大分気分も良くなった。
部屋はメイドさんが窓を閉めてくれたのか閉まっていた。そういえば風呂場の服もなかったかもしれない。
次の日、私は昼前に目を覚ました。
流石にお腹が空いたような気もする、と思いながら寝室から出ると、騎士様がいて、ご飯が用意されてた。
キレた。
淑女がどうたらこうたら言うなら勝手に部屋に入るなよ。
こっちは寝起きである。
このぼっさぼさの頭や顔を見られる淑女の恥じらいが分からないなんて騎士失格だ。
後、なんでご飯は肉や油っこいものばかりなのか。
昨日一日何も食べてないのにこんな物を食べたら胃に負担がかかるだろうが!
ということを寝起きでぼっさぼさの頭で顔も洗ってない状態で騎士様に詰め寄った。
騎士様も流石に引いてたけど、そんなの知らん。
少し落ち着いた後、愛理が何か問題を起こしたからと呼びに来たおっさんを、騎士様が私の体調が悪いからと追い返してくれたことだけは見直してやる。
それにしても肉や油っこいものが多かったのは、こっちの世界では体調が悪い時ほど油を食べて元気を出せ、という風習なのらしい。
てっきり嫌がらせなのかと思ってた。
騎士様に怒鳴ったお陰で少し気は紛れた気がしないでもないけど、しばらく私は果物しか食べれなかった。




