終話
なんで私は久し振りに会った騎士様に担ぎ上げられているのだろうか。
しかも婚約者となってから初めて会ったのに。
私、今、婚約者になった騎士様に誘拐されてます。
公爵家の広大な庭を散歩していただけだった。
近くにはメイドさんもいて、いつもと違うおしゃれをして、のんびり散歩をしていたら、いきなり現れた騎士様に担ぎ上げられて、拐われたのだ。
メイドさんが手を振っていたから多分大丈夫なんだろうけど。
私を担ぎ上げたまま、中々の速度で走る騎士様。
騎士様、ポロリしてしまったらどうしてくれるんだ!
こんなことなら今日は、いつもよりちょっとセクシーな感じで攻めちゃう!?なんて胸元の開いた服を着るんじゃなかった。
下品に見えないようにメイドさんに調整してもらった胸元が今やポロリの危険を持つワイセツブツとなってしまった。
だって、いきなり担ぎ上げられるなんて誰も思わないじゃん!?よりによってこんな服を着ている時にさ!
いつの間にか増えているクローゼットの服を着てあげよう。って思っていたら偶々見付けたこの服。どうして今日なら着れるかもなんて思ってしまったんだ数分前の私よ。
少しは痩せたとはいえ締め付けられた腹部が担ぎ上げられていることで更にキツくなる。苦しい!誰かヘルプ!
公爵家の敷地から出ると外にあった馬車に乗せられた。
まずポロリの心配をしながらも胸元を調えていると、騎士様の視線が胸元にあるのに気付いた。
一応は男性の前で胸元を弄るなんてはしたないとは思ったけど、ポロリよりはましだと思って。
っていうか騎士様けっこうガッツリ胸元見てきますね?
どうやら鉄面皮の騎士様でも女体には興味があるらしい。
騎士様が私との婚約をあっさり認めたと聞いた時には、もしかしたら人には言えない恋人がいて、その為のカモフラージュの婚約かと疑ったけれども。
人には言えない恋人のイメージが腐った趣味の友人のような想像しか出来なかった私の脳が残念でならない。男とは限らないでしょ!浮気とか人妻とかもあるかもしれないのに。
や、だって、騎士様が女の人に興味がありそうなところ見たこと無かったし?
でもちょっと待って。
騎士様の心配や逆セクハラの心配より、私は馬車が怖い。
前の世界の乗り物でさえ苦手だったのに、馬車なんて揺れる乗り物に平気で乗れる訳がない。
公爵家三男と乗った時は緊張でそれどころではなかったけれど、今はキツい服と担ぎ上げられた腹部圧迫と相まって最悪なんだけど。
という訳で、叫びながら騎士様に抱き付いてしまったんだけれど、これって逆セクハラになる?
否、きっとラッキースケベになるはずだ。例え騎士様が無反応だったとしても。
騎士様、顔に胸当たってるのに無反応とかどうなん?
案の定、王宮に連れて来られたけど、既に私は瀕死状態である。
うぷ。気持ち悪い。早く服脱ぎたい。お散歩終わったら気軽な服に着替えておやつタイムのはずだったのに。
やりたい放題の愛理を止める為に王宮に連れてこられたことは分かっている。
たった一ヶ月しか持たなかったのかこの国。
自分達が崇める聖女によって崩壊の危機。ウケる。
どうにかしろと言われても、私はまだこの国の国民じゃないし、やる必要あるかな?
愛理のお説教係だって、お給料ももらってなかったしね?
前はこの国で生きていく為には仕方ないと思っていたけど、公爵家奥様のバックを得た今となってはこの国の為に私が動かなければならない理由なんて無い。
でも愛理の従姉妹として少しは責任も感じてはいる。
愛理の部屋は酷かった。
高級そうなプレゼントが中身が見える状態にされたまま、箱から出されることもなく部屋に置かれている。
見た目ほぼゴミである。
部屋の中には偉そうな人達もメイドさん達もたくさんいたけど、誰も片付けようと思わなかったのか。まあ片付けられなかったんだろうけど。
部屋の中には私の部屋に来ていた使えないメイドさん二人もいた。
二人はメイドの偉い人のコネで王宮のメイドをやっていて、愛理付きになったことは公爵家三男の情報で知っていた。
二人は聖女付きになって昇格したつもりでいるみたいでドヤ顔してる。
けれど、その服装は私をかぶれだらけにした残念素材の服で、カエルや虫のラクガキと血糊までご丁寧に表現された見事な仕返し服になっているんだけど、本人達が気付いていないようなのでスルーしておこう。
私はこの二人を許すつもりもないし、愛理や公爵家の人達が仕返ししてくれているところ悪いけど、私はこの二人と関わるつもりはない。
ブーメランがすぐ返ってきたらつまらないし。この二人には無自覚にこれからもブーメランを育て上げて、巨大ブーメランに苦しむ人生になればいいと思う。
部屋の中にいるほとんどの人は私を睨み付けてきた。けど、愛理をどうにかして欲しいという雰囲気は感じる。
そんな空気を感じながら、私は皆が言って欲しいだろうことをスルーだ。
「知耶ちゃん!おかえり~!」
「愛理、何この部屋?これだけメイドさんいるのに、誰も片付けも出来ないの?」
暢気な愛理にメイドさん達への嫌味を返しておく。
そこで睨んでいる人達、言うべきことは他にあるだろう、なんて顔で語っていても、私は知らないぜ?
わざわざ私を誘拐してまで連れてきた騎士様やまともな人達には悪いけど、私はもう聖女のお説教係なんてやってやらない。
こういうことが『性格悪い』になるなのかもね。
「愛理も元気そうで安心した。じゃ、帰るね」
部屋の奥にいる愛理に近付くことなく私は公爵家に帰ろうと出口を目指した。
部屋にいるほとんどの人が驚いてざわついたけど、私は知らん。というか関わりたくない。ていうか、私が愛理を注意することを疑っても無かったことがムカつくわ。
多分この部屋、けっこうなお偉いさん達が揃ってた。愛理をやんわり諌めようとしてて失敗してる。
プレゼントなんかで愛理のご機嫌とろうとしても無駄。
これは愛理の復讐なのだから。
っていうか愛理さん、やってること完全悪女じゃない?
聖女のはずだけど、やってることは悪女のそれだろ。
さっさとこんな所から出て行きたかったけど、もちろんそうは上手くいかない。
扉の外に王子様達の婚約者さん三人が揃っていた。
どうか聖女様をどうにかして欲しいと懇願された。
卑怯だ!こんな美少女三人に頼まれたら断れないだろ!
っていうか婚約者さん達だけにこんなことさせて、更にこの国が嫌いになりそう。
だけど、こんな美少女達に頭下げられて無視出来る?
私は出来ない。
後ろで王子様達もいたみたいだけど、気付かなかった。
仕方がないので部屋に戻った私は愛理と二人にしてもらった。
ぞろぞろ出て行く不満そうなおっさん達や、メイドさんがあんまり動きが遅いので、
「別の国に旅行でも行こうかな」
とボソッと言ってみると、だらだら歩く人達は急に動きが良くなって足早に出て行った。
私は愛理にも分かるように説明した。
公爵家が愛理をどうするつもりなのか。
数年聖女として働いたら公爵家三男と結婚してのんびり暮らせるだろうこと。
でもそれには聖女としての活動をしてから結婚を機に引退、という形になるので、まだ活動してすらいない今は引退が出来ないこと。
入学しないと卒業出来ないだろう、と例えると愛理にも理解してもらえた。
そして、公爵家に入れば愛理の大好きなマヨが食べれることを言えば愛理は途端にやる気を出した。
マヨは私がこんなこともあろうかと公爵家の料理長さんだけに教えておいたのだ。
マヨの作り方を知っていて良かった。
でも作り方は広めるつもりはない。公爵家に来たら食べれるぞ、と愛理を釣る餌にするのだ。
これは公爵家と料理長さんとしっかり契約している。
マヨ教の愛理はこれで結婚後も公爵家から出ようとは思わないだろう。
因みに私はあんまりマヨは好きではないのでこれ以上伝授する予定はない。
あっさり愛理は釣れた。
愛理は部屋の外にまだぞろぞろといた王宮の人達にあたかも皆が仕事をサボっていたように「早く仕事に戻ったら?」と言って仕事に戻させた。
言っても無駄だろうけど、愛理よ、少しは反省しろ。
愛理のことがどうにかなったので公爵家に戻りたかったけれど、そうは上手くはいかなかった。
前の部屋よりもキレイで広い部屋に連れてこられた私は今、騎士様に堅苦しい説明を受けている。
無理やりこの国に連れてこられたことの謝罪に始まり、この国の代表として騎士様が責任取って私を守ってくれるとのこと。
この国では結婚すると妻に対する権利は国王よりも夫の方が強くなるので、私を守る為には騎士様と結婚することが必要なこと。
あんまりにも堅苦しい話に私の体は限界を迎えた。
もう無理だ。
早くこの服脱ぎたい、苦しい!
「騎士様、脱がせて」
何だか卑猥な響きに感じるけど、きっと気のせいだ。
一人で脱げない服だし、ここに騎士様しかいないのだから仕方ない。
背中を向けて懇願する私に、騎士様は一瞬固まって動かなくなったけど、私が締め付ける服が苦しいから脱ぎたいとねだると背中の紐を弛めてくれた。
ただしこの服、服を弛めてもその下の下着も弛めてもらわないと苦しいのは取れない。
そして下着まで弛めてもらって私はやっと息が出来る気がした。
数時間振りの解放感に力を抜いていると、首筋にピリッと痛みが走った。
何が起こったのか理解出来ずにいると、今度は背中に同じような痛みが。
騎士様にまた傷を付けられていることに気付いた私は混乱してどう反応したらいいか分からない。
ていうか騎士様にはほぼ裸も見られているし、既に同じベッドで寝たこともあるような………。
「チヤ」
その時、騎士様から呼ばれた名に、私は驚いて振り返ってしまった。
この国の人には私の名前は発音しにくいらしく、この国で私の名前を呼ぶのは愛理しかいない。
っていうか日本にいた時も名前で呼ばれることは少なかった。家族の中ではお姉ちゃん呼びだったし、学校やバイト先では名字で呼ばれていた。
つまり、騎士様は私の名前を呼ぶ練習をしてくれていたということで。
嬉しいじゃないか。
自然と緩んでしまう顔で騎士様を見ていると、騎士様も何だか柔らかい表情をしているような気がした。騎士様の鉄面皮が崩れた!
「チヤ」
凄い、騎士様!ちゃんと発音出来てる。『爺や』には聞こえない。
子供を褒めるみたいな気持ちでそう思っていると、騎士様の手が私の頬に伸びてきた。
あ、キスされるかもしれない、と思っていると、部屋の扉が軽く叩かれて、公爵家のメイドさんが何人か入ってきた。
舌打ちする騎士様。騎士様って時々柄悪いよね?
公爵家のメイドさん達は私と騎士様を見て、悲鳴を上げた。
どう見たって私が騎士様に襲われているようにしか見えないもんね。
メイドさん達は王宮に用意された私の部屋に公爵家で揃えてもらった服とかを持ってきてくれたようだった。
仕事が早い。っていうかやっぱり公爵家には帰れないのか、残念。
服が苦しくて弛めてもらっただけだと説明して、私はメイドさん達が持ってきてくれた別の服に着替えた。
その間、騎士様はメイドさんに説教を受けていた。
まあ何もない訳ではない証拠が私の見えないところに残っちゃってますしね。
隣の部屋まで聞こえてくるその内容が気になって仕方ない。
既成事実はまだ早いとか、いくら吸い付きたくなるような肌だからと自重しなさいとか、え、メイドさん何言ってるの!?
私が着替え終わってもまだお説教は続いていた。
その内容で実は公爵家で揃えてもらったと思っていた幾つかの服は、騎士様が買ってくれた物なのだと判明した。
後、メイドさん達とのお茶会で用意されていたお菓子も騎士様が買ってくれた物だったらしい。
騎士様はメイドさん達によって婚約者として鍛えられていたらしいのだ。
イケメンな騎士様は公爵家のメイドさん達にも人気だったのだけど、恋人に望む、というよりは観賞用なのらしい。
騎士様があんまりに無愛想なのと、婚約者にまともなプレゼントも用意出来ない男は恋愛対象にはならないらしい。
なので騎士様と婚約してもメイドさん達には嫉妬とかで睨まれることもなく、どちらかというと見守られているような感じである。
ちゃんとしたプレゼントが用意出来るまで結婚は認められないとか、あれ、メイドさん達はどういう立場なの?
新しい部屋は前の部屋よりも広いしキレイだし、置いてあるテーブルやベッドも高そうな物になっていたけど、ぶっちゃけ公爵家の方が色々勝っている、なんてことは口にはしないけど。
また王宮に住まないといけなくなってしまったけど、今度は公爵家のメイドさんが何人か私に付いてくれることになった。やったぁ!
まあ、つまり、王宮ではまともなメイドも用意出来ないようなので公爵家で用意しますよ、という王宮にプレッシャーをかけるやつですけどね。
王宮のメイドさんで前の部屋の時も付いてくれていた唯一まともだったメイドさんもまた付いてくれることになった。
前の時は以前の仕事を兼任しながら私の部屋に来ていた為、メイドさんも大変だったらしいけど、もう前の仕事はしないことにしたらしい。
今回のことで、王宮の私に対する対応も大分良くなった。
まだ魔力酔いで怖い人も多いけど、私がいないと愛理が大変なことを仕出かしてくれることは分かってきたらしい。
それより気になるのは騎士様のことだ。
意外とぐいぐいくる騎士様に私が押されている。
騎士様、私そういうの経験ないから、お、お手柔らかにお願いします。
と困惑気味にお願いしたら唇奪われた。
全然お手柔らかじゃない。
戸惑うことの方が多くて騎士様に振り回され始めてしまったけど、でも嫌ではないのだ。
騎士様にキスされても嫌じゃなかったし、私はけっこう騎士様に心許してると思う。
まあどうせ騎士様だし。
けっこう騎士様には何されても平気な気がする時点でけっこう気持ちは騎士様に向いている、んだろうね。
愛理は聖女引退の為に頑張り始めてる。
目的が引退って(笑)
私はまあ、それなりに?楽しい日々にはなってきた。
ざまあみろ。
って思うのは誰に対してか。
まあ、誰にでもいいよ。
まだ私の異世界生活は始まったばかりだし、これからどうなるか分からないけど、前の生活よりは断然にいいことは確かである。




