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過去回想―魔法使いと神官と治癒魔法

リムが治癒魔法を教わった時のお話。

正直なところ、神官・ライカの名前を出すためだけのお話です。

「え、治癒魔法を教えてほしい……ですか?」


 目の前の相手の言葉に少女は目を丸くして驚きをあらわにした。

 相手の言葉を反芻した少女の名はライカ。神官の少女で、確かに治癒魔法は彼女の得意とするところである。


「うん。だめ……かな?」


 そんな彼女に「お願い」をしているのはリム。勇者の幼馴染で、強力な魔法を使役する魔法使いだ。戦いの場面だけでなく、その柔和な性格から仲間たちの信頼も厚い。

 かくいうライカも一番心穏やかに接することの出来る相手だ。姉のように思っているリムからの願いを無下にしたくはなかった。しかし。


「だめと言いますか……さすがのリムにも難しいのでは?」


 先にも述べたように、リムは魔法の使い手。複数の属性に適性があるだけでなく詠唱の短さや魔法を複数同時に起動し待機させてから発動させるといった、通常の魔法使いには到底出来ないこともやってのける人物だ。そんな人物が治癒魔法にも興味を持つのはわかる。

 けれど何事にも、適正というものがある。そう考え、困った表情でどうしたものかと悩んでいたライカだが、リムは少しばかり訂正を加えた。


「あー、ちゃんとしたものじゃなくてね? 本当にちょっとした、何だったらコツだけでもいいの」

「え?」

「ほら、この間もさ、二手に分かれて行動したでしょ」


 その言葉にライカは記憶を呼び起こした。確かにリムの言うように二手に分かれて行動したことがあった。

 その際、ライカとリムは別行動だったのだが……自分のいない間に何か問題があったのだろうかとライカは首をかしげた。


「私たちの中で治癒魔法が使えるのってライカだけでしょ? 何でかいつも私はライカとは違う振り分けをされるから、私が治癒魔法を使えたらライカが来るまでのつなぎにはなれるかなって思ったんだ」


 リムの言葉を聞いたライカは納得した。けれど実のところ、仲間を分ける必要がある際にはライカとリムを分散させると勇者レグナムがすでに決めていること、そしてリムは知らないようだが、ライカはその理由まで聞き及んでいた。

 リムがいる場合、被害が最小限で済むからだ。よほどのことがなければ自分の出番が少ないことをライカは知っている。

 しかしリムは知らない、いや、理解していない。

 だからこそ治癒魔法も、そう必要ではないと思うライカではあったが。


「リムは備えておきたいんですよね」

「……うん。何かあってからじゃ遅いから」


 リムは魔法への探求が熱心だ。

 それは研究者気質なのも理由のひとつではあるのだろうが、戦いを安定して終わらせたい、誰もが無事でいられるようにしたいという、一種の不安の表れでもある。

 こうして事前に備えることで何かが変わるかもしれない。その想いは感じ取れた。


 ――けれど治癒魔法となると、さすがの彼女でも――


「わかりました。どこまで伝えられるかはわかりませんけど…」

「あ、ありがとう、ライカ!」


 内心では無理だろうと考えつつも了承の言葉を口にしていた。

 何事もやってみて、出来ないと納得するのも必要だろうと考えたからだ。

 けれども彼女、リムは、普通の人間とは違うのだということをライカは改めて思い知ることになる。



「えっと……こうして……こう、かな?」

「全っ然違います、まったくもってかすってません。なのに……なのに何で、発現してるんですか!」

「え、え? 違う? でも動いたよ?」

「ええ、私、自分の目を疑ってます。こんなにも違った術式を、それも独自手法で確立させるだなんて……」


 リムは教わったことを参考にしつつもうまく実現できなかった。だがそのせいか、まったく違う手順で――治癒魔法を発現させた。

 本来の工程からずいぶんとずれた、明らかに失敗だと言わざるをえない方法。

 しかしそれは確かに発現しており、ライカは頭を痛める他なかった。


「意味がわかりません……どうなっているんですかこれは……」

「えっと……出来たものは出来たわけで……」


 頭が痛くなるライカであったが、その理不尽さをため息とともに吐き出した。

 相手はリムだ、本人にその自覚はないが、魔法を使う才に恵まれた存在。

 実際問題として発現できてしまった以上、これをとやかく言っても何も始まらないだろう。


「はぁ……本来ならしっかりとお伝えしたいところですが、私がいない間という意味合いではきちんと役割を果たせるでしょうし……今回はここまでにしておきましょうか」

「その、ごめんね? 私がもっと器用だったら良かったんだけど」


 そう言って苦笑いを浮かべるリムは、きっと未だにことの重大さを理解できていないのだろう。

 神官として何年もかけて学ぶ基礎を素通りしたどころか、独自の術式で魔法を確立させたということは、もはや魔法の創造に近いのだと。


(いつも自分を低く見ているこの人には、きっと伝わらないだろうけれど)


 リムが己を過小評価することは仲間も皆知っていることだった。

 どれだけ功績をたたえても大げさだと言い、その才能について言い聞かせても首をかしげ困ったような笑みを浮かべるのだ。

 なので以前、幼馴染でもある勇者レグナムに尋ねてみた。何故リムはあのように自己評価が低いのかと。

 レグナムの答えはこうだった。


『リムの基準は家にあった魔法書なんだよ。彼らを越えなくてはそう大したことはないと思い込んでいるんだ』


 リムの両親は幼い頃に亡くなったものの、その家と膨大な数の魔法書はリムに遺された。

 その魔法書も幅広い分野に及んだ上、高度な魔法に関する記載もあったという。

 そしてそれらを読んで学んだリムは……その多くを学びながら自分自身に納得できなかったらしい。いわく、書いた人みたいにうまく出来ないから、と。


『俺たちにはもうひとり幼馴染がいるんだが、そいつはこう言ってたな』



『その本の内容を理解して実践できる時点でどうかしているし、各分野それぞれで勝とうとするとか馬鹿じゃない!? 何度言っても納得してくれないし、頑固にも程があるっての!』



 幼馴染が言って納得しないのであれば自分たちがどうこう言っても無駄だろうと判断したライカは別の言葉を口にした。


「次回は絶対、ちゃんとしたやり方を伝えますから」


 決意の意味も込めてそう告げると、リムはきょとんとした表情を浮かべていた。何が意外だったのだろう、彼女ほどの才能があるならば時間をかければきっと正しい手法を学ぶことだって――


「次も教えてくれるの?」


 匙を投げられたとでも思っていたのか、次回があることに驚いていたようだ。

 先ほども自分がもっと器用だったなら、などと言っていた。だからきっと今も、彼女は自分の才能をこれっぽっちも信じてなどいないのだ。


「……当たり前じゃないですか。始めたからにはしっかり治癒魔法を学んでもらいますよ」

「ん、そっか」


 そう告げると、リムは視線を下げた。悲しんだのではない。彼女は微笑んでいた。


「ありがとう、ライカ」


 再び顔を上げたリムの笑顔にライカも自然と笑みを浮かべた。ライカの胸に喜びがこみ上げる。神官としては失格かもしれないが、リムが喜んでくれたこと、そして自分を頼ってくれたことが誇らしいとさえ思えた。

 やがて会話はとりとめのないものへと移ろってゆき、他の仲間が帰ってくるまでよどみなく続いた。

 ありふれた時間。当たり前のように交わされた約束。

 やがて訪れる別れの時を知らずに。





こちらに投稿するの7年ぶりなんですって……宇宙ネコみたいな顔になりました。

当初はラストシーンにリィム視点か、リムの最期の時のライカ視点を加えようかと思っていましたが止めました。

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