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石榴の悲願  作者: 流架
23/23

22・廻り、回り、果てなき時間のその先で

ずっと、ずっと、心の何処かで願い続けたことがある。


たった一言、悪かった、と謝りたかった。







※※※※※







どうしたもんかと殀芽は頭を捻った。

正直に言って、≪聖母金華≫の言うことに嘘は無いだろう。なら、さらに殀芽に出来ることは無い。


どちらかと言えば、意識を失った深雪の身体をどうするかと言ったところだが。


気長に待とうと思ったところで、ふわりと殀芽の眼に見慣れたものが掠めた。深層意識層に降ってくる想いの欠片に良く似たそれは、深雪の身体に淡い水色の光りがふわふわとまとわりついて来た。

夕焼けのような照明のこの部屋ではやや白っぽいが僅かに水色がかった氷色の光り。懐かしい魔力の波動に、殀芽は動揺した。


どうすることも出来ない殀芽は立ち尽くし、氷色の光りと魔力の奔流が一際強い光を発すると───懐かしい少女がいた。



僅かに水色がかった氷色の銀髪。抜けるような青白い肌に、さらに白い氷襲の光理国風のドレス。

強い意思を秘めた、冷たいアイスブルーの瞳。


たおやかで儚げな風情はまるで雪の精───



「───………氷水華」



「久し振りだ、殀芽」



懐かしい少女は、嬉しそうににこりと微笑んだ。






※※※※※






「≪氷水華≫は、≪石榴≫が愛する唯一の女性。これはまぁ、間違いないんだよね。≪リカ≫さんもこれは知ってるでしょ?」



シンは、ゆっくり話し出した。

ただ、話す内容は切ないものなのであまり口調は良くない。そもそも他人のプライベート極まりない内容だから尚更だ。



「ええ」



「でもね、正しくは≪石榴≫が愛することのできた唯一の女性が正しい。≪氷水華≫が愛したことじゃなくて、≪石榴≫が愛した女性が≪氷水華≫さんなんだよ」



「根拠は?」



「≪氷水華≫───いや、氷月さんに聞いた。直接ね」



「………ああ、そう。で、更科さんが今回巻き込まれた理由を聞いたんだけど?」



生まれ変わりってだけの理由じゃ納得しないわよ、と≪リカ≫はシンに凄んだ。このシン=イラディレイトという男は≪石榴の君≫と同類の人種だ。

うっかりすると煙に巻かれる。



「それには、まず前提を理解しないとダメだよ。≪氷水華≫さんは、今となっては彼が≪石榴≫になる前を知っている唯一の人だよ。王としてでもなく、神としてでもなく、ただの軍人の≪殀芽≫を愛したのも、≪氷水華≫さんが唯一の人。そのことを、≪氷水華≫さんは誰よりも深く理解してた。恐らくは≪石榴≫本人以上に」



まだ≪石榴≫が≪殀芽≫として、ただの一人の男として好きに生きていた時間はとても短かった。王になった後は、目的の為だけに≪王≫として生きながら、≪人≫として死んでいった。≪氷水華≫は、誰よりも深く≪殀芽≫を理解していたから、その≪目的≫を止めることが出来なかった。

お互いがお互いを縛り付けるようなこの関係を、愛であるとシンは思えなかった。いや、どう転んでもハッピーエンドにはなり得ない二人に、周りは何も出来なかった。二人がそれで良いなら、と許した周りの責任でもある。


───≪氷水華≫の代わりはいても≪石榴≫の代わりはいなかったからだ。



「だから、≪石榴≫が≪目的≫の為に≪氷水華≫の命を欲した時も、≪氷水華≫さんは躊躇わず≪生け贄≫として差し出した。氷月さんの望みは、≪石榴≫の柵を解放すること。本来なら、≪一回目≫で≪忌紅闇華≫が生まれたときに≪石榴≫も≪生け贄≫として死んで解放されるはずだった」



「………まさか、≪忌紅闇華≫は≪石榴≫が死んで、楽になることは赦さなかった………?」



多少≪忌紅闇華≫と≪石榴≫の確執を知っている≪リカ≫は、ぼんやりと呟いた。




「正しくは違うかな。ただ、結果として、≪失敗した一回目≫の責任を取らされて、≪石榴≫は神の一柱としてラクシャス皇国に縛り付けられた。≪やり直し≫をするために」



姿を変え形を変えて、もう一度舞台を整えるために、千年の月日を使った。もう失敗は赦されない。

犠牲にした命を、無駄にするわけにはいかなかった。

ただ、それは≪忌紅闇華(きこうあんか)≫───≪殀芽≫の子も同じだった。千年の月日を、一人でいきること、自分の≪鍵≫を二人連れてくることと引き換えに。



「≪氷水華≫さんを始め、他にも≪生け贄≫に選ばれた人にも≪やり直し≫が命じられた。≪氷水華≫さは≪雪冥の六花≫に魂を封じて、もう一人は≪場所≫を固定させるための≪楔≫として留め置かれて、千の時を刻んだ」



選ばれた≪生け贄≫達に、加えられた≪鍵≫の存在。

≪二回目のやり直し≫で、≪生け贄≫達は解放された。ただ、新しい≪鍵≫の二人はその魂を≪忌紅闇華≫に囚われた。



「その≪やり直し≫の前に、≪氷水華≫さんは≪聖母金華≫と契約、賭けを持ち込んだ」



≪二回目のやり直し≫の後、≪生け贄≫達の魂は一旦≪時忘れの館≫に留め置かれた、その時に。



「『私の魂は、殀芽に逢うために≪時忘れの館≫に来る』氷月さんは来る方に賭けて、≪聖母金華≫様はそれを赦した」



≪忌紅闇華≫を創るに当たっての、贖罪の一つ。

そして、長い年月をかけて、氷月は賭けに勝った。最愛の男へ≪もう一度≫逢うために。



その為に、深雪の魂は死の縁をさ迷いながら≪石榴≫の元へ落ちた。



「深雪ちゃんは、≪氷水華≫さんの≪鍵≫だよ。彼女の最後の約束を果たすための布石の、最後のパーツ───自分の≪魂≫が、≪時忘れの館≫に来るのを、氷月さんはずっと待っていたんだ」



氷月は死んだ後、自分の心を二つに分けた。

一つは自分の分身とも言える剣へ。

一つは≪時忘れの館≫に住む≪聖母金華≫の元へ。


自分が死んだ後でも、自分の心を壊させること無く‘もう一度’逢いたいが為に。

一番信頼できるシンに剣を預けた。間違いなく、剣を自分の魂に返すことのできる人物として。



「≪氷水華≫さんが‘もう一度’に拘った理由はね、自分が生け贄だって知っていたから」



俺の為に死ねるか、その問に、即答出来るほどに。



「そのまさかだよ。だから今回の‘もう一度’に氷月さんは拘った」



≪リカ≫にも、ようやくそこで合点がいった。

そういうことか、と、この状況に納得できた。






※※※※※







深雪は、ふと自分の意識に何かが引っ掛かるのを感じた。


氷月に自分の身体を使われている間、深雪は自分を深層意識層に沈めて、ふわふわと微睡んでいた。まるで怠惰な微睡みは心地好い。


その時に、深雪の意識に何かが引っ掛かる感覚があった。意識が引っ張られるのとはやや違うが、少しだけ夢から覚めたような。


目の前に、見知った顔に良く似た顔の人物が現れた。



まず眼についたのは長い、艶やかな黒髪。さらりと音を立てる髪は滝のように流れ落ち、たっぷりとした黒い服の上で見事な艶を放つ。

艶やかな黒髪に縁取られた顔は、まるで人形のように整った白皙の美貌。滑らかな白い肌に、紅い唇と鼻筋の通った鼻、きりりと細い眉。大きな切れ長の瞳がバランス良く配置されていた。

強烈なモノクロのコントラストの中で、深い深紅色の瞳が鮮烈な色を放っていた。


≪石榴の君≫───殀芽から男らしさを抜いて若くしたような。



「………あなたは」



氷月の記憶の中に居た、少年だった。

≪石榴の君≫の子供。氷月が育て上げて、殀芽の次に愛していた少年。

しかし、呼ぼうとしたその名前は出てこなかった。



「もうその名前は封印したんだ。誰にも呼べないようにな」



申し訳なさそうに言う彼は、氷月の記憶とは違って見えた。二千年、いやそれ以上を生きてきて変わらない訳がない。人の姿形をしていながら、どこか人間とは違う雰囲気。

が、彼が深雪の深層意識層にいる時点でおかしい。此処は彼の領域ではない筈だ。



「どうして、此処に」



「オレは≪願いを叶えるもの≫だからな。呼ぶ人間が資質さえ持っていれば、物理的心理的な距離や障害は無いも同然なんだ」



あっさりとチートなことを言ってくれる彼は、そこで改めて、と言葉を続けた。



「≪忌紅闇華(きこうあんか)≫だ。知っているだろうが≪石榴≫の子で、氷月の養子でもある。ああ、後は≪リカ≫の元上司で、シンとは友人、か?」



「なんでそこだけ疑問系?私は、更科深雪」



「やり直しの時に、あいつは色々と巻き込んだからな。深雪か、良い名前だ」



その言葉に、深雪は納得した。失敗した一回目のやり直しに、付き合わされたのだろう。

ラクシャス皇国の末裔という要素が必要だから。



「そう、で何をしに此処まで来たの?」



ただ単にお喋りしに来たわけでも無いだろう。

すると、≪忌紅闇華≫は苦笑した。



「実は、礼を言いに来たんだ」



「お礼されるような事をしたつもりはないのに?」



深雪からすれば、ちょっと眠るだけだ。

初対面の彼から礼を言われる謂れはない。



「時間をくれただけでも充分だ。オレは、あの二人に何も出来ないから」



氷月は、≪忌紅闇華≫に捧げられた生け贄だった。≪石榴≫は、≪忌紅闇華≫を生まれさせる為の司祭の役割を振られていた。

その結果でもある≪忌紅闇華≫本人に、何かなど出来るわけがない。



「知っているんだろう?あの二人の事や、オレの事も。オレの役目は、深雪の心を無事に魂に返すこと」



氷月が、これ以上存在できないことを深雪は知っている。もう、‘もう一度’は作れない。



「本当なら≪星紅輪華≫に頼むのが筋だが、アレは部外者だからな」



「そう。じゃあお願い。実は起きれる気がしなくて………」



「………氷月が消えたら、自動的に心はあるべき魂へ戻る。気にするな」



今はもう深雪のものである魂が、異物である氷月を長い時間受け入れられない。

もう、氷月は死んでいるのだから。



「だから、少し眠るだけだ」



オレが守るから、安心して眠れ───

微睡んだ深雪の意識は、そこで途切れた。


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