魔と火の第二級魔法使い ジュゼリア・ファン・グイレオン
私の名前はジュゼリア・ファン・グイレオン。
名誉あるグイレオン子爵家の長女にして、いずれヴァスコルニア国で最高の魔法使いになる魔女だ。
美しい容姿と、天が与えた魔法の才能。
この力でグイレオン家を押し上げる。
貴族ならば誰もが思うこと。
自分の力で家を強くする。
己の名を家の栄光ある歴史に刻む。
それを私も当たり前のように志した。
私にはライバルがいる。
隣接するベルネレット領の令嬢だ。
リーファス・ネゼ・ベルネレット。
なんでも”天才剣士”と呼ばれているらしい。
そのことは私も聞き及んでいた。
私と同い年だし、同性だし、天才だし。
意識せずにはいられなかった。
方々で活躍し、将来は第一級剣士になり、騎士団を率いるのは確定。それどころかベルネレット家始まって以来の大躍進すらするだろう──という触れ込みだった。お父様も大絶賛していた。
グイレオン領とベルネレット領は、特段険悪な仲ではない。いずれの領主も聡明で堅実、安定した領地運営のおかげで、トラブルはほとんど起きていない。起きたとしても話し合いで十全に対応していた。
だというのに──。
「ジュゼリア・ファン・グイレオンっ! 私と勝負しなさいっ!」
13歳の頃、決闘を挑まれた。
勝敗は彼女の圧勝。
元より魔法使いと剣士が狭いフィールドで「よーいどん」で戦うことがおかしいのだから、こんなのは当然の結末だ。それに魔法は威力が高すぎる。手加減してあげないと。当たったら本当に死んじゃうからね。
こんなものは常識だ。
「ふふん、凄かったでしょ!」
「ミス・リーファス、見事な腕前でした。感服いたしました」
「私は天才剣士だからね。負けても悔しがる必要はないよ。ミス・ジュゼリアもなかなか強かったからね。将来は良い魔法使いになるんじゃないかしら?」
なかなか腹の立つ子だなと思った。
私たちの代で、ベルネレット領とグイレオン領の平和は終わるのかなとも。
だが、私は感情をしっかりと制御した。
私は大人になることで、報復をすることにしたのだ。
おかげでリーファスは、あの時期、若干肩身が狭くなったらしい。
剣と魔法に精通する貴族たちは、決闘という形式における魔法使い側の不利をよく知っている。そのことを鼻にかけるリーファスは、浅ましい振る舞いをしていると見られた。
しばらくして、リーファスは謝りにきた。
「ミス・ジュゼリア、決闘の件、陳謝するわ……私、隣の領に”天才魔法使い”がいるって聞いて、そいつを倒したらまた私の名声が高まると思って……」
リーファスは目元を腫らしながら、赤裸々に語ってくれた。己の野望を。ともすれば醜いとさえ思われる企みを。
告白されなくとも、そんなことは見え透いていた。でも、彼女が話してくれたことで、私の彼女を見る目は変わった。
「別に怒ってなんかいないよ。でも、まあ、もし命を奪うつもりでやるのだったら、私はミス・リーファスに負けるつもりはないとだけ言っておくね」
それから私たちは、交流が増え、仲良くなっていった。
リーちゃん、ジュゼちゃんと呼び合う仲になった。
もちろん、ただの仲良しではない。
お互いをライバルとして認識した。
私たちはともに選ばれし者。
私たちはともに神様から贈物を賜ったんだって。
一緒に大きくなって、免許の昇級速度を競ったりした。
でも、いつだってリーファスは、私より少し先をいった。
王立免許管理局で試験官に就いたのも、リーファスが2カ月だけ早かった。私もすぐに追いついたけど、これはかなり悔しかった。
剣の天才と魔法の天才。
互いの領域がぶつかり合うことはない。
私たちは互いを認め合っている。
互いを高め合っていると確信している。
「はあ、はあ、はぁぁ、はぁ……っ」
観戦席から見下ろすフィールド。
リーちゃんが肩で息をし、滝のような汗を流している。
崩れた髪型も気にせず、滴る雫を拭うこともせず。
綺麗な淡い碧眼は、震える手で握っている──斬られた剣を。
さっきのはリーちゃんの必殺の刺突、奥義『星穿ち』。
何度も見せてもらったことがあるからわかる。
あれを避けられた怪物も、剣士もいなかった。
なのに、避けられたばかりか、剣を斬られた。
これは大変に難しいことだ。視認困難な点の攻撃、それを正確にとらえ、刹那で横からの力を加える。斬撃の軌道としても難しいはず。
目が良いだけでは成り立たない。
完璧な距離感、なによりも絶対の自信がいる。
リーちゃんはよく、技術の自慢と同時に、何が難しいのかを語ってくるので、私も剣には意外と詳しい。
あの、どこの馬の骨とも知れない汚い村娘は、それをやってのけた。いや、わざわざやったんだ。「私にはこんなこともできるんだよ!」。無邪気に自分の技術をひけらかすように。あのニコニコした笑顔が、あの無垢さが、余計に腹立たしい。
「剣が折れるなんて珍しいな」
「リーファス試験官、すこし適当にやりすぎなんじゃないか?」
なにもわかってない他分野の試験官たちが、呑気に話している声が聞こえる。
私はいくらか理解できる分、頭が真っ白になってしまった。
リーちゃんは負けてしまったんだ。
あれは喧嘩だった。
試験官が受験者の実力をはかる、という名分を越えて、誇りをかけた戦いへ発展していた。そのはずだ。リーちゃんは最年少記録を誇っていたんだから。
「うぅぅ……」
涙が出てきた。悔しかった。
リーちゃんの経歴に傷がついた。
私の唯一肩を並べる親友が……あんな顔をするなんて。
リーちゃんが試験会場を離れたあと、私はすぐあとを追いかけた。
「リーちゃん!」
「ジュゼ、何も言わないでくれるかしら」
「……うん」
「ひとりになりたいの。ごめん」
「ううん。気にしないで」
リーちゃんは振り返りもせず、行ってしまった。
ヴァスコルニア国始まって以来の天才剣士。
そう誇った彼女の背中は、いつもよりちいさく見えた。
私は試験官用の控え室でしばらくボーっとしてしまった。
「オーファルのスカーレット……」
思わず口に出す。
忌々しい村娘。
どこの田舎の者なんだか。
私のリーちゃんを傷つけた。
というかなに。
なんであんなに強いわけ。
14歳のおこちゃまでしょ?
あんなに強いわけがない。
リーちゃんは第二級剣士。
それを倒せるわけがないんだから。
おかしい。年齢詐称……ありえる。
実際は30歳を超えた熟達の剣聖なのかも。
ちょっと童顔なだけで。
もしくはリーちゃんが体調悪かったのかな?
うん。そっちのほうがしっくりくるかも。
「ジュゼリア試験官、そろそろ、魔力属性始まりますよ」
「あっ、はい。今行きます」
中杖を腰に差す。
「あ」
いた。
あのガキ。
オーファルのスカーレットが。
どうやら魔力属性の魔法試験も受けるらしい。
あれだけの剣の才があるというのに、魔法まで使えるなんて。
こんなことが許されていいわけがない。否、私が許さない。
きっとこのことを知ったら、リーちゃんはもっと落ち込む。
なんとかしないと。なんとかしないと!
その時、私の脳裏に閃きが走った。
そうだ。私ならなんとかできる……。
「すみません。オーファルのスカーレット、私にやらせてください」
目上の試験官にお願いして、担当試験官になった。
試験会場に忌々しいピンク娘が入ってくる。
「受験者、オーファルのスカーレット。担当試験官、ジュゼリア・ファン・グイレオン。魔力属性、第六級魔法試験、これより始めます」
私の目にはもうあの馬の骨しか見えない。
オーファル? どこそれ。聞いたこともない。
「ジュゼリア試験官……? 進めて」
評価シートをペンでつつきながら、上長がちいさな声をかけてきた。
「……それでは、オーファルのスカーレット。魔法を見せて」
「はい。第一段階『魔力の矢』を生成します」
第六級の試験は、あっさりと終わる。
試験官の仕事は、ほとんど今ので終わりだ。
第三級のような実戦形式の戦闘能力を測ることはない。第一段階の魔法を行使できれば、それだけで第六級免許は手に入る。
「ところで、その杖は借り物?」
馬の骨が目を丸くする。
「はい。友達から借りました」
「私の試験では、本人の所有している杖以外を使うことを認めない」
「どうしてですか?」
「それがルールだから」
馬の骨は不服そうに眉をひそめ、持っていた大きな杖をゆっくりと地面に置いた。
よし。これでもう魔法使えないでしょ。
「っ」
馬の骨が両の手のひらで、胸前で隙間を作る。
間の空間に蒼い光が収束し始めた。
まずい。杖無しでもできるのか。
こうなったら──。
心のなかで唱える。
『魔力妨害』。
詠唱をともなわない分、威力はさがる。
「あれ?」
馬の骨の手のなかで、蒼い魔力は砕け散った。
ふふふ。どうだ。これが本物の魔法。
第四段階の魔法さえ、これで妨害できるんだから。
「……」
あれ、馬の骨がじっと私を見てくるんだけど。
な、なんで。もしかして気づかれた?
体が熱くなる。悪いことをしてる自覚が、緊張感を高めてくる。
「もう一度、やります」
馬の骨の再挑戦。
何度だってやらせないんだから。
喰らえ、第四段階魔法『魔力妨害』!
さりげなく脱力した指先を向け、村娘の魔力を乱す。
「ふんっ」
だが、今度は蒼い光は砕けなかった。
そんな。耐えてる! 『魔力妨害』で指向性が乱れるのを、自信の魔力の操作精度で保ってるんだ。なんて力業を……っ。
魔力の操作能力だけは、高いようだね。
なら──『術式湾曲』!!
「うわっ!」
馬の骨は驚いた声をだして、蒼い光を爆ぜさせる。
第五段階魔法。
術式を曲げて暴発させる魔法だ。
ふふふ、完璧に決まった。
どうだ。私を怒らせた罪、思い知るがいい。
「……」
うっ、やっぱり、こっち見てくる。
これ気づかれてる……っぽいな。なんでわかるんだろ。
「こ、こほん。えー、失敗ということで──」
「もう一度だけ、お願いします」
「いえ、もう2回ダメでしたので、また練習してきて──」
馬の骨は私の話を聞かずに、再び『魔力の矢』を生成し始める。それもさっきより遥かに速い速度で。
こいつ、不意をついて魔法を展開しきるつもりだ!
させるか、『術式湾曲』!!
破裂しろ!
「むっ」
馬の骨は、蒼い光が散る直前、ぐいっと手元を曲げる。
あれ、暴発しない……まさか『術式湾曲』で曲げられた状態に適応したの? そ、そんなことできる? 半分から先、直角に折れた剣で普段のパフォーマンスを発揮するようなものだ。
頭が真っ白になる。
この子……天才なの?
「ふふ、なるほどなるほど」
馬の骨が口角をあげる。
楽しげにちいさな笑顔を浮かべている。
それまで暴発を耐えている状態だったのに、すこしずつ術式が先に進み始めた。矢が完成しようとしている。
やはりそうだ。理解してるんだ。
曲がったあとの術式でそのまま行こうとしてる。
この私にこれだけの魔法を使わせて……っ。
わかったよ。じゃあ、もう終わらせてやる。
「……『魔力吸搾』っ」
小声で漏らす。
手のひらを大きく開けて向ける。
「っ!」
馬の骨の手元、矢になりかけていた蒼い光が霧散していく。それまでの収束とは逆の現象だ。さすがに驚いている。このまま消し去ってやる。
ピンク色の瞳がこちらを見てくる。
気づいてるんでしょ。ふん、もういいよ。
あんただけは合格させないから!
第六段階魔法。
相手が発生させた現象を分解し、魔力に還元、己に取り込む術だ。
『魔力の矢』程度の構築魔力なら、ほぼ一瞬で吸い取れる。
ほぼ一瞬で──あれ?
「うっ。んんんん……!」
馬の骨の手元、光が消え切らない。
こんなに吸ってるのに。
まさか、このガキ、足してる!?
「コォォォ」
馬の骨が、やや腰を落とし、踏ん張るように両手のなかの光を守っている。
そういうことね。
私が吸ってる分、足して維持してるんだ。
この忌々しい……っ、そんな芸当ができるなんて。
天賦の才。
それを認めざるを得ない。
でも、でも、絶対に負けないんだから!
私だって選ばれし者なんだから!
私はちいさな頃から偉大な魔法使いにつきっきりで、魔力の使い方と魔法の深遠を教えてもらってきたんだよ。たくさんの魔導書に囲まれて、恵まれた環境で! どうせ草と土しかないような場所で育った田舎娘に負けるわけにはいかないんだ!
「くっ、くっ、ぅぅぅううぅ……ッ!」
蒼い光が、強くなる。
それにつれて私の視界がかすみ出す。
気分が悪くなってきた。
吐き気、頭痛、腹痛、節々の痛み、めまい。
立っていられなくなり、膝をついて、ついに崩れてしまった。
『魔力吸搾』。直接の戦闘での価値は語るまでもない強力な魔法。さらには相手の魔力を己のものとすることで、長期的な活動で使えるリソースの総量を大きく上昇させる極めて有用な魔法だ。
ただし、一点だけ注意点がある。
それは水と油は簡単には混ざらないということ。
自分の魔力と、他人の魔力は、様相が違うのだ。
『魔力吸搾』で吸収した他者の魔力が、自己同一化するまでには、時間がかかる。短時間で吸収しすぎると、それはワイン樽に泥水を流し込んで台無しにするに等しい。
「うぅぅう、ああぁ」
この馬の骨め……っ、さっきリーちゃんとあんなに打ち合ったのに、それでも私よりもまだ魔力保管量が多いなんて……化け物だ……。
こんなのが世界にはいたなんて。
しかも6コも年下だし。
私は……私たちは、選ばれし者ではなかったの?
視界が涙で滲んでくる。
鼻水とか、よだれとか多分出てる。
もうぐしゃぐしゃで訳わからない。
苦しい。痛い、気持ち悪い。
悔しい、悔しい、悔しい。
あんなの、ただ魔力が強いだけじゃん!
ただの才能だけじゃん!
私の方が難しいことやってるもんっ!
私の方が凄いんだもん!!
私の方が偉いことやってるもん!!!
私の方が……私の方が……──。
「やった! できました! 『魔力の矢』!」
「うぅぅう、オーファルの、スカーレットぉ、ぉ……っ」
その顔、その名前、絶対に忘れない……っ!
私は言葉にならない怨嗟を滾らせる。
しかし、裏腹に身体が言うことを聞かなくなる。
やがて意識は暗闇の底へ落ちていった。
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