魔女に憧れて
領都ウィルストップに来て、こんな出会いがあるなんて。
はあ、はあ、スカーレットさん、あまりにも眩しい。
同じ歳の女の子だなんて、とてもとても思えない。
落ち着いていて、冷静で。
私のことを颯爽と助けてくれた!
まるで吟遊詩人さんが歌って聞かせてくれた白馬の王子様みたいに!
誇張なしに、生まれてからこれまで彼女ほど頼りになると感じた人はいなかった。両親でさえもうすこし現実味があった。スカーレットさんは現実味がないほどに完璧な子だ。
だって輝いて見えるんだもん。その綺麗な横顔を見つめてるだけで、なんか、こう胸がきゅうってなる。あの凛々しい瞳が、私を見てるとわかると、体が熱くなる。
美しくて、カッコよくて、強い。
村の女の子たちには感じなかった感情が、いま私に湧いてる。これが恋ってやつなのかな?
うぅ、調子に乗ってるのはわかる。
身の程知らずなのも、わかってる。
でも、でも、もうちょっと仲良くなれたりしないかな……?
────
剣術試験が無事に終了した。
結果が出るまではすこし時間がかかるみたい。
いやしかし、楽しかったぁ~!
本当によかった!
マーリンの剣とは全然違うね。
地味なんだけど、実直で堅実っていうのかな。
あの試験官、リーファス、なんとか。
あんなに上手なんだ。
きっと頑張り屋さんなんだろうな。
わたしは頑張ってる人間が好き。
途中から喧嘩みたいな打ちあいになっちゃったけど、それはきっとあの子が剣に本気だったからだと思う。
だから、あの子が泣き出したあと、フォローをしておいた。
どれだけの効果があるかは、わからないけど、せめてもの誠意ということで。
この世界には、たくさん剣士がいて、その数だけ剣がある。
楽しみだな。もっといろんな剣士と打ちあってみたいな。
「さてと、次は魔法試験か」
私は伸びをする。
そうです。
魔法試験も受けます。
発端はちょっと前のこと。
────
剣術試験の受付を済ませ、エリナと待ち合わせた。
「あ、あの、スカーレットさん、もうすこし一緒にいていいですか?」
「もちろん。いいですよ、わたしもエリナさんと一緒に街を見たいと思っていましたから」
「ほ、本当ですか!? 嬉しい……っ」
彼女を突き離す理由も特になかったので、了承した。
こんなに喜ばれると、なんだか照れくさいね。
「あっ、そうだ。その、今更なんですけど、私なんかにそんな丁寧に話されなくても大丈夫ですよ? スカーレットさんにそんな風に話されると恐縮しちゃって……」
他人行儀、ということだろうか。
エリナはわたしと仲良くなりたいのかもしれない。
まあ、いいか。心の壁を作る理由も特にはない。
「それじゃあ、エリナももっと砕けた感じにして」
「は、はい、わかりました!」
あんまりわかってないかもぉ。
試験まで時間があったから、ご飯でも食べることになった。
「あ、スカーレットさん、あれなんて美味しそうじゃないですか!?」
「ん。確かに。ケバブ的な料理。良い香りだね」
「あれケバブっていうんですか? スカーレットさんは物知りですね!」
一緒に歩きながら、屋台でお肉を挟んだパンを買う。名はケバブだった。賑やかな通りを歩いてるだけで楽しいのに、美味しいごはんまで食べちゃうなんて贅沢だ。それに同性の友達とおしゃべりしながら歩くとは。試験とは関係なく、もう楽しいね。
通りから少し離れた場所、ちいさな公園の木陰を見つけて腰をおろす。
「エリナはなんの試験を受けるの?」
「魔力属性の第六級です。スカーレットさんは剣術の第三級ですよね。すごいなあ。とても同い年だとは思えないです……っ」
「まあ、わたしは張りきって生きてきたからさ」
5歳から強さを求めてきた。それがこの世界の道理だと察したから。目的を定めたのなら、あとはそこへ到達するためのプロセスを積み上げる。それが前世からのわたしのやり方だ。頑張り続ければ、どんな長い道でも必ず踏破できると信じてる。
前世の記憶を持っているわたしは異質なんだろう。
普通の村娘の生き方とは比べるべくもないことだ。
「エリナはどうして魔法を使えるようになったの? 誰かに教えてもらったの?」
「実は村に魔法使いのおばあさんがいるんです。その人のおかげで、私にも魔力があることがわかって、それで昨年、教えてもらったんです! まだ『魔力の矢』しか使えないんですけどね……」
「それだけでも免許は取れるの?」
「はい、取れますよ! ひとつ使えれば、第六級は取れます!」
剣の第六級も、剣術を使えなくても取れるらしい。
六は、ほぼ素人でも取れるものなんだろうな。
うーん。
「エリナの『魔力の矢』、見てみたいな」
「はわわ、もちろん良いですよ! で、でも、その、あまり期待しないでくださいね……」
エリナは周囲を伺い、大杖を置いて、両手を胸のまえで構える。
わたしはちいさな手のひらの間を覗き込むようにし、ぴったりと身体をくっつける。外から見えないように体で影を作る作戦だ。
「ごくり」
「ん?」
エリナは頬を染め、わなわなと震えている。どうしたんだろ?
「大丈夫?」
「へ、平気です! い、行きます!」
ちいさな手のひらの間に、光が収束し始める。それは線の形になった。先端は鋭利、末端には羽がついている。確かに矢だ。というか、ダーツみたいだ。
「ちっちゃいね」
「はうっ」
エリナは消え入りそうな声を出した。
まずい。失言だった。傷つけたか。
「こ、これはですね、普段は大杖を使って発動してるからでして、本当はもう少し大きいの出せるんですよ!」
「なんかごめんね。魔法の難しさも知らないのに」
「い、いえ! そんな謝らないでください!」
エリナは恐縮しながら目をつむる。
「エリナ、もう一回、やってみてくれる?」
「はえ? い、いいですけど」
わたしはエリナの両手を外から包むように手を重ねた。
「は、はひ!?」
瞬間、エリナはビクッと震える。息遣いが少し荒い。心臓の律動もはやまってるようだ。魔法による消耗かな。
「頑張って、エリナ。深呼吸しよ」
「はあ、はぁ、はい……っ」
「この状態で魔法を使ってみて」
「ふう、ふうう」
エリナは苦しそうにしながら、魔法を行使する。
ちいさな手のひらの間に光の矢が生み出される。
「なるほどね」
エリナのちいさな手にかぶせていた両手を離す。
「あっ」
切なそうな声を出すエリナ。
わたしは自分の太ももにリラックスして両手を乗せ、意識を集中させる。いましがた《《感じたもの》》を、そのまま形にしてみる。
何もない虚空。そこに光が収束し始める。
光は尖り、羽となり──1本の光の矢が生成された。
蒼色がかった光で編み出された矢だ。
「ふえぇぇえ!? す、す、スカーレットさん、魔法使えないんじゃ!?」
「エリナが丁寧に見せてくれたおかげだよ」
「そ、それって、まさか、まさか、見ただけで、もう修得しちゃったってことですか……!!?」
わたしはマーリンから《《基礎的な魔法練習》》だけは教わっていた。
その内容は厳密にいえば、魔法の修得の仕方だ。
魔法がどういうものかを知り、いかにして体得するか、そのプロセスを教えてもらっていた。魔導書があれば一番手っ取りはやい。厳密な術式が記されている。魔力をそれどおりに構築できれば魔法は形を成す。
でも、魔導書がない場合でも、魔法を教わることは可能だ。基本的な手法は、口頭で術式を伝えてもらうこと。その通りに魔力を動かすこと。隣で指導者にアドバイスしてもらいながらだとなお良い。
ただ、マーリンが教えてくれたやり方は違っていた。
具体的には、見て、触れること。これが一番効率的といっていた。
「魔力を感じる力を研ぎ澄ますんだよ、スカーレット。魔力の形をより鮮明に感じることができれば、魔法の解剖、理解、想像は何倍も何十倍も精緻になる」
つまるところ、基礎的な魔法練習とは、感じる力を磨くことだった。
わたしは『魔力の矢』を修得した。
────
……ということがあった。
わたしは念願の魔法使いになったのだ。
ふふ、そうです。
今日からは魔女スカーレットでもあるってわけ。
前世では、ずいぶん憧れた響きだ。魔女。
今でこそ剣が好きだし、剣士として成長してしまったが、本当は魔法使いになりたかったんだ。剣士はマーリンの教育方針のせいで仕方なくなっただけで。
前世での子供の頃、魔女が世界を旅する小説が大好きだった。行く先々でヘンテコな国を訪れて事件に巻き込まれるんだ。
でも、現実的だったわたしは、いつしか幼きメルヘンな夢を封じた。社会のなかで上を目指すことばかり考えるようになった。
まさか死んだあとに幼い頃の夢が叶うなんてね。
とはいえ、ヴァスコルニア国は先進的な国。
免許がなければ、魔法の使用は取り締まられる対象だ。
だから、魔法の免許も欲しくなっちゃった。
今度いつ領都に来れるかわからないしね。
それでケバブを胃におさめたあと、すぐに王立免許管理局に戻って、魔力属性・第六級魔法免許試験も受験することにした。
受験料はマーリンが多めに用意してくれていたおかげで、捻出することができた。
「魔力属性・第六級の受験者の方、こちらにお集まりください」
時間だ。
急ごしらえだけど、いけるはず。
あの後、エリナと一緒に時間が許す限り練習したし。
「あなた、魔法試験も受けるの?」
声をかけられる。
女性がいた。
水色の髪と、蒼い瞳。
高貴な顔立ちに試験官の服に身を包み、腰にはステッキサイズの杖を差している。
髪や顔回り、衣服や靴の清潔感から、身なりに気を使っていることがわかる。それすなわち、身だしなみに気を配る立場と意識があるということ。貴族であろう。
さっきの剣術試験の時、いたかも。
ちらりと観戦席を一瞥した時に、若干見覚えがある。
「受けます」
試験官が険悪な空気を放ち始める。
「ふーん……あれだけの才を持っていながら、魔法の才能もひけらかそうというのね。忌々しい娘。身の振り方をもうすこし考えたら。あんまり自由にやってると知らずのうちに敵だらけになるよ。魔法試験はやらないほうがいいね」
刃物のような魔力を感じる。
魔力から感情を感じる。
怒り、憤り、恨み、蔑み、嘲笑……いろいろある。
わたしのことどれだけ嫌いなんだろ。
免許欲しいだけなのに。
「でも、受験料もう払っちゃいましたから。受けるだけ受けてみます」
「……あなた、杖は? 見たところ持っていないけど」
「杖は友達に貸してもらおうかなと」
「舐めてるの?」
「そういうわけではないです」
受ける予定なかったけど、さっき魔法使えるようになったから受験することにしました──とかいったら怒られそうなので、言わないでおこう。
「もういい。せいぜいお祈りでもすることね。無事に合格できるように」
「応援ありがとうございます。頑張ります」
「……ちっ」
癖でつい斬り返してしまった。
水色の髪の試験官は、苛々しながらさっさと行ってしまった。
試験会場に着き、フィールドに出ると、そこには再び彼女の姿があった。
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