剣聖の流派 第二級剣士 リーファス・ネゼ・ベルネレット
20年前、ベルネレット家に私という才能が生まれた。リーファス・ネゼ・ベルネレット。神に祝福されたとしか思えない可愛い顔と、くすみのない黄金の髪、ひと目でどんな殿方も魅了する碧眼。幼少期から私はすっごく可愛がられた。
5歳の頃、私に魔力があることが判明した。
ベルネレット家は、古くは動乱の時代に武功をあげた騎士によって成り上がった歴史がある。すっかり平和になった今でも、その理念は変わっていない。
強い騎士。ヴァスコルニア国の守護者。
それがベルネレット家にふさわしい姿なのよ。
私は期待された。
魔力は選ばれし者の証。
ベルネレット家を興した騎士も魔力使いだったらしい。
8歳の頃から、兄様たちに混ざって厳しい訓練が始まった。
「はっ! はっ! はぁあ!」
「良いぞ、リー。素晴らしく筋が良い。どうかな、先生、うちのリーは。かなりセンスが良いと思うのだがね」
「ご息女は類稀な才能を持っているかと。恐らくは”100年に一人の天才”」
「え? マジ? うちの子、そこまですごいの……?」
私の才能は魔力だけではなかった。
剣の才能もあったのよ。
我が家の剣術指南役は舌を巻いて絶賛してくれたわ。
10歳で第六級の剣術免許を取得した。
12歳で第五級の剣術免許に受かった。
15歳の頃、第四級の剣術免許に合格した。
史上最年少とのことだった。女の子なのにだ。
この頃には、ふたりの兄を同時に相手しても、負けなくなっていた。
「リーは天才だな」
「もうベルネレット領で、リー以上の剣士はいないんじゃないか?」
ウィルストップのところの令息令嬢と、親善試合をやることになった。剣の腕に覚えがあるとのことだった。
七太刀だ。それですべてを終わらせた。
4人を倒すのに、合計で7回剣を振ったという意味よ。
私の実力を聞きつけて、公爵家の騎士や、指南役、王家の王子もお見えになった。その時も私は実力と才能を見せつけた。
私の名声は瞬く間に広まった。
”天才剣士”、”剣聖の再来”、”美しき姫騎士”、”100年に一人の天才”──とかとかね。ふふん。
当然のことよね。
美貌、魔力、天賦の才。
私は天に選ばれし者。
しかも天才なだけじゃない。
幼少の頃から、努力してきた。
たくさんたくさん、頑張ってきた。
誰よりも真面目に、必死に取り組んできた。
負けるわけがないのよ。
野心も野望もない、ボンボンの貴族なんかに。
ベルネレット子爵家の威信のために私はある。
我が家を、私の代でもっと偉大にするのよ。
16歳の頃、第三級剣術免許を取得。
18歳の頃、第二級剣術免許に合格。
どっちもまた史上最年少記録。
私は伝説になりつつある。
いえ、もうなっているのだけれど。ここは謙遜ね。
あと2年以内に第一級を取る……そうすれば、史上最年少記録は維持される。そこまで走りきれば、ようやく少しだけ肩の荷が下りるかな。
「上級騎士リーファス・ネゼ・ベルネレット、あなたの卓越した剣技を認め、王立免許管理局における試験官の任を与えます」
王家の承認を得て、私は正式に試験官に抜擢された。
これが18歳の頃の話だ。以来、2年間、実家で鍛錬に明け暮れ、社交界では華やかに着飾り、領内の問題に騎士として対処しつつ、2カ月に一度、ウィルストップに出向して、試験官の仕事をこなしてきた。
今回も領都ウィルストップで開かれる剣術試験の試験官を引き受けた。
「おはよう、剣聖会の皆さん」
「おや、”100年に一人の天才”様がいらっしゃったか」
王立免許管理局にやってきて、試験官の皆様へ挨拶をしてまわった。社交だ。試験官の大半は貴族世界の住民。
特に剣聖の流派の試験官たちは、剣聖会というものを組んで仲良くやっているわ。2カ月に一度、顔を合わせる友達って感じね。
「めぼしい受験者はいた? 剣聖の流派の未来を担うような」
「さてな、見たところは特に。ひとりだけ第四級の免許を取りにきてるが……」
「いつものアイツね。もう5年も落ち続けているんだっけ」
免許局の常連受験者というのは、いる。
特に第四級以上からは、それ以下よりも難易度が大きく上がる。
局の統計によれば、剣術免許保有者の8割が第六級と第五級とのことだ。
そんな難しい免許を15歳で取ってしまうんだから、やはり私って天才なのよね。それに頑張り屋さん。神に与えられた才能を、慢心することなく、今なお研ぎ澄まし続けているんだもの。
「すこし見てくるわ」
「はいよ、行ってらっしゃい」
剣聖会の控え室を離れて、受験者たちを見に行く。
見たところボンクラばかりね。
本当にただ帯剣許可を貰いにきたった感じのやつら。
剣の高みなんか見ていない低き者だわ。
「剣聖の流派でお願いします」
「等級はいかがしますか?」
「第三級を」
ざわざわと騒がしいエントランスが静まり返った。
私も思わず、固まってしまった。
いま第三級って言った……?
心臓が早鐘を打つのがわかった。
体温がじんわりあがった。
視線を向ければ、受付にひとりの女がいた。
ピンク色の髪をした女。みすぼらしいギャンベゾンに身を包んで、鞘に納められた剣を両手で抱きかかえている。
剣士見習いだ。
つまり無免許。
そんなのがいきなり第三級を?
思わず凝視していると、ピンクの髪の女は受付を離れて近くを通り過ぎようとした。
目鼻のはっきりした整った顔立ち。
艶のある髪とほど良く焼けた健康的な肌……。
すらりと高い背。膨らみのわかる胸。首まわり、肩幅、手元──鍛えられたしなやかな筋肉を持っていることはすぐわかる。
確かに練習を積んでいるのでしょうね。素人ではない。
服装のダサさを見るに、田舎の出身。それも貧しい場所だわ。
「ちなみにあなた何歳なの? ずいぶん若く見えるけれど」
「今年で14歳になりました」
やっぱりそうだ。
私の記録を2年も短縮されることになる。
腹が立った。
こんな村娘が私を脅かそうとしてる。
あなたみたいな田舎者が、私より才能があるとでも言いたいの? そんなわけがないじゃない。私は8歳から剣を振り続けてきた。優秀な剣術指南役のもと、質の高い鍛錬を積んできた。
理解させる。
あのピンク髪の村娘に。
「おかえり、リーファス上級騎士。どうでした。めぼしいのいなかったでしょう?」
「ピンク髪の無免許娘。第三級を受けるらしいわ」
「え? 無免許で?」
「あれは私にやらせてね」
午後になり、順々に試験が始まった。
現代の剣術試験は主に、一対一で行われる。
昔は違ったらしい。試験官の数と設備が十分でなかった頃は、システムはとても未熟だった。足りなさを補うように、受験者同士をぶつけたという。それを試験官たちが観察し、技量を見極める方式が採用されていたとか。
でも、それでは明らかに精度に欠ける。
不確定要素が多すぎる。利口ではない。
現代ではシステム、施設、試験官が揃っている。
なので、試験官が直接、受験者を測るのが普通だ。
一定の技量を保証された剣士が、それを基軸に相手の技量を評価する。これが試験の正しい形だ。
試験官たちは、等級に応じたチェック項目を把握している。剣を振るう速度、重さ、受けを成功させた回数、フットワーク、型の正確な切り替え。あと流派ごとの技をしっかり網羅しているか、などなど。
担当試験官と受験者のやりとりを、外からさらに2名以上の試験官がチェックすることで、等級の質は保たれる。ある程度は、担当試験官の感性に左右されるところだが、おおよそ間違いは生まれない。
「第三級なんて久しぶりだね、リーちゃん」
「任されるなんて、さすがですね、リーファス姉さま!」
魔法担当の女の子たちに送り出される。
試験会場に足を踏み入れる。
四方に観戦席が設けられている。
観戦席にはちらほらと試験官たちの姿がある。自分の担当を終えた者、これからのもの。剣術以外の試験官もいる。いつもの光景だ。
「受験者、オーファルのスカーレット。担当試験官、リーファス・ネゼ・ベルネレット。剣聖の流派、第三級剣術試験、これより始めます」
フィールドで土を踏む、ピンク髪の村娘。
こっちをまっすぐに見つめている。
木の剣を片手で廻して遊んでいる。
スカーレットっていうらしい。品のない名前。いかにも田舎者って感じだわ。オーファルとか聞いたことないし。
身の程知らずで恥知らず。
世間知らずの礼儀知らず。
この私が理解せてあげるわ。
「では、担当試験官、どうぞ」
評価シートをつける2人の試験官のほうへ、目礼をしてから、軽い足取りでスカーレットに近寄る。
まずは乱受け。
受験者の基礎的防御の技術を見る。
第三級の乱受けは、かなり速めに打っていいもされてる。一流以外をふるい落とすために。
魔力纏い50%で様子見ね。
全身に力が漲る。
「はっ!」
打ち込む。スカーレットは止める。
ちっ。反応はいい。それに50%を完全に止めた。
魔力をそこそこに使えるようね。
連続で打ち込む、スカーレットは防戦一方。
余裕を感じる。体幹が崩れてない。
後退もしない。その場に留まってる。
私の打ち込みが弱い?
すこしギアをあげる。
魔力纏い70%。
出力をあげても、スカーレットがその場を動くことはなかった。
嘘でしょ、なにこの子……っ。
強く打つほど、打ち味が気持ち悪くなる。
まるで巨大な岩を軽い木の棒で叩いてるみたい。
動かない。響いてない。その気配すらない。
「ふふ」
ニコニコしてる。
この村娘ぇ……っ、馬鹿にしてるの!?
体が熱くなってきた。
奥歯を噛みしめ、ギリっと音が響く。
評価シートを付ける試験官を見やる。
真剣な眼差しで、前のめりになってる。
彼らも気づいてる。
このスカーレットという子、相当やってる。
乱取りに入る。
「そっちも打ってきていいわよ」
「はい」
受験者にも、試験の流れはおおまかに伝えてある。
なので「打っていい」だけで伝わる。
魔力纏い90%。
剣に本気で向き合ってきたから、嘘はつけない。
強い。おそらく、14歳の頃の私よりも……。
でも、いまの私より強いなんてありえないんだからッ!
「フアッ!」
私は地を蹴り、強く打ち込んだ。
空気が震える。スカーレットがわずかに地を滑った。
はは! 動かしたわ! 舐めないでよね、この──。
「ツエア!!」
刹那のこと。スカーレットの気迫に満ちた掛け声。ともに弾き出される彼女の身体──。
気づけば吹っ飛ばされていた。
宙を回転し、観戦席に頭から落下する。
「うぐ、ぁッ!」
「うおぉお……!」
「リーファス上級騎士、大丈夫か!?」
「大丈夫、全っ然、平気だからッ!」
もう本当に怒った。
あのクソガキッ、許さない!
こっちが手加減してればいい気になって!
魔力纏い100%。
一足で観戦席を蹴り、割り、体を跳躍させ、フィールドに着地する。
ニコニコするスカーレットは、楽しげに微笑んでいる。まるで新しいお人形さんを買ってもらった女児のように……私がおもちゃって言いたいわけ!?
「トゥルアァアア!」
一気に攻める。
連続の剣撃。
フィールドに力が吹き荒れる。
熱が迸り、汗が散る。
スカーレットはステップを使い始め、受け流し、止め、斬り返してくる。
こっちの攻撃が止められる時は岩のように重く、流される時は水でも斬ってるみたいにとらえどころがない。そして、斬り返しは鋭く、正確に急所を狙ってくる。
あらゆる技術を網羅している。
確かに第三級レベルの剣士なのかもしれない。
でも、そんなの関係ない。
この村娘だけは合格させない。
私は負けたくない。
記録は抜かさせないッ!
剣聖の流派・奥義『閃光』。
最速の剣。光に追い付く神速の斬撃。
その刃の反射が見えた時、肉と骨は絶たれているわ。
ガギンッ!
火花が煌めいた。刃が欠ける。
纏った魔力が割れて、飛び散った。
スカーレットは止めていた。
ピンク色の瞳は爛々と輝いていた。
私の瞳を覗き込むかのように。
このッ……!
嫌だ、嫌だ、負けたくないッ!
私の方が強い!!!
剣聖の流派・奥義『双竜斬』。
魔力を用いた高速の連撃。
ふたつの斬撃が、全く同じタイミングで襲いかかる。
再び、私の剣が刃こぼれする。
ピンク色の髪が揺れ、たなびく。
スカーレットはたやすくいなした。
「はあ、はぁ……はあ、はぁ……っ」
剣聖の流派・奥義『死角の一撃』。
斬り返しに行う、順手・逆手持ち替えからの奇策。
剣聖の流派には珍しい不意を掴む技。
間隙に剣を押し込み──止まった。
スカーレットが手で私の刃を握っていた。
「あっ」
「危ないの使ってくるんだね」
止められた!? 嘘でしょ!?
指は、切れてない!
とてつもない握力で、一瞬のうちに剣の速度がゼロにされたというの……!
「ふん」
膝蹴りを打ち込まれ、私は大きく後退する。
剣は離してくれていた。
「っ」
私の剣、刃こぼれがいくつも入ったそこに、《《手型があった》》。スカーレットが掴み止めた場所だ。私の魔力で覆われた剣身を掴んで、止めたどころか、握り潰しかけていたんだ。
心の底から、言い知れない感情が湧いて来る。
……怖い。
恐い、強い、嫌い!
「うぅぅ、うあぁあああ!」
剣聖の流派・奥義『星穿ち』。
全霊で地を蹴る。
放射状の亀裂がフィールドに刻まれる。
神速へと至った五体から、全身の力を乗せて放つ刺突。
ギンッ! パリンッ!
突きだした私の剣、それが半ばで折れた。
否、これは──斬られた。
突きの一瞬をとらえ、横からやられた。
スカーレットの『閃光』だ。
彼女は私の武器を破壊しながら、素早く身を翻し、距離を取った。
私の渾身の突きは、空を掴み、私はみっともなくバランスを崩しながら、着地する。
「はあ、はあ、はぁぁ、はぁ……っ」
手のなかに握られた剣を見やる。
これが折れてくれていたのなら、どれほど良かったか。
斬られるなんて。そんなこと……!
肩が震える。足先から冷たさがのぼってくる。
言葉が、言葉が出てこない。
父様、母様、兄様たち!
そして指南役が信じた私は本物の天才だって証明する!
最強の剣士に、私はなる! その一心でここまで……ッ。
みんな、どんな目で見てるんだろう。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、私を見ないで!
「受験者、スカーレット、もう十分だ。見事な腕前だったよ」
フィールドの外で評価シートをつけていた試験官が、止めに入ってきた。助け舟を出されちゃった……うぅぅぅ、悔しいぃぃ……。
こんなのって、こんなのってないよ。
視界が滲んでくる。瞳の奥からこみあげるものを堪えられない。決壊して溢れ出す。
私は選ばれし者などではなかったんだ。
《《本物》》は、ほかにいたんだ。
オーファルのスカーレットっ。
その名前、その表情、覚えたんだから……!
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