王立免許管理局
「それじゃあね、リネック。本当に助かったよ」
剣を抱えながら、リネックへ手を振る。
「スカーレットちゃん、達者でやるんだよ。試験頑張って」
「うん。頑張るね。ありがとう」
リネックの去る背中を見送る。
彼は荷を売って、明日には村に帰る。
わたしのほうは違う。
領都ウィルストップに来た理由は主に2つある。
ひとつ目は、王立免許管理局で、許可証を得ること。
ふたつ目は、冒険者ギルドに登録することだ。
ヴァスコルニア国が100年の平和を実現した背景には、革新的な免許制度の効果があったと言われている。国内に存在する武力を把握し、管理しやすくなったんだとか。
騎士たちは、武装している者に対し、免許の有無を確認する裁量を持っており、これを確認できなかった場合、捕まえることもできるんだとか。
まあ、真の目的は免許の発行と更新の手数料らしいけど。なので免許制度は、100年経ったいまでも一定の批判を受けているのだとか。
マーリンいわくギルドで登録するためには、免許が必要らしいので、先に管理局のほうへ行くことにした。
「へえ、面白いなぁ」
街並みを見て歩いているだけで目が楽しい。賑々しい通りを見ていると、前世の頃を思い出す。これだけたくさんの人がいる光景は、ずいぶん久しぶりに見た。
喧噪と雑踏からすこし離れれば、そこには路地がある。いつの間にか、ウィルストップの複雑に入り組んだ街並みに魅了されて散歩を始めていた。まだ明るいしもうちょっと楽しんじゃおう。
階段をのぼり、家々の隙間を通り、迷路のような道を歩く。記憶が刺激される。そうだ。前世でイタリアのミラノを訪れたことがあったんだ。こんな感じだったなぁ。
「や、やめてください……!」
ただならぬ声。女の子の声だ。
誘われるように曲がり角の向こうを覗き込む。
「いいじゃねえかよ、少し付き合ってくれよ」
「田舎から来たんだろ? ウィルストップのこといろいろ教えてあげるからさ」
人気のない細い路地。
大きな杖を抱えた小柄な少女が、二人組の男に行く手を塞がれている。
曲がり角から身をのりだして、肩を壁に預ける。
小柄な少女はわたしを認めたようで、潤んだ眼差しを向けてくる。そんな目で見なくても大丈夫だよ。
「こほん」
咳ばらいをひとつ。
男たちがこちらを向いた。
動きが固まる。舐めるような視線。
「おっ、あっちのほうが可愛いぞ……」
「胸もおおきいな……」
わたしは柔らかく微笑み、手招きしてみる。
「君、すごい可愛いねぇ、ねえ、どうして見て──」
話しかけながら近づいてくる二人組。わたしは近づきながら、ひとり目の顔を拳で打ち、ふたり目は鞘をつけたまま剣でぶっ叩いて、空中で錐もみ回転させとく。
あとには静けさだけが残った。
小柄な少女に向き直る。
緑の髪の幼げな顔の子だ。
これは目をつけられる可愛さだ。
歳はわたしと同じくらいな気がする。
「大丈夫ですか?」
「ありがとうございます、わざわざ助けていただいて……っ」
杖を両手で抱えて、小走りで近づいてくる。
「わ、私、エリナです!」
「わたしはスカーレット。気にしないでください。歩きましょっか」
「は、はい!」
大事にならないうちに現場を離れよっと。
「スカーレットさん、すごくお強いんですね……! さっきの一撃! 手、痛くないんですか?」
「大丈夫ですよ。鍛えてますから」
エリナは心配するように、わたしの右手を撫でてくる。
「本当だ。赤くもなってない……」
エリナは目を丸くした。
わたしの手を怪しむように揉んだり、ひっくり返したり……ちょっとくすぐったいな。
「こほん。それ。魔法使いの免許取りにいくんですか?」
わたしはエリナの抱える大杖を指差す。杖には、機能を封じる鎖が巻き付いている。
「そうなんです。街に入る時、鎖をつけるように言われて。そのために免許を取ろうと思って。あっ、もしかしてスカーレットさんもですか?」
「わたしは剣ですけどね」
大通りに出てきた。
賑やかな喧噪に包まれる。
「わ、私、14歳で! スカーレットさんはおいくつなんです?」
「わたしも今年で14ですよ。王立免許管理局、どこか知ってますか?」
「あっ、たぶん、あっち……」
エリナが指差すほうへ向けて歩き出す。散歩は打ち切られちゃったけど、まあ、そろそろ向かおうと思ってたからいっか。試験に遅れたら困るしね。
「スカーレットさん、同い年なのにしっかりしててすごいですね……! すごく落ち着いてて、大人っぽくて、その、カッコいいです……っ」
「ありがとうございます。エリナちゃんも立派ですよ。ひとりで田舎から出て来たんですよね」
「な、なんでわかったんですか!?」
「さっき街に入る時、鎖をつけられたって」
「あっ、そ、そうですよね。自分で言ったんでした。恥ずかしい……」
エリナは顔を俯かせ、頬を染めた。
可愛らしい子。こんな子が剣を振るうなんて。
「あ、あの、スカーレットさん、私、なにかお礼をしたいんですけど……」
「お礼ですか?」
また律義なことで。こんな善良だと心配だよ。
まあくれるというのなら貰っておこうかな。
「お金ならすこしあります!」
「うーん……」
お金なら順当だけど──。
「エリナちゃんは魔法使えるんですよね?」
「使えますよ! 得意なのは『魔力の矢』です!」
エリナの表情が明るくなる。
「でも、どうしてわたしが魔力を使えるってわかったんですか?」
「感じますからね」
「感じる……? わかるんですか、私の魔力」
「もちろん。エリナも感じるでしょう。わたしの」
「スカーレットさんも魔力使いなんですか!?」
この感じ、わかってなかったんだ……。
「すごいです……スカーレットさん! そこまで魔力の理解を深めているんですか……っ」
「大したことじゃないですよ。そんなに褒めないで」
頑張ったことを褒められるのは嬉しいけど、レベルの低いことを褒められるのは好きじゃない。「遅刻しないですごいですね!」とか「毎日生きててえらい!」とか、そんなことでおだてられると、馬鹿にされている気分になるもん。
あるいは擦り寄られている不快さかな。
見え透いたヨイショに苛立ちすら覚えるんだよね。
他人の魔力を感じ取るなんて当たり前のことなんだからさ。
「ご、ごめんなさい! でも、本当にすごいことだから……っ。少なくとも私は今までそんなことできる人、見たことないです!」
エリナが嘘をついてるようには見えない。
そういうものなのかな……?
マーリン以外の魔力使いに会うのは初めてだから、いまいちわからないや。
「あの、怒ってますか……?」
エリナは上目遣いで自信なさげに伺ってくる。
「怒ってないですよ」
「ほっ。よかったです……」
「魔法、もしよかったらわたしに教えてくれませんか?」
「うええ!? で、でも、その、たぶん、私でも使える程度の、第一段階の初等魔法なので、スカーレットさんのレベルに合うかどうか……」
「うんん、それでも嬉しいですよ。なにせわたし、魔法を使えないので」
「あ、スカーレットさんは魔法使いではなかったんですね……でも、それじゃあ、どうしてそんなに魔力使いとして熟達してるんですか? 他人の魔力を感じ取るなんて」
わたしは剣を持ち上げる。
「わたしはずっとこっちばかりだったので」
「剣……剣士として、魔力を使っていたんですか。女の子なのに珍しいですね」
「そういうものなんですか」
「ええ、たぶん。だと思いますけど」
こんなに比較情報を持ってるなんて。エリナは物知りだな。田舎っていっても、たくさんの人の往来がある場所で育ったのかもしれないね。
「たぶん、あの建物ですよ!」
話しながら歩いていると、エリナが突然、前を指差した。
純白の石造りの大きな建物がそびえていた。
飾りの少ない白い外壁には、赤、青、緑、黄色などの垂れ幕がさがっており、それぞれに複雑な紋章が刻まれている。
幕たちの垂れこめる先、建物はちいさく両開き扉の入り口を開けていた。そこへ剣や杖を持つ者たちが、吸い込まれていく。
試験は2カ月に一回。
みんな今日という日のために集まったんだ。
「魔法、あとで教えてね」
「はい! 任せてください!」
エリナにこそっと耳打ちして、約束を取り付ける。
やったね。これで念願の魔法が覚えられる。
目標はマーリンの使ってたくらいすごいやつだね。
エントランスのなかには、鞘に納められた剣を持ってる人がたくさんいる。免許試験の受験者だろう。列に並ぶ。
「剣聖の流派・第六級剣術試験、受付完了です。頑張ってください」
「火属性・第六級魔法試験は、ほどなく始まります。試験会場でお待ちください」
「槍術試験は、本日は受付しておりません。詳しくは案内所で配布されている試験スケジュールをご確認ください」
4つの受付で、列に並ぶ者たちがどんどん処理されていく。
前世で自動車免許センターで定期的に見た光景を思い出す。
「こんにちは。試験を受けに来ました」
わたしの番がやってくる。
綺麗なお姉さんが対応してくれる。
「こんにちは、お嬢さん。剣術免許試験でよろしいですか?」
「それでお願いします」
「流派はどこで登録しますか?」
剣の世界には、三つの主要な流派がある。
ひとつ目、剣聖の流派。
バランスの取れた剣術が特徴。攻守において隙が無い。堅実の剣。
ふたつ目、銀狼の剣法。
柔軟なる受け流しが特徴。防御が硬く崩しにくい。カウンター型の剣。
みっつ目、狩人の剣術。
縦横無尽、変則的な剣技。体術や投擲術までを含んでいる。
「剣聖流でお願いします」
「等級はいかがしますか?」
「第三級を」
わたしがそう言うと、受付のお姉さんは目を見開いた。口を半開きにし、言葉に詰まっている。周囲の受験者たちの空気も変わった。ざわついた声が聞こえる。
「あの子、第三級の試験受けるのか……?」
「無謀だ。記念受験だろ」
「お金勿体ないな……」
「初なら大人しく第六級受けておけばいいのに」
「その、第三級試験の料金は、5万シルバーとなっておりますが」
「これで足りますか?」
受験料が入った大きな革袋を受付に置いた。
マーリンがたびたびオーファルを離れ、働いて作ってくれた大事なお金だ。金額的に第三級までしか受けられない。マーリンは、わたしなら第一級の剣術試験でも受かると言っていたけどね。
マーリンいわく、免許の等級は、実力の証明とのこと。だから、等級が高いほど危険な怪物退治などの依頼を受けやすくなるとか。
その意味では、第三級でも十分ではあるらしい。なのでひとまず、わたし自身の力で、シルバーを確保できるまでは、第三級でやっていこうと思う。
「確かに受け取りました。こちら余りになります」
1万シルバーも返ってきた。
なんだか得した気分。うれしい。
「剣聖の流派・第三級剣術試験でお待ちしております。頑張ってくださいね」
「はい、頑張ります」
対応してくれたお姉さんに頭をさげ、受付を離れる。わたしの後ろに並んでいたエリナが予約を始める。
「第三級を受けるのね、あなた」
耳につく高い声。視線を向けると、ひとりの少女がそこにいた。剣を腰にさげている。ということは免許保有者ってことになるのかな。
黄金の髪と淡い碧眼の美しい子だ。背後に控えている従者と、彼女の華やかな装いがすでに平民とは身分が違うことを示している。
九分九厘、貴族の令嬢だよね、この子。
周囲の受験者たちの空気がピりついている。
この子がこの場の気を支配しているんだ。
「ふーん、見たところ免許を持っていないようだけれど?」
「はい。持っていません」
「それで第三級を受けると?」
「そのつもりです」
淡い碧眼が細められる。
敵意を感じる。
わたしのことが嫌いみたい。
何か癪に障ることしちゃったのかな。
「自己紹介が遅れたわね。私は局から今日の試験官を任されているリーファス・ネゼ・ベルネレット。ベルネレット子爵家が第一令嬢よ。あなたを見ることもあるかもしれないわね」
試験官なんだ。この子が。
若い。かなり。20歳前後な気がする。
「ちなみにあなた何歳なの? ずいぶん若く見えるけれど」
「今年で14歳になりました」
「それで第三級を受けようとしているとは……ふん。まあいいわ。田舎のおのぼりさん。自分の力を信じるその図太さ、誰でも持ち得るものではないもの。何も知らないというのは幸せなことね。せいぜい頑張るといいわ」
貴族令嬢は、不機嫌そうに言い残し、さっさと行ってしまった。
あの子、魔力が刺々しかった。
たぶん、かなり剣も使えるんだろうね。
「ふふ」
思わず笑みが漏れる。
剣に打ち込んで9年。
こればかりやってれば愛着も湧く。
マーリン以外の剣、初めてだな。
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