領都ウィルストップへ
マーリンに勝てた。
まさかこんなに強かったなんて。
かなり疲れた。今日のために2週間前から魔力をほとんど使わずに貯蓄していたのに、半分以上を消耗している。
あんなに凄い魔法を使う姿は、これまで一度も見せてくれなかった。わたしのなかでの認識では、魔法も使える剣士だったけど、実際は逆だったのかも。彼は剣も達者な魔法使いだったんだ。
でも、対処法を教えてもらっていたのでどうにかなった。魔力は根源の力。魔力には魔力で対抗できる。
なので対処に困った時は、剣から斬撃として魔力を放ち、魔力抵抗した。
スマートじゃなかったな、とは思う。
この戦い方じゃあ、消耗が激しすぎるしね。
リソースの交換が成立してないレベルだ。
やはり、対魔法は避けたり、隠れたりするのが定石だね。
どうしても必要な場合だけ、消耗覚悟で相殺を試みよう。
まだまだ改善点はある。
PDCAを回していかないと。
「ねえねえ、マーリン、もうひとつの約束も忘れてない?」
祝祭でにぎわう村に戻りながら、わたしはたずねる。
「魔法のことかい」
「そう!」
覚えてた。
「最後の試練を越えたら、魔法を覚えてもいいって言ってたよね」
「うん、言ったね」
「そのまえに理由を聞きたかったんだけど」
「理由?」
「なんで魔法を教えてくれなかったの?」
───
僕の眼は特別だ。スカーレットが果てしない才能を持っていることは、すぐに気づいた。懸命に鍛えていけば、その伸びしろは天井知らずだってね。
資質を見抜くのは得意なんだ。
僕は『キングメーカー』だからね。
でも、困ったこともあった。
彼女の才能は豊かすぎたんだ。
長い時のあとどの程度の存在になっているか、僕にはそれが漠然と見える。スカーレットは、剣の道でも、魔法の道でも、大成する予感がした。
もし彼女を腐らせてしまうとすれば、それは僕が欲張って、どっちつかずになること。僕はそれを恐れた。だから、より土台となる技術領域である剣に絞らせた。
剣の技術は、のちの魔法にも活きるからね。
魔法使いは頭で魔力を操ろうとするが、僕の経験上、肉体の感覚に任せるほうがずっといい。そして、肉体感覚と魔力操作を密に擦り合わせるには、剣士の修行が効果的というわけだ。
まあ、僕としてはまだまだ剣は伸びるとみてる。末恐ろしいがね。だから、剣を完全に極めてから、魔法領域に手を伸ばして欲しい気持ちはある。魔法の修得は、剣とは勝手が違う。そちらに注力してしまうと、どうしたって時間を使うからね。
とはいえだ。
ここまで剣の器が完成すれば、もうつまずくことはない。
だから、禁止する必要もないだろう。
「ねえねえ、なんで教えてくれなかったの?」
じれったくなったように、スカーレットはたずねてくる。
「まあ、それはまだ言えないかな」
「え、まだ言えないの!?」
驚いてる驚いてる。いいね。
謎を残すことで、師匠としてのメンツを保つ。
なにか深い理由があると思わせておく。
ふふふ、浅ましいと思うかい。だろうね。
「でも、もう君は魔法を覚えていい。あとは好きに魔法の世界を楽しむといいよ」
「わたしはマーリンに魔法を教えて欲しかったのに。さっきのすごいやつとか。結晶の魔法もすごく綺麗だし」
あっ、まだ必要とされてる。嬉しいなぁ。
「あれはさすがの君も覚えるのは年単位でかかると思うよ。そんなに待てないのだろう?」
「まあ……待てないけどさ」
村に戻ってきた。
孤児院の子供たちがスカーレットに駆け寄る。
「どっちが勝った!?」
「ふたりともボロボロだよ!?」
一応、スカーレットも炎に包まれたので、それなりに煤汚れている。ふふ、子供たちには僕がボロ負けだったことは伝えないでおこう。メンツは大事だからね。
────
最後の試練の翌日。
わたしは荷馬車に揺られていた。
春の祝祭を思いっきり楽しみ、皆に別れを告げた。
孤児院の皆が作ってくれた革のブーツを履き、シスターたちが縫ってくれたギャンベゾンを身に纏い、交易でたまたま手に入ったボロボロのグローブを締める。カバンに干し肉とパンと水筒と着替えを一着、それとマーリンが用意してくれた受験料を詰めた。腰にはマーリンから譲ってもらった剣がある。
「……」
過ぎていく景色を眺める。
時折、振り返る。
もうオーファルは見えなくなっていた。
わたしは孤児院から持ってきたゴワゴワの枕を荷台に置いて横たわる。剣を腰から外し、抱きかけるようにして持つ。寝よう。
「スカーレットちゃん」
御者に話しかけられた。
村の馬飼いだ。名はリネック。オーファルで荷馬車を持ってるのは、彼のほかに4人しかいない。なので一番仲の良い彼に、送迎をお願いしたのだ。
「やっぱり、騎士団に入るのかい?」
騎士団。貴族が組織する武装集団だ。各地に騎士とそれに連なる従騎士を派遣したり、駐屯させて、領内の諸問題に対応している。と、マーリンが言っていた。
「入らないよ。わたしは冒険者になるんだよ」
枕に頭を乗せて、目をつむりながら答える。
「そっか。騎士団に入れば将来は安泰なのにな。スカーレットちゃんほど可愛ければ、きっといずこの騎士様に目をかけてもらうことも夢じゃないだろうし」
「かもね」
まあ、それは当然だろう。
なぜならわたしは可愛いから。
「従騎士として騎士に仕えて、キャリアを積めば、いずれは騎士になれるって聞いたぞ」
「わたしもそう聞いたよ。7歳くらいから従騎士として働けば、20代後半くらいには、だいたい騎士にしてもらえるとか。キャリアアップが確約されている分、一定の魅力はあるよね」
「そこまでわかっててどうして」
「でも、王にはなれないよね」
「王様ねえ。スカーレットちゃんの夢は大きいなあ」
「ビッグな女なんだよね。わたし」
リネックはチラリとこちらを振り返り、「たしかに大きいね」と言った。胸を見ていた。気配でわかる。知り合いじゃなければ拳を入れてるところだ。
「そうだ、リネック。けっこう村を出るじゃん。なんか知らない。危険な怪物が暴れている噂とか」
「聞いてどうするんだ?」
「もちろん、殺しにいくんだよ」
「そ、そうか。いや、あんまり聞かないな。行っても、ウィルストップとオーファルを往復するくらいだからなぁ。この道で怪物を見かけたことはほとんどないし」
怪物の情報は、ギルドに行かないと手に入らないかな。
「ありがとう。すこし寝るね」
領都ウィルストップに着いたのは、それから2日後のことだ。
石造りの高い城壁に包まれた城塞都市は、外から見ると威圧感に満ちていた。ゲートハウスで軽くチェックを受ける。怪物や禁制品の持ち込みがないかを確かめているらしい。
「ほう? 女だてらに剣士気取りかい?」
太った衛兵は、下卑た笑みを浮かべる。鞘を被った短剣で、ちょんちょんっと腰の剣を叩いてくる。周りも止める気配はない。
「可愛い顔して怖いねえ、お嬢ちゃん」
「……」
「愛想のない子だ。まあいい。それじゃあ、チェックするよぉ~? まずは足」
ぽんぽんっと叩く感じで、全身を触られる。
隣でリネックは青ざめた顔で、わたしを見ている。
こいつはやる。今決めた。
でも、この場で衛兵を殴るのは難易度が高い。
この位置関係、タイミングが大事だね。
「チェック、終了。免許がないのなら、腰に剣をさげないようにね。両手で鞘を持って、柄を握らないこと。いいねえ、お嬢ちゃん」
「はい」
ぶっきらぼうに返事して、通してもらう。
太った衛兵とすれ違う。
「はい、次の人──」
深く集中し、周囲の気配の動きを逐一把握する。
息遣い、散漫な意識、視線、立ち位置──噛み合う刹那はある。隙間は必ずある。
ここだ。
「──ぉぉ」
背後で人が倒れる音がした。
自然な感じで振り返る。
「え? あぁあ!? 衛兵長!? どうしたんですか!?」
「なんだなんだ、急に倒れたぞ!」
「不摂生が祟ったんじゃねえか。この人、最近太りすぎだし」
騒然とするゲートハウス。
衛兵たちは、倒れた太った衛兵を引きずって、隣の部屋に運んでいった。
「はい、行った行った」
衛兵たちは何事もなかったかのように、入場する人と物の流れを動かし始めた。
「スカーレットちゃん、な、なんかしたの?(小声)」
「何もしてないよ、リネック」
「そっか、ならいっか……」
何もしてないけど、一応、恐ろしく速い手刀で人間の首根を打つと、あんな感じになる。
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今日はあと1話投稿します!




