王の器
マーリン。わたしの先生。
あるいは師匠と呼んだほうがいいかな。
会った時から見た目があまり変わっていない。どこか中性的な優男。根底には胡散臭さばかりを感じる。きっと何か企んでいる、昔はそう思ってた。
でも、意外と善良な男だと今では知っている。
彼の剣術を習ってきた9年間だった。
結局、魔法はほとんど教えてもらってない。
「ところで、自分は魔法使うんだね。そんな大きな杖持っちゃってさ」
「なんだい、スカーレット。君らしくもない。卑怯だとでもいうのかな?」
「言う」
「卑怯じゃありません。言いがかりはやめてください」
マーリンは半眼になり、抗議してくる。卑怯だと思う。わたしには魔法全然教えてくれないのにさ。
「っ」
マーリンのオーラが変わった。飄々とした態度が顔に張り付いて、いつも緊張感がない表情ばかりだったのに、いま、彼の灰色の双眸は真剣味を帯びている。
初めてだ。
こんな顔をするんだ。
マーリンはこれが最後の試練と言っていた。
これは本気で掛からないと命が危うい。
それだけの覇気を彼は放っている。
「……」
「コォォォ……」
わたしは息を細く長く吸う。
かつてない緊張感。言葉はもうない。
わたしは両手で剣を握りしめる。
今日、己を賭してきた技で彼を倒す。
────
杖を握る左手に、じんわりと汗が滲む。
この僕が緊張しているのか? いや、武者震いかな。
目の前に立つスカーレットの佇まいには隙がない。
桃色の髪と瞳。孤児院の庭で泥だらけになりながら腕立て伏せをしていた少女は、立派なレディに成長した。いまや誰もが目を奪われる美しさと、圧倒的な威圧感を纏っている。まだ幼さはあるけれどね。
気絶するまで自分を追い込む無茶によく冷や汗をかかされた。僕はその健気な努力を誰より近くで見守ってきた。愛しい愛弟子であり、どこか自分の娘のようでもある存在。
「では、はじめようか」
僕の宣言と同時に、風が吹き荒れた。
彼女が一歩を踏み込む。それだけで足元の土が爆発するように弾けた。
速い。やはりもうついていけないな。
合わせようと思ったけど、出だしから振り切られた。
間合いを詰めた彼女の鋼の剣が、僕の首筋へ横一文字に走る。
僕は左手の杖を持ち上げ、事前に用意していた最大化三重詠唱『蒼深き結晶の盾』を展開した。
幾何学模様の蒼い光の壁が具象化し、立ちふさがる。鼓膜を刺すような激しい金属音が響く。物理防御魔法のうち、僕が使える最大のものだ。
「ん」
不機嫌そうに顔を歪める我が愛弟子。
悪いねえ、スカーレット。
君が来る前に置いておいた。
負けたくなんかないんでね。
さて近距離最大火力で──。
パリ、と音が響く。結晶にヒビが走った。次の瞬間、第一の盾が薄氷のように砕けた。間髪入れずに第二、第三の盾も粉々になる。あ、まじか。
僕は体を反らし、右手の長剣で肉薄する刃を受け流す。激しい火花が散った。腕に重い痺れが走る。鉄の塊を叩きつけられたような重量感だ。
「くっ……!」
加減という言葉を覚えてほしいな!
後方へ飛ばされながら、僕は空中で左手の大杖を振るった。
「髄まで焼き尽くせ──焦熱と朱の災嵐!」
魔力の深き奥義を見せてあげよう。
空気が焦げ、木々が燃え上がり、土は溶解する。
これを人に使うのは初めてだな。
災いの獣が遺した第十段階の魔法。
竜の肺から切り取った高熱が空間を歪める。
それは容赦なく彼女を呑み込んだ。
「ツエアッ!」
気迫の掛け声とともに、炎の渦が内側から破れる。
そこには剣を横へ振り抜いた姿勢のスカーレットがいた。
まさか……横一閃の剣圧だけで、災いの炎を切り裂いたのか? 紙切れのように? 第十段階の魔法なのに、いまので全魔力の2割を使ったんだけど。こんなあっさり無力化されるなんて。
僕の戦闘キャリアにおいて初めてのことだった。
ひどい動揺に苛まれる。
ま、まあ、スカーレットは全身、ところどころ火傷を負っているみたいだ。効果はあった。それにいまの量の火炎を打ち払うには、相当な魔力放射を行ったはず。僕が消耗した魔力の10倍以上を使ってるとみた。魔力の消耗交換としては破格。だから無駄じゃなかった。
無理やり溜飲をさげてメンタルを保つ。
しかし、予想していたが驚異的だ。
常人なら一瞬で倒れる出力を、彼女は呼吸も乱さずに維持している。
「コォォォォ」
スカーレットが呼吸を深める。構えを変えた。四つの型のひとつ『雄牛』。突撃に特化した姿勢。接近されたくないね。
「風よ、頼む──『飛翔』、『加速』!」
僕の身体を風が包み込む。間合いを離し、遠距離から術式を叩き込む。正直、最後の試練でこの戦法に頼りたくなかったけど、仕方ない。君は強くなりすぎた。
ドオンッ。
重たい音、空気が震えた。
五臓六腑に衝撃が伝播してくる。
スカーレットは踏み切っていた。空気が爆ぜた。踏み切った地面が深く陥没し、放射状の亀裂が走った。彼女は浮き上がった僕よりさらに高く跳躍していた。加速した僕の視界すら置き去りに、上を取られる。なんて理不尽な運動能力だ。
地上8m。
太陽を背負い影ができる。
爛々と輝くピンクの瞳は嬉しそうだ。
死ぬかも。僕。
「ツェイア!」
上空から繰り出される必殺の一撃。
僕は長剣と杖を交差させる。
「──蒼深き結晶の霧盾……ッ」
絞り出す声で詠唱をギリギリ間に合わせる。
僕の得意魔法、蒼深き結晶は、魔力を結晶化させて、変換効率の良い質量を確保する秘術。霧盾は展開速度を重視したバージョン。不完全な結晶化で、衝撃に対して柔軟な対応力を備えている。
つまるところ僕は衝突に備えた。
クロスした大杖と長剣に、スカーレットの殺意が叩きこまれた。僕は一瞬とて拮抗できず、はたき落とされた、飛び始めたハエを手のひらで打ち落とすみたいに。
地面に衝突した直後、霧盾が発動し、僕の身体が受け止められた。頭がクラクラする。脳が揺れている。口の中に鉄の味が広がってる。
服は破れ、全身が痛む。
杖を支えにしてなんとか立ち上がる。
スカーレットちゃん、もう少しこう、何というか、手心というか……。
いや、何を甘えたことを考えているんだ、僕は。
この『キングメーカー』のマーリンが怖気づいているのか?
プライドなんて持ち合わせていないつもりだったが、そうか、僕はすこし悔しいらしい。
彼女が降りてくる。着地音は軽やかだ。衝撃を完璧に殺している。息はいくばくか上がっている。
「わたしの勝ち?」
肩に剣を担ぎ、腰に手を当て、彼女は不敵に笑う。
かつて英雄と呼ばれた僕が、14歳の少女に追い詰められている。
だが、嫌な気分ではない。あんなに小さかった子が、僕の手を離れ、僕を置き去りにしていく。親心が胸を締めつけると同時に、常軌を逸した努力で誰よりも強く美しくなった弟子が、誇らしくてたまらない。
だからこそ、信じられる。
「……そんなわけないだろう。やれやれ、手加減はやめよう」
「手加減してたの?」
「当たり前だろう」
スカーレットが目を輝かせてくる。
僕に期待している眼差しだ。
そうそう、そういう顔で昔は見てくれてたのにね。
ちなみに手加減は別にしてないです。
とはいえ、これでは僕のメンツがね。
英雄マーリンのすべて。ちゃんと見せておこう。
最後に格好つけさせてもらうよ。
「災害の竜よ、僕に力を。
天翔ける星々よ、魔力の深遠よ……」
スカーレットは真正面から受けるつもりだ。
実に彼女らしい。愚直で、暴力的。うん。
でもね、あんまり師匠を舐めるんじゃないよ!
「──天雷竜の怒号!
蒼深き結晶の埋葬棺っ!」
第十段階魔法の二種複合魔法。
暗雲が垂れこみ、落雷が空を裂き、結晶が地表を覆う。
「コォォォォ──ツェイアァ!」
僕の知覚がとらえているスカーレットの魔力、その体積が一瞬で数千倍に広がり、乱舞する線となって走った。その衝撃と圧力。魔力で発生させた現象は、魔力抵抗によって妨害が可能だ。
通常、魔法が着弾した際、ダメージを軽減するテクニックとされるが……時に己の有する魔力を魔法にぶつけて、魔法そのものを術式から崩壊させ、機能停止させる荒業を使う者が現れる。
スカーレットは凄まじい剣速で、刃に纏った魔力を斬撃として放ち、着弾前に僕の複合魔法の真正面から斬りつける。だが、殺せた威力は半分だけ。かなり残った。やった。
スカーレットはすぐに走り出した。
地上を蹂躙する天災をかわし、木々の間を駆け抜ける。
これが僕に残された最後のチャンス。
必ず命中させる。深く集中し、魔法を繰る。
……だめた。速すぎる。
駆けるスカーレットを捕まえられない。当たる軌道の稲妻は、事前に来る場所がわかっているかのように剣で切り裂かれ、打ち払われる。
放射落雷の在庫が突き、結晶の勢いが止まった。
途端、彼女が踏み込んだ。音すら遅れて届く。突進の気圧で顔が叩かれ、目を思わずつむりかける。目、痛いな。
キィン。
澄んだ音とともに、僕の長剣と杖が弾き飛んだ。
首元に冷たい刃が突きつけられる。
鋼の剣は、ひび割れ、刃は溶けていた。
剣が震え、砕け散る。
耐久度がついにゼロになったか。
当然だ。彼女の魔力に普通の剣が耐えられるわけがない。
風圧が収まり、静寂が訪れた。先ほどまで天変地異にも似た魔法に襲われていた大地は、すっかり青空とさわやかな風を取り戻している。
「わたしの勝ちだね、マーリン」
僕は肩の力を抜き、息を吐いた。
「まだ本気出してない?」
「いや、もう全部出したよ。僕の負けだね」
両手を挙げると、彼女は満足そうに半ばで折れた剣を鞘に納めた。
「凄かったよ。基礎的な魔力操作と剣技だけで突破されるとはね。君の力は人間を超えている」
「ありがとう。頑張ったかいがあったよ」
言って、笑うスカーレットは、年相応の少女のように見えた。彼女はいつも大人びていて、冷静で、澄ましているが、努力を褒められる時だけは違うのだ。
僕は散らばった武器を拾い上げた。
あの日から9年。まさかここまでの傑物になるとは。
まるで相手にならなかった。
僕が全盛期でも恐らく及ばない領域だろう。
まさしく『王の器』だ。この力があれば、どんな困難も粉砕して突き進める。一人の親として、これほど安心できることはない。
「マーリン、約束通りこれで領都に行ってもいいんだよね?」
在りし日、僕はスカーレットに聞かれた。
「マーリン、どうすれば王になれるの?」
「武功と実績だね。戦争で活躍するのが現実的だよ」
平民でも英雄的な活躍をすれば、爵位が与えられることがある。そこから功績を重ねて、勢力を高めていけば、王位に近づける。次の王に選ばれるのは、もっとも力と支持のある者だ。王の子供たちは最有力ではあるが、この光の地においてはその限りではない。資格を認められれば、スカーレットも王血となれる。
「そうなんだ。戦争に行くしかないのか」
「でも、残念。王国はこの100年間すっかり平和だよ」
「それじゃあどうすれば」
「冒険者として功績をあげるという方法があるよ」
歴史上、怪物の戦いで武功を高めた英雄が、王位に就いたことがある。少ない事例だが、戦争のない安定した国で、王を目指すならこっちが良い。良い経験にもなるしね。
……という風な会話を先日もしたのを覚えている。
「行ってらっしゃい。もう君はどこへでも行ける」
器の旅が始まる。偉大な旅が。
この傑物が外の世界に解き放たれる。
気づけば僕の口角はあがっていた。
仕事は終わった。あとは最高傑作の行く末を見届けるだけだ。
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今日はあと2話投稿します!




