混沌の予感
デビルシュラウドの解体作業が向こうで行われている。肉、皮、骨、牙、あの羽毛にいたるまで、何かに使えるかもしれないので、ペロシナ総出でことにあたっている。
肉を食べてみようという試みを幾人かがすでに始めたようだが、臭みが強く、美味しく食べるには工夫する必要があるとのことだ。
私は魔力を消耗したので、数日休んでから参加する予定だ。
今、注力するべきは、目の前にいるこの二人の娘。
オーファルのスカーレット。デビルシュラウドを一本の剣だけで討伐してしまった絶技の剣士。魔法も使える。詠唱破棄レベルで。強さにおいて、もはやペロシナに疑う者はいないだろう。規格外の英雄だ。
そんなスカーレットとなんだか仲良しの少女、エリナ。この子は純魔法使いとのこと。まだ基礎的な魔法しか使えないらしい。
ペロシナを救ってくれたこと、仇敵デビルシュラウドを討ってくれたこと。それと彼女の夢を否定したお詫び。いろいろ兼ねて私は魔法を伝授しようと思う。
「それでは、簡単な魔法から。第一段階魔法の水属性、『水流れ』」
川の水を魔法で操り、バケツ一杯分ほど取り出してみせる。スカーレットの要望で彼女に抱き着かれながら実演してみせた。ついでにエリナも「こうしたほうが覚えやすいらしいので」と意気込んでしがみついてきた。
「なるほど。そういう感じね──『水流れ』」
スカーレットは川から水をすくいあげる。魔法の力で。
目を疑う光景だ。
まさか、初めての詠唱で現象に辿り着くなんて。
聞いたこともない領域だ。この潜在能力。
「んー、ああ、やっぱりダメだ」
エリナのほうも『水流れ』を唱えたが、川の表面が乱れるばかりで、水を浮かせて、すくいあげることは出来なかった。
とはいえ、十分すぎる才覚を見せてくれた。初めて使う魔法で、物質界に干渉できただけで、立派な魔法の才能があることは明らかなのだから。
「エリナ、そう落ち込まないことよ。あなたは良い魔法使いになります」
「スカーレットさんみたいに上手になりたいんです」
切実に打ち明けるエリナの表情には焦りの色があった。
なんて不憫で、不幸な子なのだろう。
自分に自信が持てないんだ。
このスカーレットという娘に出会ってしまったばかりに。
翌昼。
デビルシュラウド討伐を記念した宴は盛大に執り行われた。かの怪物の肉を各々の家庭が美味しく食べられる方法を研究し、発表しあうのが一番盛り上がったところだろう。新しい料理が何十と生み出されたのだから。
スカーレットとエリナの魔法修行のほうは……端的に言うと、もう終わった。
第四段階の水属性、我が奥義『激流水連槍』を彼女は一晩で身に着けてしまった。疲れ知らずの体力、底なしの魔力でずっと練習をしているのだ。
エリナのほうは、第一段階の『水流れ』がようやく形になり始めたところだというのに。
恐るべき才覚だ。
やはり、普通の人間ではない。
「アローナさん、ありがとうございました。魔法の知恵は、高額で取引されるというのに」
「いいのよ、スカーレット。あなたはペロシナの英雄だもの」
スカーレットは生き急ぐように、ユーミルへ旅立つという。エリナはその決定に逆らう様子を見せず、あとについていくという。話によれば、エリナはユーミル出身の子。そこで村を守る役目につくのだとか。
「隣の村よ。魔法の修行の続きは、また今度ね」
エリナとはきっとまたすぐに会える。
問題はこっちの規格外の娘のほう。
「スカーレット」
「なんでしょうか」
旅立つスカーレットを見つめる。綺麗な髪に、綺麗な顔。本当に美人さんだわ。立ち姿には気品がある。背もこんなに高くて、凛々しくも力強い。
王になる。世迷言と切り捨てた言葉は、どういうわけかもう疑うつもりにもなれない。この娘は、恐らく本当に王になる。でも、それは恐らくこのヴァスコルニア国の王ではない。この子の師匠が紡いだ言葉の意味、いかなるものか……。
「スカーレット、あなたはきっと光の地を統べることになるでしょう」
私の言葉に、スカーレットは神妙な面持ちで耳を傾ける。
「あなたは『王の器』という言葉に聞き覚えは?」
「いえ、ないですけど」
「そう。……覚えておくことです。混沌の時代が始まります。新しい王を迎えるために。平和と均衡が崩れ、世が変わるのです」
「予言ですか?」
「そうよ、予言。とても古い予言。私のおばあさんが、そのまたおばあさんから伝え聞いたものなの。いわく千年ごとに世は乱れ、その度に偉大な王のもとで、平穏がもたらされるのだとか。あなたの師匠は、言ったのでしょう。あなたは王になれると。きっと予言の王になると考えてのことでしょう」
「そういう意味だったのかな……」
「師の名は」
「マーリン」
まさか。
ペロシナの初代守り人は、旅の魔法使いから水属性を学んだという。以来、その力のおかげで、デビルシュラウドが住まうこの森で村を存続させることができた。
旅の魔法使いの名は……マーリン。
どんな人物だったのかなんて、もう誰も覚えていない。少なくとも300年も昔のことですもの。
同じ存在なわけがない。偉人であれば、その名前を語る人間もたくさんいるでしょう。
「そう。素敵な名前の師匠ね」
「わたしもそう思います」
「気を付けることですよ、『王の器』スカーレット。混沌の時代は、きっとあなたの行く道に影となって現れて、試練と困難を与えます」
私は自分の知る限りの予言を伝えた。
だって、もうスカーレットは私の弟子ですもの。
いささかそう名乗るのは、恥ずかしくはあるけれどね。
「……」
橋の向こう側、デビルシュラウドの遺骸を見つめる。
300年続いた怪物の脅威はたった一撃で払われた。
これはスカーレットに時代を変える力があることの証。
もしスカーレットが私の想像通り『王の器』ならば、彼女の行く先は……平穏では済まない。何が起こるのかなんて、とても想像がつかない。
「ありがとうございました、アローナさん」
スカーレットとエリナの背中がちいさくなっていく。
私は姿が見えなくなるまで、二人を見送った。




