デビルシュラウド
デビルシュラウドをペロシナから退けるために、守り人は技を繋いできた。私で40人目。魔法の才能がある者に託して繋いできた300年だ。
受け継がれ、磨かれ続けてきた我らの水属性の魔法。
いつの日か、あの怪物を倒せると信じて研鑽を積んでいく。
当然、私もそうだ。あれを倒すために高めてきた。
デビルシュラウドは、この森に垂れ込める霧の主とも言われる怪物だ。体を包む白い羽毛のごときあの器官は、霧のなかで姿を隠す機能を持っている。ペロシナの村には、霧を薄める魔法があるので、姿が見えやすいが、デビルシュラウドの縄張りでは、ほとんど視認できないほど景色に溶け込んでしまう。
「ん」
破壊された柵、濃密な霧が入り込んでくるのにあわせて、数人の剣士が焦燥感に塗れた顔つきで走っている。
「あれはキース……」
剣術道場の師範ともあろうものが、なんと愚かな。高弟たちを連れて森に入ったかと思えば、やはり、デビルシュラウドの討伐に乗り出していたとは。あれほど止めたのに。
キースと私は、もう半世紀もペロシナを守ってきた。キースは剣で、私は魔法で。何年も前からキースは愚痴をこぼすようになった。
『衰えた。もうリーアムと戦うのが怖い』
『人生を無駄にしてしまったかもしれない』
『時折、思うんだ。俺も弟子たちのように、旅に出ればよかったって』
『名のある怪物や剣士を倒して、名を広めたかった』
『剣士キースは、きっと誰にも記憶されずに死ぬんだ』
キースは年々衰える体力を憂いていた。そして、人生の終わりばかりを考えていた。彼はペロシナをほとんど出ずに、先代から継いだ道場を守ってきた。彼はすごい剣士だけれど、でも、その腕に見合うほどの武功を持ってはいない。
だから、欲したんだ。
デビルシュラウドを倒した剣士となるために。
愚かだけれど、わからない話じゃない。
強さを求めてきた者として理解できる。
己の力、その冴え、語られたい。
記憶されたい、称えられたい。
剣士も魔法使いも、根っこは同じだ。
「デビルシュラウド、私が相手です!」
私は魔力で強化した声を張り上げる。
川岸の向こうに、村中に響くように。
デビルシュラウドの意識がこちらに向いた。
様子見などしない。最初から全力で。
「水の精霊よ、怪物を打ち崩す力を!
──『流水球』!!」
川の水が収束し、球体になる。
計3つ、連続して放つ。
デビルシュラウドに着弾、巨体が足を止めた。
羽毛がすっかり濡れて、艶のある鱗が露わになる。
六足歩行、太い尻尾に鋭角の頭部と口。
そしてずらりと生えそろった牙。
でた。あの姿を目にするのは5年ぶりだ。
第三段階魔法。
魔法の高みに至ったものだけの技。
それでも大したダメージはない。
「グゥアアァアア!!」
「さあ、森に帰りなさい!」
羽毛が濡れるのをアレは嫌がる。あのふわふわの毛は、擬態のためだけではなく、退化した視力を補う触覚でもある。あれで風の流れをつかみ、機敏に動くのだ。
「グアァアアアアアァアッ!」
来る! いつもは今ので撤退していくのに!
気が立っているんだ。
キースたちが余計なことをしたか。
「はは、いいわ」
足が震える。もう70歳を過ぎるというのに、こんなに怖いものがあるだなんて。情けない話だ。
あれを倒すために魔法の研鑽を積んできた。
それは間違いない。先代から継いだ大事な役目。
でも、やっぱり、いざ相対するとわかる。
こんな化け物倒せるわけがない。
でも、私は魔女アローナなの。
ペロシナを守りし者。
逃げることは許されない。
「大河の牙、滅殺の意志、
我が仇敵を貫け──『激流水連槍』!」
川から柱が昇る。七本の太槍。それらは向かってくる六足歩行の怪物へ、真正面から突き刺さる。鮮血が舞い、怪物の顔周りを傷つける。鱗が弾け、肉が散る。デビルシュラウドが足を止めた。
第四段階魔法。
私の魔導の終着点。
攻撃魔法の極致だ。
「はあ、はぁ、はあぁ、はああ……っ」
「グルルルル……」
顔周りが傷ついたデビルシュラウドは、首をもたげ、ゆっくりとこちらを睨む。刻まれた傷に薄膜が張っていく。
デビルシュラウド。その最も恐るべき能力。
それは不死性。生半可な傷は、数分で癒えてしまう。
私の第四段階魔法でも、アレの命を奪いきれない。
「ああ、はああ、はあ!」
膝をつく。顔から嫌な汗が溢れてとまらない。
出し切った。もう魔力が……。
「グァアアァアア!!」
デビルシュラウドが咆哮をあげた。周囲の霧が押しのけられ、衝撃波が伝播する。
来る。無駄だった。私の魔法探究は。
アレを刺激しただけだ。
屈辱的な気分で、私は迫りくる巨体を睨む。
願わくば、この怪物が私を喰らい、それで満足しますように。
終わりを覚悟する。
トッ。目の前に躍り出る人影。
「っ、あなた!」
さっきの娘っ子!
オーファルのスカーレット!
背が高くて、ピンクの髪をした冒険者。
彼女は剣を抜き、両手で握りしめ、走り出した。
「やめなさいッ!!」
かける声は間に合わず。
しかし、後に悟る。
その常軌を逸した速力を。
速いッ、いや、速すぎる……!?
彼女が踏み切った地面には、深く靴跡が刻まれ、ひび割れが走っていた。とてつもない脚力でグングン加速する娘の身体は、ものの数秒でデビルシュラウドに到達。
私の知るなかで最高の剣士、キースのもっとも脂がのっていた時期でも、あんなでたらめな走力を見せたことはなかった。私の中にある剣士という存在の運動能力の限界値を、おおきく逸脱している身のこなしだ。
「グアァァア!」
スカーレットは開かれた口を避け、デビルシュラウドの前足を蹴りあがった。上昇しながら、巨大な眼球を切り上げ、ぱっくりと二つに割る。すぐさまデビルシュラウドの頭部に剣を突きたて、尻尾のほうへ駆け出した。
刹那の出来事だった。
彼女は一息で、デビルシュラウドの頭部から尻尾まで刃渡りの限りを尽くして巨大な傷を刻み込んだ。
「グ、ァ、ァぁぁ……ッ」
デビルシュラウドは背中を大きく開かれ、血の海に沈んだ。ピクリとも動く気配がない。
「あぁ……そんな、ことが……」
言葉が出ない。
こんなことがありえるなんて。
これがひとりの剣士のなせること?
常識という枷が、理解をこばみたがってる。
「スカーレットさんはね、とても強いんですよ」
口が閉じないまま、隣を見ると、スカーレットと一緒にいた少女がどこか誇らしげな笑みを浮かべていた。
そう。
そういうこと。
王だなんて酔狂なこと言うと思ったら。
いつか聞いたことがある。
王になるべくしてなる者たち。
平穏の終わり、混乱の時代の節目に、天は遣わすという。
『王の器』。そう呼ばれる選ばれし者たちを。




