魔女アローナ
あー楽しかった。
狩人の剣術の西派、ペロシナ道場の剣術。
ここでしか味わえない剣。確かにあったね。
それもかなり強烈なやつばかり。
狩人の剣術の技は面白いのばかりだね。
お礼とお詫びに2万シルバーを置いていくことにした。冷静に考えたら無料で体験させてもらうというのも、おこがましい気がしていたし。
どうやら道場破りと勘違いされていたようで、向こうはわたしの対応に戸惑っているようだった。事情を説明したら、一応、納得してくれた。
「おはようございます、スカーレットさん。えーっと何してるんですか?」
「おはよう、エリナ。ちょっとね。朝、ご飯を食べながら話すよ」
ちょうどエリナが来たので、道場を退散する。
宿屋で200シルバー払えば朝食をもらえるらしいので戻った。手持ちのパンでも良いけど、温かいスープが飲みたいからね。
「えぇ……道場の方たちやっつけちゃったんですか? それでみんな具合悪そうにしてたんですね」
エリナは少し引いた様子で、苦笑いを浮かべる。
我ながら確かにちょっと良くなかったかも。
あの道場の剣技が見たいからって、明らかに格下の剣士も構わず倒しちゃったし。
今回で学んだことがある。
ある程度は実力がないと学ぶことはない、だ。
遥かに格下相手では、何も感じなかったからね。
今度からは気を付けよう。
「まあ、お詫びに2万シルバー置いてきたから」
わたしは言い訳するように言いつつ、手持ちのパンをスープにつけて食べた。クラリオのお母さん、料理上手だね。
「それでユーミルまではどれくらいで着くの?」
「すぐ近くですよ。森の外れにあるんです。歩いて3時間くらいです」
なら、昼過ぎにペロシナを出発しても余裕だ。
せっかくだし、もうちょっとこの土地を味わおうかな。
「デビルシュラウドってどこにいるの?」
「どこって……スカーレットさん、もしかして戦おうとしてます?」
「まあ、うん」
隣の村とかまで名が広まってる怪物なら、倒せば武功になりそうだよね。ペロシナの住民たちに覚えてもらえる気がする。デビルシュラウドを倒した剣士スカーレットってね。
「デビルシュラウドはすっごく恐ろしい怪物なんですよ!」
「なら、なおのこと倒さないと」
戦争がないんだから、武功チャンスは逃せない。
「詳しそうな人に聞いてみよう」
「あ、ちょっと、スカーレットさん!」
というわけで、宿屋の女将に話を聞いて、村の守り人を訪ねてみた。
川の近くにある家を訪ねた。
水色の髪の老婆が出迎えてくれた。
「いらっしゃい、可愛らしいお嬢さんたち。私はペロシナの守り人アローナよ」
柔らかい空気感のおばあちゃんだ。
事情を話した。すると、困った表情で顔を横に振った。
「おやめなさい。デビルシュラウドはいたずらに戦う怪物ではありません。あれは森の支配者。我々、守り人の一族でさえ、あれを完全に討伐したことは過去数百年で一度もないのですよ。追い返すのが精一杯。よそ者のあなたに倒せるはずがありません」
「そこをなんとか」
「ダメですよ、お嬢さん。命は大事にしなさい」
ちえー。
アローナは温めたお湯を陶器の杯に注いだ。
「それを飲んだら帰るのよ」
「あ、待って。それじゃあ、魔法を教えてください。水の魔法を使えるって聞きましたよ」
「あなた、魔力は使えるの?」
「もちろん。こう見えて魔女なんです」
わたしは胸を張って言う。
魔女。なんて可愛くて優美な響きなんだろう。
手元に炎を作り出してみせる。
アローナは目を丸くし、「なんと」とつぶやいた。
「立派な炎。詠唱破棄まで使えるのね。あなた名前は?」
「オーファルのスカーレットです。えっと、詠唱破棄って?」
「知らずにやっていたの? あなたいま何も唱えなかったじゃない」
唱えないとダメなんだ。
マーリンも時々、何も言わずに魔法を使っていたけどな。
「うーん、才能を感じるわね。あなた冒険者なのでしょう? ペロシナに住んでくれるのだったら、魔法を教えてあげてもいいわ。ちょうど後継者を探していたし」
「それはちょっと……わたしやることあるので」
「やること?」
「王になるために武功を高めるんです」
「え?」
何言ってんだこいつって顔された。
優しいおばあちゃんにそんな表情されると辛い。
「王になるためって……武功を高めたところで、そんなもの手が届くものではないでしょうに」
「でも、わたしの師匠はなれるって言ってましたよ」
冒険者として武功を高め、王に至る。
マーリンはそれが可能だと断言した。
「それでは、あなたの師匠はホラ吹きです。こんなうら若い娘に根も葉もない戯言を吹き込むなんて。いいですか、そんな野蛮な方法で王になんてなれないわ」
アローナはきっぱりと言い切った。
わたしはマーリンを信じている。
彼は言った。わたしは王になれると。
「じゃあ、もういいです」
水の魔法は諦めよう。
この人は、悪い人じゃないんだろうね。
でも、わたし、否定されるのは嫌いなんだ。
積み上げると決めたものを「無理」なんて言って欲しくない。
「きゃぁあああ」
「ん?」
家の外から悲鳴が聞こえた。
緊張感が走る。
「っ」
アローナは素早く立ち上がり、壁にかけてあった大きな杖を手に取ると、走って飛び出していく。
「エリナ、行こう!」
「は、はい!!」
わたしとエリナはアローナの後を追いかけた。
川に沿って走る。
対岸で土ぼこりがあがっていた。
村を囲んでいた柵が一部壊れている。
壊れた柵の近く、巨大な異形の姿があった。
白い雲のごとき体毛に包まれた影は、森を包む霧に溶け込んでいる。その全容は見えづらいが、どこかザリガニを思わせるフォルムだとわかる。家々より大きな怪物だ。初めて見るサイズ感の生物。怖いね。
「デビルシュラウド、村に現れたということは……」
前を走るアローナが焦燥感に満ちた声を漏らした。
おお。あれがデビルシュラウド。
「スカーレットさん!」
「武功」
「やるって意味ですね!?」
エリナ、わたしのことわかってきたね。




