狩人の剣術 第二級剣士 リーアム
道場破り。過去に何回かあったとは、師範から聞いている。たいていは弟子たちが潰して、ボロ雑巾のようにして追い返すのだが、たまにいるんだと。普通の感覚で剣に向き合っていないタイプ──言っちまえば、本物の剣士ってやつが。
まあ、それが剣を極めるってことなんだけど。
かくいう俺もそっち側なんだ。
西派ペロシナ道場師範代に着任して3年。お年をめした師範よりも、俺はすでに実力で上回っている。じきに師範は引退、俺が道場を正式に預かることになる。
道場の看板、易々と奪われるわけにはいかないわな。
髪の毛を前側からザッと掻き上げ、後ろで結び、総髪にする。
視線の先、睨みつけるのは、ピンク色の髪の女。その端正な横顔。凛とした立ち姿、ギャンベゾンとブーツにグローブ。冒険者か。
背は高いが、顔立ちには幼さがある。
相当若いな。14か、15か。そこいら。
こんな娘っ子ひとりに、うちの奴ら全員負けたのか? とても信じられない。だが、実際、倒れてるんだから認めるほかない。
ピンクの瞳がこちらを見てくる。
「おじさん、強そうだね」
「わかるかい、お嬢ちゃん」
「うん、わかるよ、良い魔力。研磨されてる」
魔力が研磨されてる?
特殊な表現を使うのな。
まさか感じ取ってるとかそういうやつか?
ウィルストップには魔力を感じ取れる魔法使いがいるとか聞いたことはあるが……まさかな。
「リーアム、気を付けろよ」
「クラリオは俺の心配か? 俺の強さは知ってるだろ」
「もちろんだ。だが、こっちの娘は半端じゃないぞ。俺が子供扱いだ」
「それはお前が弱いだけだ。世の中舐めてる。剣術も舐めてる」
「まあ、リーアムに比べたらそうかもだが……」
クラリオは良い剣士だ。あいつが村を去った15歳の時点で、俺のライバルと呼べるのはこいつだけだった。だが、才能ばかりだ。発想ばかりだ。狩人の剣術の剣士としては上々でも、根本が弱い。
あれから15年。
俺とクラリオには、もう天と地の差があるだろう。
「わたしはオーファルのスカーレット。おじさんの剣、体験させて欲しいな」
「体験ねえ。良いぜ。だが、負けたら相応のシルバーを置いていけよ。女の子だからって割引はしねえ。こんなに滅茶苦茶にしやがって」
「6万シルバーある」
スカーレットは言って、革袋をいくつか近くの机に放った。どれもかなり重たそうだ。本当に6万くらい入ってるかも。ずいぶん金持ちな冒険者だな。
「良いだろう」
俺は木剣をひとつ取った。靴のかかとで、もう一足の甲をこすり、紐を緩めておく。
倒れている弟子たちが、おぼつかない足取りで脇にはけていく。スカーレットは木剣を片手にゆるりと下段に構えた。
対峙して気づく。隙がない。
手堅いな。ここまでの堅牢さか。
ならこじあけるまで。
「ヒョッ」
息を呑み、呼吸を止める。同時に踏み込み、片手に持つ剣で、強く打ち込む。横からの斬撃に見せかけ、ガードを誘う。スカーレットの剣が受け方を選択した刹那──肘で跳ねるように軌道変化させ、上段からの垂直斬りへ軌道修正。
ガゴン!
上からの打ち込みを防がれた。
間に合わせたか。やるなこの娘。
それとも読みで置いたのか?
確かめてみるだけだ。
「トルア!」
続けて、三度、異なる軌道変化を試す。
左から斬り下ろし、右から斬り上げ。
斬り上げからの斬り下ろし。
すべて防がれる。
驚いた。読みで置いてない。
反応と手元操作、共に極めて迅速。
フェイントに反応したあとでこれだ。
銀狼の剣法の剣士なのだろう。
フェイント、置き、斬り返し、先手いずれも、柔軟な対応を見せてくる。受けと流しの配分もよい。カウンターが常に匂うから、攻め一辺倒になりきれない。
完成された対応型だ。
参ったな。自分より二回り近く若い娘にこの醜態。
まるで巧さを見せつけられてるみたいだ。
「いいね」
「っ」
スカーレットは言って笑うと踏み込んできた。そっちから来るか!
横薙ぎを受け流す。身体が浮いた。巨大な牛に突進されたかのような衝撃。思わず、壁際のラックまで吹っ飛ばされる。
なんだこの怪力は!?
「くあぁ! っ!」
顔をあげると、すでに突っ込んできていた。
俺はすぐさまラックからもう一本の木剣を手に取った。
スカーレットは目を丸くする。
純粋な剣技、馬力──クラリオじゃ相手にならねえわな。
だがな、舐めるなよ、お嬢ちゃん。
こっちはコレ一本で生きてきたんだよ!
「ハアァァァア!!」
狩人の剣術・奥義『二刀流』。
二刀流で迎撃する。
両の腕で、乱舞する攻撃。
スカーレットは上手に受け流す。
まじか、動揺なし。余力を感じる。
これだけじゃ足りねえか。
「はっ!」
ブーツを、足を振る勢いで脱ぎ、スカーレットの顔へ放った。二足連続で。スカーレットは木剣で叩き落とす。一足目の影に隠れた、二足目すら反応してみせる。
卑怯と思うかい。──いや、笑ってるな。
「なにそれ」
「狩人のやり方さ」
狩人の剣術・奥義『地掴み歩法』。
素足で大地を直接掴む。グリップ力を増し、体幹を強化。これにより打ち込みの威力が向上する。
「ハアァ!」
打ち力は増した。
しかし、スカーレットの剣捌きはより速く、硬くなった。
打ち崩せない。『地掴み歩法』でも。
道場全体を使い、俺とスカーレットは走力でも競う。だが、彼女の歩法は俺よりも優れているようで──というより、もはや筋力が違うのだろう。『地掴み歩法』で、靴を履いている彼女より土の上でのアドバンテージを得ているはずなのに、ポジション取りで勝てない。
「ちっ!」
ラックから三本目の剣を取る。右足の指で。
そして、そのまま足を大きく旋回させ、下段から斬り上げる。
さすがにスカーレットも目を見開いた。
予想外の攻撃に、不安定な防御をおこない、バランスを崩してたたらを踏んだ。よしよし! 防がれたのはムカつくが、初めて涼しい顔を崩せたぞ!
狩人の剣術・奥義『三刀流』。
狩人の剣術・奥義『脚剣斬法』。
「リーアム師範代!?」
「な、なんだよ、あれ……!」
「足で剣を、すげええ! やっぱりリーアムさんはすげえ!!」
弟子たちが湧き立つ。
やれやれ、見られちまった。
まだ誰にも見せてない秘剣だったんだが。
こんなところでお披露目することになるとはな。
「足で? そんなの教わらなかったよ」
スカーレットは興奮した様子で言う。
俺は足で掴んでいた一本を、右手に握る。人差し指と中指の間に一本、中指と薬指の間で一本。鍛え抜いた握力で保持する。
「当然だ、これは狩人の剣術の技」
これには対応できねえだろ!
俺は地を蹴り、攻めに転ずる。
両腕の剣で、変則的な二刀流を繰り出し、三本目を常に移動させる。口でくわえ、近距離に詰めてくるスカーレットを打ち、距離を取れば、足指の握力で掴み、長大なリーチで狩りにかかる。
そして、隙を見て──足で土を掴む。
狩人の剣術『砂かけ』。
「っ」
スカーレットの目元を舞い上がった土が直撃する。両目をつむった。
悪いな、ここまでのすべてを含めての剣技。
剣聖にも、銀狼にもない、これは超実戦闘争術──!
それが狩人の剣術の技!!
「取ったァァ!」
視界を失ったスカーレット。
とりあえず距離を取りたいのだろう。
安全圏へ逃げるように跳んだ。
俺は『脚剣斬法』で狩る。
木剣の刃がスカーレットの側頭部を強く打ち──俺の足首が強く打たれた。
「っ」
スカーレットは距離を取っていなかった。膝をたわませただけ。誤認。錯覚。誘われた。目は見えていないはず。なのにどうして!!
足首を骨折した。掴んでいた木剣が離れる。
俺は誤魔化すように、上段から斬りかかる。
スカーレットは両目を閉じたまま、スッと間合いを詰め、木剣を握った手で俺の手首を受け止めた。空いている片手で俺の首裏に手をまわし、引き寄せ、膝蹴りを腹へ打ち込んでくる。
腹のなかにあるすべての隙間が潰れた。
そう確信する打撃力。
「オォェェェ!!」
空気と胃液が食道を逆流する。
俺は思わず、剣を手放し、前のめりに倒れた。
痛い痛い痛い痛い痛い!
ダメだダメだ、ダメだダメだ剣を、剣を取れ!
立て! 立て! 立ち上がって戦え!
理性で苦痛を封じ、口からいろいろと垂らしながら、木剣を掴み、膝立ちになる。
剣の道に入って25年。
強い奴はモテる。
最初はそんな動機で始めた棒振り。
いつしか取りつかれた。力に。
技術の美しさに。
俺にはこれしかない。
これだけに打ち込んできた。
こんな昨日今日、剣を始めた奴に。
それも女に! 負けたくない!
「はぁ、はああ! まだだ……ッ」
「もう終わりだよ」
スカーレットは目元をゴシゴシと拭いながら言った。両の目が開いた。ギョロッと動きこちらを睨んだ。鋭い覇気を叩きつけられる。
心臓がキュウっと締め付けられた。
背筋に冷たいものが刺し込まれる。
技のすべてを尽くした。
両目が塞がっていてなお敵わなかった。
こちらは深刻なダメージだ。足首が折れている。
もう戦いにすらならないだろう。
こんなことが……剣の道、極みの一歩手前まで来たつもりだったのに。第一級の剣術免許すら、今なら合格する自信もあったのに。
だというのに、これほどか?
これほどに差があるというのか?
俺とは、剣士リーアムとはそれほどに弱かったのか?
「……くそ、ぉぉ、うぅぅぅうぅ」
瞳から涙がこぼれる。
顔をあげられない。
弟子たちの視線が痛い。
許してくれ。
あと俺にできるのは潔さを見せることだけ。
「看板は持っていけ、オーファルのスカーレット」
すみません、師範。俺が力不足なばかりに。
「これ……」
高弟のひとりが看板をスカーレットに手渡す。
スカーレットは受け取ったあと、スッとそれを突き返してくる。
「えっと、これいらない」
困った表情で言われた。ん?
「道場破りじゃないのか?」
「違うけど」
普通に否定された。
スカーレットは机に置いた革袋を2つだけ回収し、ひとつ置いたままにする。
「これ。2万シルバー入ってるから。足首のお詫び」
お金まで払ってくれたし。優しいな、おい。




