狩人の剣術 第三級剣士 クラリオ
俺の名はクラリオ。
ずいぶん懐かしい場所に戻ってきた。ペロシナ。我が故郷よ。ウィルストップに出ていって冒険者になって15年が経った。方々を歩き回り、旅を楽しんだ。気が付けば俺ももう30歳。親が死ぬ前に顔を見せておこうと思い、故郷に戻ってきたわけだ。
久しぶりのペロシナは、意外と変わっていた。俺の実家は改築されて、宿屋になってたし、女用の水浴び場なんかが出来ていやがった。忌々しいことをしやがる。
「クラリオ、お前さんが女どもの水浴びを覗きすぎたせいだよ」
お袋いわく俺のせいらしい。村の男たちには悪いことをしちまったかな。
実家にいても知らない奴らが土足でずかずかと入ってくる光景は、奇妙だった。まったく落ち着かねえんだ。なんなんだよこれ。
「お」
そんな折、女がふたり来た。
見たところ冒険者って感じだ。
どっちも将来良い女になること間違いない顔立ちと体つきだ。
かなり若いが、まあ、ギリだな。
気に入ったほうに声をかけてみた。
なんとなく小便臭くない高身長の娘だ。
顔つき、目つき、佇まい、どれをとっても美しい。
冒険者なら冒険譚が好きに違いない。
そう思って武勇伝を語り聞かせようと思ったが、取りつく島もない。
良い剣を持ってるもんだから、実力も相応だろうと踏んだ。宿で部屋を取るなり鍛錬を始める姿も実にストイック。十中八九、剣術馬鹿のたぐい。俺の経験が言っていた。
つついてみたら正解だった。
乗ってきた。
このクラリオは狙った獲物を逃さない。
この娘は必ず抱く。そう決めた。
「安心しな、寸止めは得意なんだ。それに顔は狙わない」
「わたしはうっかり斬っちゃうかもしれないから、よろしく」
「別によろしくじゃないが……? 気を付けてね、本当に?」
めちゃくちゃ不安なんだが!
本当に大丈夫だろうな!?
くっ、相手のペースに乗せられっぱなしだ。
落ち着け、クラリオ。らしくないぜ。
ペースに乗せるの俺のやり方。
冷静になるんだ。
吸って、吐いて、吸って、吐いて。
よし、これでいい。
不安を誘う作戦に違いない。
女らしい姑息な手段だぜ。
真正面からじゃ、女は男には勝てないからな。戦いでも、仕事でも、生活でも、セックスでもな。
ここからは俺のペースに乗せる。
狩人の流派の戦い方、教えてやろう。
「良いか、お嬢ちゃん、そんなに無防備で」
「あんたならこれでもいいかなって」
言ってくれるねえ。じゃじゃ馬め。
でも、それがいい。かなりタイプだ。
魔力纏い50%。
「ツォ!」
短く息を吐き捨て、一足で入る。懐。届いた。だから、言ったろ。無防備すぎだってな。
俺は第三級剣士。
選ばれし天才なんだぜ。
逆手に握った短剣を脇下へ流し込む。距離を取っても伸ばせる間合いだぜ、さあどうする──。
「っ」
スカーレットは、半歩前に出てくる。脇で左手首を正確に押さえた。二の腕の締め付けで、左腕の自由が利かなくな──瞬間、視界が天を向いた。
「ぐへぁ!」
打たれた。おでこで。眉間を。
頭突き、だと、おいおい、この娘……っ。
たたらを踏んで後退。
揺れる視界のなか、剣を構える。
追撃はない。よかった。
この娘、わざわざ押さえ込みにくるとは……っ、本能ならば虚を突かれた分、立て直すために間合いが欲しい場面のはずなのに。
「や、やるなあ、スカーレット」
「どんどん来ていいよ」
「っ」
動揺を感じなかった。
わずかも心に波が立っていない。
「ツォ!」
魔力纏い80%。
もう一度、エントリー。
短剣から行ったのは舐めすぎてた。
見極める。その時間を設ける。
スカーレット、合格だぜ、その自信。
ただのじゃじゃ馬ってわけじゃないらしい。
「はッ! はッ!」
片手で振るうロングソード。俺なら魔力で補助された右腕一本で、凡人の両手の操作以上の腕力を出せる。突き主体に攻める。
スカーレットもまた片手で緩く持った剣で、応じる。いなしてくる。受け流し、時にビタッと止め、斬り返しを匂わせる。怖いね。
全部、受け流してくるだけなら、手数で攻め落とすが、ガードで受け止められるとテンポが取れない。斬り返しまであると、連撃を躊躇しちまう。上手なことで。この若さで老獪な。
でも、なんか目が眠たげだな……細めてるだけか? そういうスタイルなのか。それとも──。
「ぬるい踏み込み」
「な」
「もっといいよ、来て」
ボソッとつぶやくスカーレット。
「このままだと寝ちゃうよ」
「こ、この……っ」
プチンと来た。
わかったよ、いいぜ、行ってやるよ。
大人を舐めたこと後悔させてやる。
魔力纏い100%。
「ん」
眠たそうな目が開いた。
俺は前後の踏み込みのリズムを狂わせる。さっきまでリズムを刻んで刺突を繰り返していたのには、理由がある。慣れさせるためさ。
「ツァア!」
突きをわずかに遅らせる。スカーレットは先んじて防御位置で剣を立てる。だが、俺には修正する余地がある。スカーレットの防御を見てから、反射的に位置を外して貫く。
それでもスカーレットは紙一重で間に合わせてくる。目が良い。だが、いつまで持つかな。
リズムの崩し方は、ディレイだけじゃない。アップテンポもある。そして、左右。織り交ぜる。手札をひとつずつ、選択肢をひとつずつ増やす。横から叩きつける剣で、攻撃の重さを変える。相手に実力を発揮させない。
これこそ真骨頂。
狩人の流派・奥義『乱れる呼吸』。
剣聖の流派が敵に向き合うことをモットーとするのならば、狩人の流派の戦い方は、逆位置にある。徹底的に外すことを意識するんだ。外し方はいろいろある。要はミスを拾う、みたいな意味だ。意識量を分散させ、間隙を縫う。
こいつは対応型の剣士。古典的な剣聖の流派。攻撃力に全部振ってるタイプの最近の剣聖の流派より、対応型のほうがずっと難しい。
その点において、狩人の流派は天敵だ。
「いつまで受けられるかな、スカーレット!」
よし、ここだ、入る!
一気に距離を詰める。
そして、短剣で斬りつけようとし──離れる。
地を蹴り、再前進、刺突。弾かれる。見えてるねえ。
さがる。
前傾姿勢、膝に溜めを作った!
追って来る!
俺が攻撃に失敗して、体勢の立て直しを願ってると誤認したな。
狩人の流派・奥義『藪蛇』。
誘い込み、背中を刺す一撃。
俺は短剣を順手に持ち直し、突っ込んでくる空間に切っ先を置いた。
この技でたくさんの悪党に引導を渡してきた。必殺の型だ。
「コォォォ──」
「ぁ」
スカーレットは乗ってきていなかった。今、確かに前傾姿勢になったのに。膝に溜めが──違う。切り替えた。修正されたんだ。あそこから。
様子見。攻撃のリズムをあげて、戦闘をアップテンポにしていたのに……こいつ冷静なんだ。頭が残ってる。
スカーレットは両手で剣を握り、水平に振りかぶっていた。次なにが来るのかは明白。俺は長剣を立て、二の腕で支え、防御or受け流しを試みる。
「ツェア!」
横からの衝撃。それは未曽有だった。
俺の身体が宙を飛び、宿屋の壁に叩きつけられていた。踏ん張りが一切利かなかった。
「がはっ……」
痛ぇぇぇ、息が、できない……っ。
「げほっ、げほっ、おえええ!」
「面白い剣術だね」
俺は立ち上がり、取り落とした短剣と長剣を再び構える。長剣の半ばは、凹んでいた。今の一撃で、こんな形に……!! なんて腕力だ!
「良いよ、楽しくなってきた」
「っ」
スカーレットの眼はすっかり開いていた。そんなにまん丸だったのかってくらいに。
「……くそっ! うあぁああ!」
そこからのやり取りは、一方的だった。
スカーレットがやる気を出した瞬間に俺は終わった。
だんだんと無力感に苛まれた。
何も、何もさせてもらえないのだ。
俺はフェイントと、テンポの崩し、競い合いのフィールドを外して、なるべく実力差がでないように立ち回った。俺のやってきた剣術、そのすべてをかけて。
でも、途中から辛くなった。
ピエロにでもなった気分だった。
スカーレットは両足を地について、岩のように構え、飛んだり跳ねたりする俺の小躍りを、薄ら笑みを浮かべてずっと見ているのだ。俺の攻撃すべてをいなし、たまに小突いてくる。小突かれれば俺は、冗談のように体勢を崩し、服を土で汚した。
完全に理解させられた。
正面からの打ち合いはおろか、単純な腕力にいたるまで、このうら若い娘のほうが上なのだと。技術まで含めれば、もはや話にならないほど差が開く。
一体どれほどの鍛錬を積み上げれば、剣術はここまでの完成度に昇華されるのか。想像もつかない。わかるのは果てしない努力が必要ということだけだ。
なにが女らしい姑息な手段──だ。
なにが真正面からじゃ、女は男には勝てない──だ。
小細工に頼ってばかりなのは、俺のほうじゃないか。
それに比べて、どうだこの娘は。
オーファルのスカーレット、なんて美しい娘なんだよ。
一点の曇りもない剣術。
霞ほどの負い目もない正面突破。
ちょいと眩しすぎるぜ。
穴があったらしばらく潜りてえ。
「はああ、はぁ、ああ、はぁ……もう、いい……」
「ん?」
「もういい。もう、十分だ」
瞳の奥から涙がこみあげてきた。
30歳。プレイボーイを自認するこの俺が、こんな生娘に泣かされるなんて。みっともないったらない。俺の愛剣もボコボコに刃こぼれしたし。70万シルバーもしたのに。つらい。
「悪かったな、オーファルのスカーレット。完敗だ。すごい剣士だな」
「ありがとう。嬉しい」
俺は財布をスカーレットへ放り投げる。
そして、背を向けた。
「あ、ちょっと待って」
「なんだ?」
「その剣もちょうだいよ。約束でしょ」
この鬼! 悪魔ぁ!
でも、なんか、良いな……この強引さ、揺らがなさ、芯の強さ……胸の奥がキュンとするような……ドキドキとするような……。




