ペロシナ
まだ日が高く昇らないうちにホフを出発し、エリナと二人で西を目指す。
行く手に森が現れる。
「森か。怪物の住処だね」
「うう、やっぱり、怖いですね、森は」
ユーミルへと続いている街道、その道中には豊かな森が広がっている。名をデビルシュラウドの森。この森に古くから生息する怪物の名前から来ているらしい。
「隣の村ペロシナに姿を現すデビルシュラウドは、本当に恐ろしい怪物だって、子供の頃からよく聞かされたものです」
「そんな恐ろしい怪物が住む森で、よく人が生活できるね」
「なんでもデビルシュラウドは水が苦手らしくて、川の近くなら比較的安全なんだそうです」
「ふーん」
「なので、ペロシナでは水を操る魔法使いが、代々、村を守る役目を担っているんですよ」
どこの村にも守り手はいるんだね。オーファルでは、マーリンが守り手として、時折、村に近づいてくる獣や、怪物に対処していたし。
「見えてきましたね、あれがペロシナです」
エリナが指差す先、丸太をそのまま地面に刺したような塀があった。閉ざされた門の上のほうには、弓を背負った人影がある。わたしたちの接近に気づくと手を振ってきた。
「ようこそ、ペロシナへ」
手をあげて応えると、門が少しだけ開いた。その隙間をくぐるようにして、村へと入る。
「川だ」
話に聞いていた通り、門をくぐるなり、大きな川が見えた。遠くを見れば、村全体を木の塀がぐるっと囲んでいることがわかる。これなら怪物が迂闊に入って来る心配はまずない。
「暗くなる前に着けてよかったね。ここの宿屋はどこに?」
「ふふん、任せてください! こっちです!」
エリナに連れられ、宿屋に直行。大きめの民家の一階で一晩の宿をとる。部屋はいくらか空いていた。
「あら、あんたユーミルの子じゃないか。帰ってきたんだね」
宿屋の女将さんは、エリナのことを知ってるようだった。
故郷ユーミルからペロシナ、ホフ、ウィルストップと旅をしたわけだから、きっと何日か前にこの宿屋に泊まったのだろうね。
「魔法免許は取れたのかい?」
「無事に取れましたよ! それに冒険者にもなってみたんです!」
「へえ、それは凄い。故郷を離れて、旅にでも出るつもりなのかい?」
「それは……わかりませんけど」
エリナはこちらをチラッと見てくる。
「冒険者ねえ、お嬢ちゃんたちがあ?」
宿の一階、椅子と机が設けられたスペースに、ひとりの男がいた。たぶん、30代前後だろう。品定めするような目つきで、わたしとエリナのことを見ていた。
「そ、そうですけど、なにか問題でもありますか?」
キリっとした表情で気丈に言い放つ。
おお、エリナにしては珍しく強気だ。でも、こっちをチラチラ見てくる。いざという時はわたしを頼りにしてるんだろう。可愛いところがあるな、もう。
「いいや、別に? 感心してるだけさ。女の子なのに勇敢なんだなって。でも、冒険者ってのは、武器を使う仕事だ。なってみた、で続けていたら、絶対に後悔する。女の身ならことさらにな」
「まあ、それは、そうですけど……」
納得しちゃった。エリナ、敗北。
まあ、エリナは別に冒険者にこだわってないからね。信念がないといえば、ないのだろう。この男はそれを見抜いているんだ。
「行こ、エリナ」
構うことはない。わたしは先導して歩き、さっさと2階にあがった。冒険者の男は口元に緩い笑みをたたえながら、しばらく視線を注いできた。
荷物を置き、一日歩き疲れた体をねぎらう。
一泊500シルバー食事付き。お湯はなし。
川で水浴びしろと言われた。
あとで川に飛び込むことにして、先に鍛錬することにした。
『発火』の練習も行った。これは実際、良い魔法だ。
とても発動が速く、構造が単純なので思考もさほど割かずに使える。わたしの剣術に組み込める魔法かもしれない。
剣と魔法を組み合わせる戦術。イメージしながら、剣を振るう。
「はあ、はぁ、はあ。ふう」
「その剣、めちゃくちゃ立派じゃないか」
宿屋の前で剣を振っていると、さっきの冒険者がいた。グローブを外した手でリンゴを転がしている。
目がエロがってる。
ナンパかな。
懐かしいね。
剣の素振りに戻る。
「良い剣でしょ。気に入ってるんだ」
「良い剣なんてもんじゃない。まるで英雄の武器だ」
「かもね」
「お嬢ちゃんは、目が据わってる。あっちの可愛い子ちゃんとは違うな」
「わたしは可愛くないと?」
「まさか。すごく美人さんだ。あぁ、本当に美しいよ、その瞳も髪も。俺が言ってるのは、甘ちゃんじゃないって意味さ」
冒険者の男は、リンゴをかじる。果汁が滴る。
「人を殺せるタイプの奴だ」
「どうだろうね」
「……俺はクラリオ。この道15年のベテラン冒険者ってやつだ。等級はミスリル。お嬢ちゃんの名前を聞かせてくれるかい」
「オーファルのスカーレット」
「スカーレット。良い名前だ」
「どうも」
「剣を振る手を止めて、こっちを見てくれたら面白い話をしてあげよう」
「先に面白い話の内容を言ってごらん」
「もっとも偉大な冒険者といわれるアダマンタイト級冒険者”絶対帰還者”ブラック・シルモンドとともに、リヴ・ヘナイトの悪魔が潜むダンジョンに挑んだ話だ」
「よくわからないからいいや」
「あ、まじ? 本当にすごい話だぞ。わかった。君の気を引く物語をいま思い出した。北の砦フロストバイトで、領主の馬鹿息子ベルリオットとともに、迫りくる100を超える獣人の攻勢を追い返した話はどうかな?」
「次」
「……。ヒントとかない?」
「ない」
「うーん。考えてみようかぁ」
冒険者の男──クラリオは、右へ左へとゆっくり歩いたあと、かじりかけのリンゴを放り捨てる。
「実は俺は狩人の剣術の剣士でねえ。見たところ、君は……剣聖の流派かな?」
「免許管理局に登録されてる剣士の半分が剣聖の流派」
「違うってことかな?」
わたしは素振りの手を止める。クラリオは少し驚いた顔をしたあと「正解を引いたかな」とこぼした。
「わたしさ、最近までひとりの人としか打ってこなかったんだ。違う人とやるのが楽しくてね。狩人の剣術とも、もちろんやったことがないよ」
「ほう」
「わたしに勝てたらなんでも言うこと聞いてあげる」
クラリオは口元に楽しそうな笑みを浮かべた。
「スカーレット、君ほど凛々しい子が嘘をつくわけがないよな? 本気で信じちゃうよ?」
「構わないよ」
「オーケー」
「ちなみにわたしが勝ったら有り金全部置いていってね」
「……ちょっと待って」
クラリオは財布を確認する。
「6000しかない」
「それじゃあ、そっちの剣も置いていってもらおうかな」
「容赦ないねぇ。でもいいよ。俺は狙った獲物は逃さないんだ」
クラリオは髪を撫でつけ、剣を抜き放つ。腰の長剣を右手に、腰裏の短剣を左手で逆手に持つ。いいね。さすがは伝え聞く狩人の剣術。
「安心しな、寸止めは得意なんだ。それに顔は狙わない」
「わたしはうっかり斬っちゃうかもしれないから、よろしく」
「別によろしくじゃないが……? 気を付けてね、本当に?」
心躍る。楽しみだな。
わたしは剣をだらりとさげて影身の構えを取る。
まずは間合いを量るところから始めることにした。




