剣聖の噂5
ウィルストップ都市外壁西門から馬に跨った二人組が旅立つ。
「行ってらっしゃいませ、ベルリオット様!」
「ご武運をお祈りしております!」
衛兵たちに見送られ、ウィルストップ伯爵家三男坊ベルリオット・ファン・ウィルストップと従騎士クララは、都市外へ歩み出した。
すでに日が傾き始めた頃のことだ。
「軽く流すだけでも、2時間はかからないな」
「走らせれば1時間です」
暗くなる前にはホフに着ける。
それが二人の算段だ。
(しかし、日中は調査で忙しかったとはいえ、こんな時間から出発するなんて、働いてる感あるな~。今日、ようやくウィルストップに帰ってきたところなのによ。本来なら、街中でオーファルのスカーレットを見つけて、親父殿の元へ連れていく予定だったのに。とんだ大仕事になったもんだぜ)
「うわ~すっかり暗くなりそうだよ!」
「サリーが絵を描き直してもらおうなんて言うからだろ」
「でも、城門が見えて来たよ、お兄ちゃん! ギリギリセーフだね」
ベルリオットとクララは、向かいからやってくる二人組の冒険者を見やる。武装した二人組だ。薄っすらと警戒しつつ、お互いにすれ違う。その際、冒険者二人は恭しくぺこりと頭をさげた。
軍馬の整えられた毛並みと、質の良い鞍、何より紋章の入った軽装備とふわふわの毛がついたマントが、彼がただならぬ身分であることと主張していたからだ。
ベルリオットは少し気分良くなりながら、軽く手をあげて挨拶してあげる。
(平民を前にすると、俺って偉いって思い出すよね)
そんなことを思いながら、手綱を軽く打った。
「少し急ぐぞ、クララ」
「はい」
うす暗くなった頃、ベルリオットたちはホフに辿り着いた。
「なんだよ、こりゃあ」
「すごい数ですね、ベルリオット様」
「ただごとじゃねえな」
松明を手にするベルリオットとクララは、困惑していた。周囲には、村長と村人たちの野次馬が集まっている。
「まさか領主様の元から直々に手配してくださるとは思いもしませんでした。それにこの迅速さ! つい数時間前に、村から連絡役を買って出てくれた冒険者たちを送り出したばかりなのに。ご足労いただき、大変感謝いたします、ベルリオット様」
「え? ああ、うん、いいよ、気にするなって。えっと、ちなみに何があったか一応、聞いてもいいかな?」
(何か勘違いされてるな。俺はオーファルのスカーレットを追いかけてきただけなのに。連絡役って、もしかしてさっき門前ですれ違った冒険者たちか? だとしたら、さぞ迅速な対応に思われてるんだろうなぁ。まあいいか。ここは親父殿のために少し点数を稼いでおこう)
「もうお聞きになったかもしれませんが、説明させていただきます」
「あいよ、よろしくね、村長」
「昨日の夜、こちらの絵描きの犬がですね、怪物に変えられてしまいまして」
村長は手で示す。老齢の絵描きは悲しげな表情で「ポロです」とつぶやいた。
「ポロね。可哀想に」
「邪悪な魔法使いに違いありません。こっちの黒衣の剣士は、その一味の仲間だと思われます」
「まあ、格好からしてそうだろうな」
ベルリオットは、腰を落とし、臭い始めている死体を検分する。
(どいつもこいつも五体満足の死体がひとつもねえな)
「たまたまホフを訪れていた英雄様がいなければ、今頃どうなっていたことか、想像するだけで震えが止まりません」
「英雄、と」
「はい。まだ若い娘でして。オーファルのスカーレットと名乗っていました。二振りの剣を変幻自在に振るい、怪物も剣士も蹴散らしてしまったのです。あの戦は、なんというか、本当にすごかった」
(やはりそうか。”剣聖”オーファルのスカーレット。この数を一方的にね。剣士の体格や、手のひらにできた剣ダコから察するに、相当やってるタイプの剣士に見えるがな)
「それにこの怪物……」
サイズ、重さ、見た目。ベルリオットはこの死体が生き生きと動いて襲ってくる様を想像したくなかった。
「んで、どの子がポロちゃん」
「それです」
老齢の絵描きは、並んでいる死体の端っこ、こんもり積まれた炭山を指差す。ベルリオットは、最初、意味を理解できなかった。よく見てみると、確かに生物の体の一部にも見えた。
「って、え? これ!? これ死体なの!? ここで誰かが焚火してたんじゃなくて!?」
「はい。スカーレット様が放った火球によって、私のポロはそうなりました。もちろん、恨んでなどおりません。ポロが誰かを殺す前に、葬ってくださって本当によかったと、今は思うことにしております」
ベルリオットとクララは顔を見合わせた。
「やっぱり、相当な魔法を使えるのは確かなようだぞ」
「そんなことが……剣士として、あの”剣姫”リーファスを上回り、これほどの火力の魔法を使用するなんて……」
(にわかには信じられんが、目の前の残骸から推し量るに、第三段階以上の魔法は使えると見ていい。魔法使いとしても、かなりハイレベルってわけだ。親父殿が喜ぶ。一方で、絶対に俺が見つけないといけない理由も増えた。ったく。なんて村娘がいたもんだよ)
「ベルリオット様、こっちの男を……っ」
「ん?」
クララの声に反応し、死体のひとつのそばに移動する。
顔は綺麗に残っていた。ベルリオットは見覚えがある気がした。
「こいつ知ってるな」
「ベルリオット様にしてはよく覚えていましたね。そうです、『奇形達の教会』の祝福司教のひとり”膿む者”の直属の魔法使いですよ」
「ああ、そうそう、それ。なんだっけ名前」
「ケオンです」
「この辺りにいやがったのかよ……。なるほど、この怪物どもの様相、どこか見覚えがあると思ったら、邪教のルーツだったわけね」
(となると、親父殿に頼まれていた案件のほうも進みそうだな。”剣聖”の捜索がまさかこんな獲物に繋がるとは。オーファルのスカーレット、ここまで大物を仕留めるとは。恐れ入るぜ。大手柄じゃないか)
「ガイメルン様に報告しに戻ったほうがよさそうですね」
「ああ。さすがに『奇形達の教会』の案件の優先度は高い。なにせ王命だ」
「領都からほど近いこんな場所にいたのも気になります」
「うん、だな」
(直属の部下がここにいたってことは……周辺地域に祝福司教”膿む者”もいる可能性が高い。祝福司教は『奇形達の教会』の指導者とされる者たち。まだ誰も討伐に成功していない。ふふふ、ツキが回ってきたんじゃないのか? 剣しか取り柄のないこの俺にも武功を積むチャンスがきたんじゃないのか!?)
ベルリオットとクララは、あとからやってきた騎士たちと合流した。そして、国へ叛逆する大罪人たちの首を、馬鞍にぶらさげてウィルストップへ引き返した。




